夕焼け色のゼロファイター           作:闇の車掌長
正式名称 零式艦上戦闘機
一般的には”ゼロ戦”、と言った方が早いだろうか。
ゼロ戦、公式書類上、漢字の「零」をゼロとは読まない為、正式には「零戦」
(れいせん)と呼称される、開戦当初、連合軍からゼロファイターと呼ばれた第二次
大戦の日本海軍の戦闘機・・・

これはそのゼロファイターに青春の、そして人生のすべてを託した男達の者物語であ
る・・・・・


ここは「商業誌」ではないのだから、ゼロ戦についての諸元性能など、 ダラ
ダラと書いて貴重なスペースを消耗するつもりは毛頭ない。

今、西暦は21世紀を刻み人々は様々な平和を甘受し、世界中に数機だけ残る 「ゼ
ロ戦」は、もはや「兵器」としてではなく趣味嗜好の対象として評価される に過ぎ
なくなった。多くの趣味の一つとして・・・・・多くの趣味、・・・・・・

平和という現象は、様々な「趣味」をこの世に生み出した。

人の数だけ趣味があるのか、趣味の数だけ人がいるのか・・・・・
人生を豊かにする筈の「趣味」に逆に人生を踏み外す事すら、今では何の不思議もな
くなっているのだから・・・・


だが「零戦」という戦争兵器が大空を飛び交っていた時代、人々の価値観は
帰属する国家によって ある目標に無理矢理 集約され、その目標を現実にする為に、
おおくの「趣味」はその存在を縮小制約されるか、あるいは滅殺されていった。

今宵、舞台となるは帝都浅草六区の とある演舞場。時期は戦局に暗雲たなびく、そ
う昭和の18、9年とでもしておこう。

「いょー、3代目ー!」

「尾張屋〜!」

チョンチョンチョンチヨンチョン
ドンドコドコドン、ドドンドドンドン

パチパチパチパチパチ

「三代目〜お疲れ様でございましたぁ〜」

「お疲れ様でございましたぁ、若!たいそうよろしゅうございましたぁ」

「はい。はいはい、ありがとう、どうも、ありがとうね。」

満員の観客の割れんばかりの拍手に送られながら、舞台の袖に戻ってきたのは あで
やかな十二単の姫君の衣装に身を包んだ歌舞伎役者。美形女形(おやま) として当
世の話題を集めていた、あの尾張屋の三代目、秋之助その人だった。

男とは思えない当代一の名女形「秋之助」、人気の秘密でもあろう、裏方達に まで
舞台上と同じ笑顔で心安げに会釈しながら、楽屋に戻りかけたその時だった。

ヴウウウゥゥゥー、ヴウウゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥゥー、
ウウウウゥゥゥゥゥー

「空襲警報、発令〜空襲警報、発令〜、○○方面より、敵B−29の数機編隊、 帝
都上空に進入、非難せよ、ただちに非難せよ」

秋之助の妖艶なまでの舞台の余韻に浸っていた観客達は、突然、氷水でも、 ぶっか
けられた様に我に返った。

空襲警報・・・敵国の爆撃機による帝都攻撃は、もはや定期便となり、軍部に よ
る”諸演芸”の中止命令で、最後の公演となったこの日も例外なくやってきた の
だ。

「若、ここは危のうござんす。いざ、こちらへ。防空壕へ、ささ。」

小屋主、つまりこの演舞場のオーナーの言葉に、秋之助は

「ちょいとお待ちな!なぁ、小屋主さんよ。いつも、そう言ってんだろ。
アタシなんざ、一番シンガリで構いやしないんだよ。
お客様はどうなさってるんだ。え?お客様は!」

「わ、若、あんだけのお客さん、いくらなんでも・・・・」

「しゃらくさいね!いいかい、その耳の穴かっぽじって良くお聞きな!
腐っても枯れても、この尾張屋の三代目、てえせつな(大切な)お客様を、
ほっほりだして自分だけ助かろうなんざ、これっぽっちも考えちゃいねぇよ。」

「は、ははぁ、ですけんど・・・若、、、、」

「だまんない!若もハッカもあるもんけぇ。第一、このアタシが、そんな事
しちまったら、あの世ぅ行った時に、戦地に散った二代目に顔向けが出来るけぇ!
アタシしゃ、絶対にへえらねぇ!
お客様の最後のお1人が、チャンと防空壕にお入りいただてからなら、喜んで ご一
緒させてもらおうじゃないか。」

