企業文化変革への視点


NTTのCI作業を通じて

NTTのCIは、新会社の新しいイメージの確立を目指すもの であると同時に、『官』から『民』、『独占』から『競争』とい う企業の存立基盤自体の変更に合わせ、それにふさわしい社員の 意識の変革を意図したものである。
 最近『企業文化』あるいは『コーポレートカルチャー』という ことばをよく耳にする。企業文化とは『その企業に特有の思考様 式あるいは行動様式』平たくいえば『仕事をするにあたってのそ の企業のクセ』といっていいと思うが、従来の役所的、親方日の 丸的、独占に慣れた電電公社流の仕事のクセを、いかに民間らし い競争環境に適応した発想と行動に変革していくか、まさに新し い企業文化の構築がNTTのCI計画のゴールといえる。
 プロジェクトの開始から現在までの作業を概観してみよう。
 まず、総裁・副総裁をはじめとする経営トップや600名を越 す社員(当時は職員と呼ばれていた)を対象とするヒアリング。 社内外にわたるアンケート調査。そして既存資料の分析などを通 じ公社の現状の問題点の把握と今後の業界の変化の予測すること から作業を開始した。
 この結果、イメージの問題、体質の問題、社員の意識の問題、 組織の問題、制度の問題、マーケティングの問題、職場環境の問 題などなどたくさんの問題点が明確になってきた。
 そして、民営化の機会を捉えたなんらかの方策が、これらの問 題を解決し企業文化を変革するために必要であるというのが、ひ とつの結論だった。
 そこで、原点に返り新会社のありかたをゼロから考える必要が あると判断し、従来慣れ親しんだ『電電』を一切使わず、『NT T』を新たなコミュニケーションブランドとして採用しすること とした。
 また、調査で明確になったNTTの課題検討を進め、その結果 新会社『NTT』のめざすべき方向、つまり企業コンセプトは、 『未来を考える人間企業』とした。
 このコンセプトは次の諸点を集約的表現したものである。
・高度情報社会の構築を通じ日本の『未来』に大きな責任と使命  を有していることを自覚すること。
・公社時代の過去を振り返るのではなく、常に『未来』を向いて  ダイナミックに絶えざる革新を図っていくこと。
・コミュニケーションに携わる企業としてその原点である『人間  社会』への深い洞察が必須であること。
・常に『人間』と『技術』の調和を図り、『人間』のための技術  の進歩をめざすこと。
・顧客の『人間性』を尊重しそのニーズに応えること。
・社員の『人間』としての資質を最大限発揮しうる職場を創るこ  と。
・日本最大の会社として、経済的役割はもとより、社会的文化的  役割や果たし、企業の『人格』の完成をめざすこと。
・経営体質を確立し、健全な『企業』の実現をめざすこと。
このコンセプトに基づき亀倉雄策氏にデザイン依頼がなされ、 開発されたのがシンボルマークである『ダイナミックループ』や NTTロゴタイプなどのデザインである。
幸い、短時間の作業にもかかわらず、電電公社からNTTへの デザイン変更は期待以上にスムーズに進み、新しいマークの認知 率も3月末には東京地区で30%に達した。また、社員のモラー ルも向上し、変革への意欲は社外へも充分伝わっていることと思 う。あるいは、社員の襟のバッジの着用率は驚くほどの向上をみ せ、公社時代はほとんどバッジをつけている社員は見掛けられな かったものが、最近では着用していない社員を探すほうが難しく なった。
これまでの作業は4月1日の経営形態の変更にあわせ、デザイ ン、特にシンボルマークの差し替えに主眼が置かれ、企業文化の 変革にまで及ばない憾みがあった。無事新デザインが動き出した これからが、企業文化変革への本格的取り組みを開始するべき時 期といえよう。
 それでは、企業文化の変革を図るためには、どんな『仕掛け』 が必要なのであろうか。
 NTTのCIにとってこの試みはまさにこれからの問題であり 残念ながら明確な方向を提示できる段階ではない。そこで、私な りに考えることを述べてみたい。当然、あくまでも私個人の考え に過ぎず、NTTCIの今後の展開と必ずしもイコールではない 。ことを予めおことわりしておく。
  企業文化変革にあたっては、英雄作りや管理システム、儀式や 制度、環境作りなどが有効とよく指摘されるが、中でも重要なの が共通の価値観の浸透、いわば企業理念の共有であろう。NTT の企業理念にあたるもの、それが企業コンセプトである。
 CI手法とは、企業が将来どうあるべきか理想像を策定し、そ れをシンボルに表現し、そのシンボルにふさわしい企業実体を築 いていこうとする点に特徴があると思う。
 NTTのCIでは、その企業コンセプト『未来を考える人間企 業』をシンボルマークなど視覚的シンボルと並ぶ、言語的シンボ ルとして位置づけている。いわばデュアルシンボルシステムとも いえようか。
新しい会社の新しい価値観である企業コンセプトを言語的シン ボルとして扱い。シンボルの浸透のかたちで価値観の社内での共 有化を図りシンボルにふさわしい企業実体をつくるというのがC Iの延長としての企業文化づくりの基本的構図と思う。
 その際のポイントは3点ある。
 ひとつは、常に視覚的シンボルとの一体化をはかること。言語 的シンボルだけを切り離して浸透させようとすると、ただのお題 目になりかねない。常にシンボルマークと一体化させることでシ ンボルの浸透は容易になるはずだ。
 もう一点は、言語的シンボルを抽象的なシンボルの位置にとど めず、社員個人個人のレベルにブレークダウンすることである。
企業にアイデンティティがあれば、当然個人にもアイデンティ ティがある。この2つのクロスしたところを横浜国立大学の境忠 弘助教授は『ジョブアイデンティティ』と名付けているがコーポ レートのアイデンティティをジョブアイデンティティに転化させ ることが必要と思われる。
 社内コミュニケーション活動やさまざまな社内運動、制度など さまざまな施策の複合で、企業コンセプトの浸透と、企業の中そ して社会の中での自己のポジショニングの認識の深化。行動への 動機づけとその評価といったステップで企業のアイデンティティ とリンクしたジョブアイデンティティの確立を図ることが、総体 としての企業文化の変革に繋がるものと考えている。
 3点目はいかに価値観を変更しても、企業のシステムや制度、 組織などのさまざまな経営諸施策の変更を伴わないと、新しい文 化はなかなか根づかないことである。幸い、NTTの場合にはこ の未曾有の状況のなかで、大胆な権限の委譲や組織変革、新しい 経営戦略などが相次いで打ち出されている。これら戦略も究極的 には企業コンセプトとの一致を見るわけであり、連携を取りつつ プロジェクトを進めていけば、確実にNTTの新しい企業文化が 生まれるものと信じて疑わない。


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