インターネット時代のコミュニケーションリスク



■メディアパワーとチャネルパワー

 昨年夏の「東芝クレーマー事件」は大きな衝撃だった。
 企業内の広報・インターネットの担当者は、おそれていた事態が具体的脅威になったと感じ、ジャーナリズムはインターネットが無視しえぬメディアに成長したと捉え、消費者は、自分の主張を訴求する場が開かれたと受け止めた。
 この<東芝クレーマー事件>を契機に、行政や企業を告発する個人ページの開設は、従来に増して勢いを持ち、同時に、このような告発サイトを集めリンクするページも増加している。
 試みに<ネット告発を考える><告発系WEBサイトスーパーリンク集>というページを見て欲しい。主だった告発サイトを集めたこれらのページだけでも、最近の百花繚乱ぶりがわかるだろう。
 マスコミもインターネットをニュースソースのひとつとして、また、報道対象領域として注視するようになっている。インターネット報道に定評のある毎日新聞の<毎日インタラクティブ>では、インターネット専門の記者が、緻密にネット動向をフォローしている。
 残念なことに、この問題への企業経営者の理解は必ずしも充分とはいえず、担当者から、トップの理解促進についてご相談を受けることも多い。ヒエラルキー構造の確立したピラミッド型企業にこの傾向は強いようだ。
 しかしながら、インターネットユーザーも2000万人時代を迎え、コミュニケーションメディアとして無視しえなくなった今日、また、B2Bを皮切りにエレクトリックコマースへの進出が相次ぎ、販売チャネルとしての性格をも併せ持とうとする今日、インターネットにおけるリスクの問題は、正面から取り組むべき緊急性をはらみはじめた。
 メディアパワーとチャネルパワーの融合は、今以上のインパクトをビジネス社会にもたらすだろう。
 もとより、インターネットにかかわるリスクは多様であるが、本稿では、インターネットというメディアを使った個人の告発に、企業はどう対処すべきかという点に的を絞り考えてみたい。

■増殖のメカニズム

 インターネットのコミュニケーションリスクの特性を理解するためには、インターネットが本来、情報を増幅しつつ広汎に流布させるメディアであるとの特性を押さえる必要がある。ネット内で話題が拡がるプロセスには、インターネットのさまざまな機能を組み合わせた、一定のパターンが見受けられるのだ。
 その典型パターンは「告発の個人ページ(A)が、第三者が開設している掲示板ページ(B)で話題になり、その話題がメール(C)で拡がり、さらにマスコミ(D)で紹介され拡大する。」というプロセスである。
 若干の説明を加えよう。個人ページ(A)とは、通常ホームページと呼ばれているものである。文章と画像での表現が一般的だが、東芝のケースではリアルな音声を載せたことが話題づくりの起爆剤となった。その後表面化した和歌山県の小学校のいじめ問題をとりあげた<校長先生お願いです>では、自宅を訪問した校長との会話が音声付動画で載せられている。
 (B)の掲示板とは、ホームページのひとつの変型で、ある話題についてそのページを訪れた人が、誰でも匿名で書き込めるようになっているページである。東芝事件の時には<悪徳商法マニアックス>というサイトが告発した当人以上に盛り上がり、話題喚起の中心となった。また、バスジャックの少年が犯行直前に書き込みをしたことで注目された<2チャンネル>はいま最も元気なページだが、企業不祥事が発生したときには必ずその話題が取り上げられる。また、の株式掲示板は上場企業ごとに作られているが、時として風説の流布まがいの情報が書き込まれることもある。この春のネット株暴落の際は、該当する掲示板はどこも膨大な書き込みに埋め尽くされた。
 メール(C)は、個人間のメールもさることながら、「メールマガジン」や「メーリングリスト」が情報伝播に威力を発揮している。前者は、特定のマガジン発行者が複数の登録者にメールを同報するサービスで、<サイバッチ><ラディカ>がアングラ情報を扱っている。後者は、参加メンバーの全員が相互に受発信できるサービスである。
 さらにマスコミの報道(D)により、多くの人が問題の所在を知り、そのサイトへのアクセスは飛躍的に上昇する。
 このように、告発ページと掲示板ページ、さらにさまざまなメールシステムとマスコミ報道が、相互に影響しあい、ネット内部で話題を増殖させるメカニズムをつくりあげているのである。
 これに加え、<噂の真相><論談同友会>のホームページなど、火種となる企業批判のコンテンツを持つサイトは数多い。

■擬似当事者の発生

 真偽とりまぜて玉石混交の情報がインターネット内を飛び交っている。東芝事件では、告発者の過去の行動やプライバシー情報がつぎつぎと暴露され後味悪い思いを残した。一方、東芝サイドの内部告発と称する情報も数多く流布し、掃除機やパソコンのアフターサービスにかかわる過去の対応も批判された。現時点では、三菱車のリコール問題とのからみで、ユーザーの告発ページ<私は絶対に操作ミスをしていない!>が注目を集めている。
 私たちは通常、新聞やテレビの報道を中立公正なものとみなし、受身の状態で接している。報道された事実に怒りを覚えたとしても、企業やマスコミに手紙や電話で意見を開陳することはそう多いとはいえない。 しかし、インターネット、特に掲示板は、電子井戸端会議とでもいうべき情報カオスの中に、自分の意見を容易に、しかも望むならば匿名や仮名で表現できるメディアなのだ。
 ほんの気軽に掲示板に自分の意見を書き込んだ人、あるいは意見を添えてメールを転送した人は、そのイッシューに対するコミットメントが発生する。書き込みへの他者の反応は気になるし、時として第三者との論争に発展することも稀ではない。
 書き込み前は傍観者だったとしても、書き込みや転送の後は、もはや第三者ではなく主観的には当事者に近い感情を抱くようになる。 インターネットは、いわば情報カオスの中の壮大な「擬似当事者量産のメカニズム」と表現できるだろう。