あでやかな姫君の衣装、化粧の姿のまま、紅をさした秋之助の唇から、
威勢の良い、江戸っ子口調のタンカが飛び出す。

秋之助の、気持ちは百も承知、千も承知の小屋主だったが、
まさか、ハイそうですか。
とも言う訳にはいかぬ。すでに息子同然の二代目もこの世には無い、
どんなに叱られようとも、後には引けぬ秋之助だったのだ。

「聞いたぞ、三代目!アンタの贔屓してて良かったよ!」

「はっ?おや、ご隠居、こりゃとんだ失礼を・・・いけませんですよ、
早く避難・・・・」

見事な勘亭流で、「秋之助」と白抜かれた真紫の暖簾が、パッと捲りあがり、ニュっ
とのぞいたのは、いかにも好々爺とした老人だった。

「お客様、、おやご隠居!どうぞ避難なさって下さい」・・・

秋之助の言葉は、その老人に遮られた。

「なんの、こんな帝都のど真ん中まで、敵の爆撃機が 我が物顔で飛んでくる
ご時世だよ。あんな穴倉で死んじまうくらいなら、、、秋之助さん、
ちょっと この爺にに考えがあるんだがね。耳ぃ貸しちゃあくんないかい」

秋之助に何か耳打ちをする老人、そして一々相づちする秋之助の顔が、
水白粉の下からカッと晴れやかになった。


ヴウウウゥゥゥー、ヴウウゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥゥー、
ウウウウゥゥゥゥゥー

「○○方面より、敵B−29の数機編隊、 帝都上空に進入、非難せよ、ただちに非
難せよ。」

ますます高鳴る空襲警報、近づいてくる爆発音の中、キンと静まりかえった
演舞場。あれだけの観客も、すでに避難してしまったのかと観客席を覗いて
みると?!何と満座、しかも立ち見が出る状態ではないか!

舞台の袖からその光景を見て両の目に溢れる熱いものをぐっと堪えた三代目の耳に口
上が聞こえてくる。

「とざい、東〜西、本日お越しのみなみなさまに、秋之助、見納めの舞台、
今生のお別れを込めて、ご披露させていただきます。」

チョーン、チヨーン、チョーン、チョ、、ン

ますます、大きくなる爆撃音を掻き消すような秋之助の熱演に、客席から
湧き起こる大喝采。ありったけの紙ふぶきに迎えられながら、花道を通り
桧舞台で大見栄を切る秋之助の姿は、誰の眼にも、生死を超越した美しさ
を惜しみなく与えた。


読者諸兄には あい済まぬが無粋な作者は、その演目の題名すら知らぬ。
だがその板上で、あやなされる秋之助の舞姿に心打たれる事だけは、
お伝え出来よう。

今、観客は総立ちになろうか、まさにその時

ガタ、バタッカッカッカッカッ

「公演中止!公演中止ー!ここの経営者は誰か?挙国一致で国難に備えようと いう
時節に、この乱稚気騒ぎは何かー!」

「憲兵」と書いて、「やぼてん」と読ませる。帝都のみならず、当時の
国民の間に流布されていたその言葉は間違ってはいなかった。

柿色(※1)の陸軍服の襟に「憲兵」を示す葬儀色、水を打ったように静まり返る演
舞場の中央通路に: 憲兵のいかつい軍靴の音だけが響いた。

「ジークハイル!アハ、ツウンク!」

「????!!な、なんだ貴様ぁ!事もあろうに敵国語など。この非国民が!」

「ほほう、敵国語でしたかぁ、いやいや歳は取りたくありませんなぁ。わしゃ、
敵国語をしゃべっちまったか・・・・。いや勉強になった。ところで勉強家の憲兵少
尉さんや、勉強ついでに教えてもらいたいんだがな。」

