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教師をやっている友人から聞いた、このごろの学校のことを"at-i"に書いた。
この国はこれから本当に大丈夫なのだろうか、と思ってしまう。
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先日、久しぶりに筑波研究学園都市の中心地区周辺を歩いた。
一時期、このまちの都市計画については少なからず批判があった。あまりに人工的で人のぬくもりがない、だから自殺者が多いのだ、まちにはごちゃごちゃした猥雑な要素が不可欠でありそれは計画的に作れるものではない、といったものだ。
そんなことを意識しながら歩いたのだが、このまちの都市計画、かなりよくできているとぼくは思う。
車での移動のみでこの都市を見たのでは分からないことだが、自転車・歩行者のための道のネットワークが特に素晴らしい。例えば、オフィスビルや文化施設、商業施設のある中心部から北部の筑波大学の手前まで、自動車交通に全く遮られることなく歩いていくことができる。自動車のための道路網を1階とすれば、自転車・歩行者道は独立して2階に整備されているのだ。歩道は十分に広く、街路樹も多く、道路の両側には、大きな池のあるゆったりした公園、美術館・図書館、子供のための科学学習施設、女子大、病院などが並ぶ。
ほとんど都市計画の理想像ではないか、というくらいの立派なものだ。
だが、歩いている人が少ない。あまりに少ない。
何か根本的なところで計画の想定違いがあった、と思わざるを得ない。
定住人口、業務ビルの立地、大学生の行動パターンなど、歩く人の総量を規定する要因の何かについて、たぶん大きく狂ってしまったのだ。
都市計画の専門家は、こういう社会的な事象についてはそちらの分野の専門家の予測を与件として用いるのが普通であり、その予測たるや政策的な意図を持ってバラ色に描くことが通例だから、狂うことも十分考えられる。
あるいは、スペースや予算の制約がほとんどないという希有な機会を得た都市計画の専門家たちが、自分達にとって最高の作品を残すため、百年の計を大義として10年、20年先の予測を重視しなかった、という可能性もかなりあるかも知れない。
いずれにしろ、理想的に整備されたこの都市の基盤施設が生きるとすれば、常磐新線が開通し、電車でつくばに通う学生や勤労者が増えた時だろう。実際にどの程度増えるのか、心配もなくはないが。
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