■企業の対応

 いうまでもなくクライシスにおけるコミュニケーション対応の黄金律は「クイックリー&オネストリー」であり、これはネット告発においても変わることはない。
 これに加え、ネット告発への対応の要諦は、増殖のサイクルを一刻も早く断つことと、擬似当事者を生み出さないことである。そのための留意点を指摘したい。

◆ アーリーウォーニングシステムの導入
 ネットにマイナス情報が書き込まれたとしたら、早期にその事実を把握することが重要である。本稿で紹介したホームページを定期的にウォッチングするだけでも、一定の効果はあるが、より本格的な対応をするためには、検索機能を利用し、網羅的にチェックする必要がある。このようなマイナス情報に特化した検索サービスはすでに何社かが提供している。興味があれば<e−マイニング><コロンブスEYE>などに問い合わされたらいかがだろう。

◆ 早期対応
 マイナス情報を把握したら、まず、対応するか無視するかを判断する必要がある。その際、事実関係の把握は当然であるが、法律専門家とともにPR専門家の意見も徴すべきである。法律専門家は、時として裁判に勝てるかどうかで判断しがちであるが、企業にとっては社会的に問題になるほうがはるかに被害が大きいことも稀ではない。

 対応するとなれば、スピードが勝負である。今日出来ることを明日にまわしてはならない。テレホーダイの適用時間である23時以降、朝8時までが増殖の最盛期なのだ。
 対応の手段としてはオンライン(インターネットでの対応)とオフライン(直接面談)を使い分ける必要がある。最近の傾向として「筋論クレーマー」の登場が注目されている。筋論や原則論一本で押してくるクレーマーに、衆人環視の掲示板での対応は得策とはいえない。何より、企業のサイドに幾分かの非があるとすれば、自ら足を運ぶことは最低の礼儀といえよう。

◆ パーソナルな対応
 文は人なりと古来いわれるように、メールや掲示板の書き込みには、意外に性格が現れる。表現、文体、言い回しには細心の注意が必要だ。
 定型的・官僚的な文章やたらいまわしと受け止められる対応は、それだけで第三者の反発を買い、擬似当事者増産につながる。
 「ワンツーワン」の関係とは、相手を個人として認め把握すると同時に、企業のサイドも、あたかも一人の個人のように、相手と同じ高さの目線で対応しなければならないのではないか。
 この対応は決して付け焼刃ではできないし、個人のキャラクターに負うところが多い。敢えて条件を列記すれば、次のようになるだろう。
・ 常にユーモアを忘れぬ冷静な判断
・ 相手への思いやり
・ 強い責任感と、社内を押さえる説得力
・ 自分の言葉と文体
・ 体験を踏まえた具体的な語り口

 以上、対応の基本をややテクニカルな側面から整理してみた。しかし、インターネットが今後いっそう普及し、社会構造や企業文化にまでさまざまな影響を及ぼすことを考慮すると、現在のネット告発ブームは、未来型ネット社会が現代にあらわれた露頭と捉えることができる。今、われわれの眼前にある現象は、企業に対して、将来に向けてのより本質的な対応を迫っているかに見えるが、どうだろう。

■ネットコンシューマリズムとしての認識

 1966年。ラルフ・ネーダーはGMの欠陥車問題を摘発し、これを契機にコンシューマリズムは燎原の火のごとく世界を席巻した。もちろん日本もその埒外ではありえず、69年には欠陥車問題を皮切りに企業批判のうねりが起こる。それはある面、企業の論理を優先させた高度成長至上主義のひずみへの消費者サイドからのアンチテーゼであったのだろう。これ以降、オイルショックの狂乱を経て、76年のロッキード事件前後まで続く企業批判の嵐は、一方でさまざまなコンフリクトを生み出しつつも、企業に着実に社会的責任の意識を植え付け、社会との対話の重要性を認識させ、企業と社会との新しい関係を築き上げたと総括することが出来るだろう。
 いままたわれわれは歴史の断層の上に立っている。生産の論理から生活の論理へ、会社発想から社会発想への転換が迫られる今日、外部の視点を社内に取り入れ、積極的に環境変化に対応することが企業の存立基盤を築くといえないだろうか。
 ネット告発ブームは現代のラルフ・ネーダーなのだ、いたずらに不祥事を糊塗しようとしても、社会の共感は得られない。掲示板の書き込みに自社の社員が匿名で書き込むケースが多いと言われるが、充分にありうることだ。内部告発者にとり、ネット告発は最もリスクの少ない武器なのだから。
 とすれば、告発を受けてからの対応だけではなく、常日頃から情報をディスクローズし、不幸にして告発を受けたにせよ、それを糧として業務やシステムの改善を図ろうとする真摯な姿勢の堅持こそが、告発に対する本質的な対応であろう。
 ネット告発は、ネットコンシューマリズムと捉えるべきであり、企業と社会との関係の再構築を求める、時代的要請であるといえる。


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