舞台の最前列からスッと立ち上がって舞台に躍り上がり、通る声で
そう言ったのは先程、秋之助の楽屋に現れた、あの老人だった。

「な、何を、このくそジジイが・・・言いたい事は憲兵隊詰め所で
聞いてやる・・・」

「そうはいかんのじゃ。なぜなら少尉!下手するとな、たった今、
アンタさんを非国民として、憲兵連隊に引き渡さにゃいかんのだからな。」

「ふ、ぶ、無礼者・・・・・キ、キサマ、何者だ、、、ジジイ」

「わしかい?わしゃ、ちょこちょこっと船を動かして喰い扶持を頂いてる
ジジィじゃが・・・・それがどうした。非国民のエセ少尉・・・・どの?うん」

「キ、キキキ、キサマ、、、、船宿の隠居ジジイの分際で・・・・
許さんぞ・・・」

「船宿の隠居ジジイのう・・・だまれー!許さんのはコッチの方じゃ!では聞くが
の、帝国ではいつから、出征する兵士の壮行会を禁止するようになったんじゃい?そ
れともうひとつ、帝国はいったい、いつから、同盟国の独逸とも交戦する事になった
!返答せい!」

「こ、、このジジイが!気でも違ったのか、盟友”独逸”との交戦とか、壮行会
の禁止など、帝国はしておらんわ。」

「たわけ者がー!、、、、であるならば、じゃ、なぜ独逸語でジークハイル「勝利バ
ンザイ」帝国少尉の登場に「アハ、ツウンク」独逸語で「気を付け」と言ったのが敵
性語なんじゃ。きさま、たしかにそう言ったではないか!のう観客の皆さんもお聞き
になったじゃろ?」

そうだそうだー
引っ込め、朴念仁。
憲兵徽章が泣くぞー。

「うっうぬぬぬぬぬ、、、、、」

「それだけじゃないわい!壮行会が禁止されてないとするなら、
それを邪魔するキサマは何じゃ!」

「なんだと!ジジィ・・・・言わせておけば・・・」

「だまらんか!この三等憲兵の大ばか者。この秋之助、恐れ多くも陛下の
赤子として明日より、帝国海軍航空隊に中尉殿として再任官されるんじゃい。」

「階級はな、オイ!この三等憲兵、きさまの肩に張り付いているガラクタより上
じゃ。もっとも中身は”月とスッポン”雲泥の差じゃがな。」

「うぬ、くそ、、、、ジジィ貴様、、、船宿の隠居ふぜいが、、、おいジジイ!
船宿の屋号はなんだ、、場合によってはここにいる全員、逮捕してやる、、、」

「わっははははは、船宿のう。船宿か、教えてもいいが、お前の頭で解るかな。 何
しろ”独逸”相手に戦争をやらかそうって言うウスラバカの唐変木に。」

「くそ、全員逮捕せい、、、抵抗するものがあれば撃・・・」

「衛兵!」

バタ、ハダッ、ドドドドド、カキ、カキ、コキ、カキ、

「おう?なんだ、どうして海軍の陸戦隊が、、、ジジィ貴様、いったい」

驚いたのは憲兵ばかりではない。観客はもちろん舞台上の秋之助自身も唖然と して
しまった。突然、演舞場すべてのドアが押し開かれ、陸戦装備の海軍兵士 が鈴なり
になっていたのだから。

「ふむ、国民の、こんなささやかな楽しみさえ守ってやれぬ小さな船宿じゃがな、教
えてやろう、屋号はな <連合艦隊>っちゅうんじゃ!だが、お前さん知らんじゃ
ろ。」

「<連合艦隊>・・・・・オヤジ・・・・・・・・・長官!・・・・・・」

「おう、乗る予定の船の名前は[大和]とか言う小船じゃわい。」

どうなる事かと、固唾を飲んで身を縮めていた観客、短い間をおいて
沸き上がった歓声の中、興奮して赤鬼のようになっていた憲兵隊の顔色が
一瞬にして、蒼白になった。

「正式な任官は明日、0800からじゃ。今はただの地方人じゃから、
ホレ、憲兵隊でも陸軍省でも、どこでも連行してくれて構わんぞ。」

すでに好々爺とした雰囲気の消え去ったその老人は、一息ついて

「その替り、お前さん達、帝国陸軍があれほど哀願して締結された同盟国”独逸”と
戦争をすると、地方人を先導した事、わしゃ全部報告してやるわい。どうじゃ!」

「ふむ、あう、、ううぅぅううう、、、」

「こんな場所で弱いものイジメをして、憲兵の無知をさらしている暇が、
貴様らにあるのか?・・・失せろ!」

観客の失笑と罵倒にさらされながら、ほうほうの体で尻尾をまいて逃出す
憲兵隊・・・・・

その夜、帝都のステイションを隠れるようにして発車する最終の汽車。
すべての見送りを遠慮し、その汽車に静かに腰掛けていた秋之助の手には、 薄っぺ
らな桃色の「招集令状」が握り締められていた。

