商標トラブルは今後続出する!?


■CIブームの落とし穴

アメリカで最近話題になったCIのひとつが『USX』。かつての『USスチール』です。『製鉄会社』から『化学会社』へと変身を遂げていた同社は、社名から『スチール』の文字を外し、替わりに『未知へのチャレンジ』を意味する『X』を加えました。
 ところが、同じ『USX』を名乗る会社が既にカリフォルニアに存在しており、2つのUSXの間の訴訟問題が発生したのです。総額5億ドル、円にして約750億円にのぼるこの訴訟問題がその後どうなったか、結論を示す報道にはまだ接していませんが、CIの実務に携わるものとして、ひとごととは思えません。というのも類似商標の問題は、ひとつ間違えれば他のあらゆる努力を無にしかねない危険性をはらんでいるからです。
電通はかねて商標の問題、特にマークなどのデザインに関わる法律や権利関係などの研究を重ねてきました。
 忠本忠氏は制作者の立場からこうした問題に深い関心を持つデザイナーですが、最近私たちは、デザインの不正・不当使用の問題を中心に、同氏と何度かのディスカッションを行ってきました。
 忠本氏はその原因として(1)権利意識の低さと制作倫理の低さ。(2)現行法の不備・欠陥。(3)現行法のPR不足と理解への努力不足による無知。(4)デザイン業界におけるデザインやデザイナーの権利保護の動きの怠慢さ。などをあげています。
 確かに、これらについて、関係者がそれぞれの立場で前向きに勉強や検討を行うべき時期に来ているようです。

■似たマークが増え始めた

昨今のマークに多い傾向は、意味的には抽象化、造形的には単純化をめざしていることです。国際的に通用し、多様な事業領域に対応でき、将来の変化にも適応しようとすると、どうしても表現が抽象的になりがちです。
社会の美的感覚の変化に長期にわたり耐えようとすると、造形はシンプルになりがちです。また、シンプルであることは、コミュニケーションのインパクトも強く、同時に広告、車両、製品マーキングなど、さまざまな媒体への展開力に富むことになります。
 こうして、続々と発表されるマークのほとんどが、抽象化と単純化の方向をめざします。他と類似する確率はますます増大しつつあるといっていいでしょう。
 これを避ける方法として『商標法』をはじめとする法律があるわけですが、残念なことに、そこにはさまざまな不備があるのです。
CIブームの中で、新しいマークが続々と発表されている状況を見ると、マークの権利に関わる法律も行政も極端に未成熟な現状は、決してなおざりにはできません。

■銀行のマークは登録できない

マークの権利に関わる法律としては『著作権法』『不正競争防止法』『商標法』がありますが、とりあえず『商標法』に絞って、ここでは3つの問題点を指摘しておきましょう。
◆サービスマークの登録制度がない
 マークには、トレードマークとサービスマークの2種類があります。商標法が対象としているのはトレードマークだけです。これによりどういうことがおこるかというと、『製品』を作らない業種はその対象からはずれてしまうのです。
 銀行も宅配便も広告業も、あるいはキャンペーンマークも商標法の埒外です。果してこれが世の中の実態にあっているでしょうか。
◆登録主体に制限がある
 かつては誰でも商標登録を申請できました。しかし、これを悪用する商売が生まれたことから、申請できるのを『製造業およびその組合』に制限しました。その結果、銀行は銀行法により業務内容が規定され『製造業』にはなれませんので、子会社に登録させ、その子会社との間で使用契約を結ぶことで実質的にマークの権利を保護するといった、一回聞いただけではわからないような操作をよぎなくされているのが実情です。
 忠本氏は自らのデザイナーという立場から、制作者にも登録の権利を与えるべきだという見解です。さらに、商標調査を経て正式に決定するまでのプロセスにおけるデザイナーの関与の必要性を強調します。クライアントが登録しなかったらそれっきりという今の制度や、仮に類似かどうか判断の難しい局面に遭遇したとき、往々にして制作者の意見の反映しない仕事のやり方は疑問であるという意見です。
 いずれにせよ、『製造業およびその組合』に制限した現行の制度は実態に合わないといえるでしょう。
◆6ヶ月のブランク
 日本の商標制度は、先に特許庁に申請した方を優先する『先願主義』をとっています。ところが、その申請を受け付けてから公表するまで、約6ヶ月かかるのです。したがって、自分より早い類似のマークの申請がないことを確認するのに半年かかります。
めまぐるしく移り変わる現代にあって、6ヶ月を無為に過ごすのは現実的に困難です。
かといって確認をとらずに強行することもできず、類似がないことをいのりつつ、作業を進め、半年以降に類似のないことを確認して外部にリリースしていくというのが、現在の大半の作業でしょう。すべてがムダになるリスクを冒しつつ仕事をしているわけです。

■モラルと知識の再武装を

現状に合わない法体系とその運用という視点で、代表的な問題点をかいつまんでご紹介しましたが、これ以外にもマークの法的側面を巡る問題点は数多くあります。CIの健全な発展のためには、法律の整備が必要であると考える所以です。
 一方、行政のサイドだけでなく、CIをはじめとするさまざまなデザインの現場に携わる我々のサイドでも注意すべき点が多々あるのではないでしょうか。
 誤解を恐れずいえば、制作に携わる人間は、法律にあまり興味のない人種が多数を占めています。しかし、最近の世の中を改めて眺めてみると、法的センスを養わなければこれから先、スムーズに仕事ができないのではないかというのが実感です。
 みずからのオリジナリティとクリエーティビティに基づき仕事をするという、クリエーターとしての最低限のモラルを守ることは勿論ですが、それだけでなく、法的側面に対するある程度の知識を、今後、われわれは常識として備えなければならないようです。


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