{水無月昭道(みなづき、あきみち)}

秋之助の本名が墨痕も黒々と書かれた薄桃色のブーブー紙は、例外なく
秋之助にも届いていたのだ。

当時まだ二代目も健在で、しかも戦線がこのように劣悪な状態になる以前、
秋之助は一度、海軍にその席を置いていた。任地は当時住み慣れた海軍の 航空隊で
ある。

日々悪化する戦況は、「航空艦隊」の要である空母を失い、必然、秋之助の
配属された部隊も、本土防衛が主要任務となっていたのだが。

二回目の千年紀を迎えた現代では、若葉マークを付けた婦女子が駆ける
自家用車ですら、もっと馬力があるかも知れない・・・・

だが、当時としては唯一無二の兵器「零戦」にすがらざるを得ない国情を
背景に、秋之助の配置された部隊も苦戦を強いられ、ついに・・・・・・・。

「ルノツ、ヲ者望希加参ノヘ隊撃攻別特」
(→右から読んでちょ→)

特別攻撃隊と言えば恰好は良い。そしてタテマエは、あくまでも「募集」であり、ど
こまでも「本人の意志」によるものである。姑息極まる形式上は・・

・・・・・・

片道分だけの燃料、軽量化の為、台座からザックリと取り払らわれた翼内の
20mm機銃、もはや「戦闘機」ではない、操縦する者を死に至らせる為だけに整備さ
れた空を飛ぶだけの不思議な機械・・・

ドダン!

「司令!なぜ、自分が搭乗割りから外されるんでしょうか!
直援ならいざ知らず「戦果確認飛行」とは納得がまいりません。」

執務机に叩き付けられる拳、ドアの外に立つ衛兵が思わず 手にした38式歩兵銃の
銃把を掴み直す。

「三代目、気持ちは解る、、、、だがな、、、、」

「ご理解いただけるなら、なぜ?」

「良く聞け。三代目。こりゃオヤシの意向だ、だがオレもオヤジに同感なんだ。いい
か!」

「・・・・・・・オヤジ、、、、長官の、、、」

「この戦争、間違いなく負ける。それも早い時機に。それは貴様にも理解
出来ている筈だ。そうだな。」

「はい、、、、あっ、いいや。けして、そんな、、、、、皇国は、、、」

「無理せんで良い。オヤジもオレも、出来るならこんな「特別攻撃」などというマヌ
ケな戦法で未来ある若者を犬死になんかさせたくもない。だがな、、、、、こんな
事、言うのはなんだがオレ達は、その後を! お調子者の世間知らずな陸軍が始め
た、この戦の、その後を考えているんだ。」

「責任は必ず取る。いいか三代目!これは命令であると同時に、オレ達の願いだ。三
代目こと海軍中尉、水無月昭道(みなづき、あきみち)戦果確認機への搭乗を命ず
る。作戦に対する変更は一切認めない。命令は以上である!解ったら、とっとと格納
庫で資材を確認するんだ。下がれ。」

司令室を出た秋之助は、その足で資材庫から格納庫に廻っていた。
いったい何を・・・・・・?

「明日、1日、作戦参加の飛行兵に休暇を与える。家族、知人と過ごすも良し。行動
は自由である。ただし定刻までに帰隊の事、なお、明日は19:00より劇団の慰問
がある。三代目は13:00より、そちらを手伝ってくれ。」

(こんな時に何が「慰問」の手伝いだ・・・・)

心中、そう思いながらも秋之助は、指定された刻限ギリギリまで、特攻機の
整備要員達と、?不思議な事に資材庫の要員を集めて格納庫の隅で
何かをしていた・・・・なにかを。

「三代目〜、こっちは俺達だけでダイジョブだぞ。貴様の気持ちは良く解った。必ず
明日の朝までに間に合わせてやっから。な!なぁみんな?」

「そうだそうだ、三代目。餅は餅屋って言うやないか。正直、アンタはんみたいなシ
ロウトにうろうろされてたら、時間、なんぼあったかて足らへん。大道具の仕事に、
役者が口出しせんといてや〜。」

「うまいコト言うな〜。それ三代目よう、あのトラック、慰問の劇団と違うのかい。
『秋之助一座』って、派手なノボリ立てて・・・・」

「え?・・・」

整備員達の言葉に、秋之助は見た。衛門を通り、砂埃をあげて滑走路を
横切って、こちらに来る蒼色のトラックにはばたくノボリを。
そして荷台から千切れんばかりに手を振っている座員達の懐かしい顔を。

「若〜!!!!!!お元気そうで〜!!!」

船宿のオヤジは、小屋(舞台)を失い、憲兵隊に眼を付けられてしまった
「秋之助一座」をすかさず連合艦隊の指定慰問団に認定し専属の運転手と
トラックまで与え、全国の海軍施設を巡回させていたのた。秋之助 本人には絶対に
秘密、と言う条件を出して。

滑走路のかたわらに急ごしらえの舞台が作られる。人手はあった。いくら休暇を貰っ
たところで、親類縁者など日帰り出来る近距離にいない者ばかりで、する事のない特
攻隊員達にとっては、かっこうの気分転換でもあったのだ。

「すまん。恩に着る。この通り!」

「よしてくれよ三代目。そんな水臭い、オレ達はみんな、アンタの贔屓筋
なんだからよ。」

「汚たねえ贔屓だな、おい。それだけじゃない、アンタが提案してくれた
「こいつ」・・・・・・・・おれ達、感激したんだよ。三代目。安心して
手伝ってきな。」

船宿のオヤジの「粋」なはからい・・・・・しかし、それを知った秋之助に、
驚く暇はなかった。秋之助の手伝い事、、、それは秋之助しか出来なかった、

ゆるやかな夕暮れは、去りがたく足踏みしている真昼の陽射しを優しく
下手へと導く。

この基地に、こんなに人がいたのかと、驚かされる程の人数が、灯火管制に沈む滑走
路の片隅に浮かび上がる架設舞台を取り囲んでいた。

[色物]と呼ばれる「お笑い漫才」「手品」、どんなわずかなジョークでも
一言も逃さず爆笑と拍手が巻き起こる・・・それはどの慰問先の基地でも同じだっ
た。巡回慰問に慣れた秋之助一座は、その喝采が死線の狭間に生きる者たちに共通す
る力強さである事を、いつ頃からか感じていた。

今まではトリであった、お笑いの寸劇。だが今夜だけは違った。

「おまたせいたしました〜。ただいまより、当、秋之助一座、座長によります、
特別公演、どうぞお楽しみのほど〜」

”女形”秋之助の登場に、沸き上がった喝采と歓声は一瞬にして星空に
吸い込まれていった。

舞えば蝶、微笑むは華、、、、、三代目、演じる女形(おやま)こそは、まさに妖
艶、まさに艶やか、戦時の事で豪華な舞台衣装は望むべくもないが、女形としての素
質と、秋之助の内なる女神がおしみなく舞台から発散してくる。

汗臭い男所帯に咲く一輪の花、油染みた白い整備服の、航空服の、
あるいは上半身スッパダカの、思い思いの格好の観客達はただ
そんな秋之助に見入っていた・・・・・・

「最後まで御鑑賞いただき誠にありがとう存じました。秋之助一座、
これをもちまして本日の公演、演目打ち止めでございます〜」

「三代目〜ありがうよう〜
・・・・・・・・おっかあ丈夫なガキ産んでくれよぅ〜」
「尾張屋〜忘れないぞう〜
・・・・おふくろぅ・・・・・」
「千両役者〜
・・・・・・・・幸せになれよ〜」

歓声・・・それだけではない、喝采・・・・・だがそれは秋之助自身にだけではな
かった。今の今まで言葉に出す事を、堅く戒しめていた武士(もののふ)達は、舞い
踊る秋之助の姿に心の中に封じ込めていた最愛の人達への思慕を噴出させていたの
だ。

ある者は愛しき妻に・・・
ある者は年老いた母に・・・・
そして又ある者は故郷に残した婚約者に・・・・・・


伝えたい!、残したい!、だが封殺しなければならなかった様々な思いが、
秋之助への声援を通して、噴出しているのを秋之助は舞台の上でしっかりと感じとっ
ていた。

その宴は、「軍」と言う役所が眼をつぶる事の出来る限界まで、
何度も何度もアンコールされ三代目もそれに応えた。

不思議な事に海軍でも、特に規律の厳しい事で有名な筈のその航空隊が、
その日に限って、当直士官は日付が翌日を知らせても尚、執務室から出て
彼らを咎めるのを忘れていた。

情けを知る朝日がゆっくりと昇り、滑走路に並ぶ零戦に駆け寄る武士の姿を
照らし出した。


戦争中だとは思えない程の晴天の中、それぞれ滑走路でアイドリング中の零戦に乗り
込んだパイロット達は驚いた。

「お!」

「え?」

「ど、どうして・・・」

≪ザザッ、、、各搭乗員は速やかに搭乗せよ・・・・ザザザザザ我、
直援機と共に上空にあり。四方に敵影なし・・・ザザザザザ≫

通じの悪い空中無線から流れ出す秋之助の声に急かせされるように、
パイロット達は驚きを飲み込んだまま、コクピットに身を沈める。

≪ザ、各搭乗員は、離陸前に、ザザザザ指定されたる固定金具を装着せよ。≫

「帽ふれ〜」

「ばんざ〜い・・・・・ばんざ〜い・・・・・」

一機、また一機、滑走路を離れる零戦達、整備兵達は知っていた。
彼らの座席には、すでに無用の長物とされ、薬にもならない「大和魂」と
引き換えに廃止同然だったパラシュートが全機に装備されていた事を。

≪ジャザザザ、飛行中の全飛行機に告ぐ、これより通達する事を厳守せよ。
各操縦士は、、、計器盤の隅にある命令書を読みザザザザ、これに従え。
くりかえす・・・・・≫

数分後、飛行中の零戦のコックピットに軽い衝撃が走った。
それは、舞台用の京紅で三代目の自筆で一枚一枚心を込めて書かれた、
次の一言によってだった。

[全パイロットに命令する!犬死ぬ事 相成らん。未来の為に耐えて生きよ。]

≪我、これより貴官達の戦果を確認する為に同行す。各飛行機は、
命令に従い戦果をあげる事を信ずる・・・・≫

きゆうぅぅぅうううぅぅぅん

はるか上空を飛行していた零戦が一機、特別攻撃隊の編隊に機首をむけた。

ぐうおうぅぅぅううううぅぅぅうんんんんん

「あああ!」

「おう、ううう?!」

飛行進路の直前を遮るように急降下する零戦、それは耳慣れた「栄」発動機の快調な
爆音と共に近づいた、が・・・・・・・

その零戦は、戦闘の為の衣を否定し、濃緑色であるべき機体上部を、まるで
狩猟期の夕焼け空のような瑠璃色に塗装されているではないか。

これではまるで敵に対して

<目標にしてくれ。>

と、宣言しているようなものではないか。弟同然の、離陸が精一杯の未熟な
搭乗員達に、自らが盾にたっての「戦果確認」それが秋之助の選択出来えた
唯一の方法だったのだ。

≪各、飛行機に通達・・・敵起動部隊を確認・・・・≫

<打電!我、これより敵機動部隊に突入す。三代目のご好意に感謝するも、
我二代目に”緞帳用”の資材をお届けにあがる>

<打電!二番機、三代目の熱演、マブタにあり。>

<打電!三番機、我、天国において 二代目の緞帳の一片となりや>

(大ばか野郎ー、そんな為にパラシュートを搭載させたんじゃない!
心の中で、絶叫し唇を噛み締める秋之助、、、その唇から一筋、まるで唇が溶けたよ
うな鮮血の一筋が流れ、純白のマフラーに伝わり落ちた。)

「うおるらああぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!!」

ステックを押し倒す秋之助、左右の排気管から吐き出される炎と黒煙
瑠璃色の零戦は、犬死覚悟で急降下する僚機に肉薄した。

タンタタタタタタタ、ラタタタタタタンタンタン

三代目の機体がオレンジ色の光線がほとばしり、特攻機の下腹に
吸込まれたその瞬間、誰もがその機体が爆発し飛散すると考えた・・・・

だが、スワッ、、胴体にぶら下げた500K爆弾が機体から離れ
その反動で零戦は浮き上がった。三代目は超人的な才能で爆弾を
支えている支柱を狙い撃ちしたのだ!

その行動は、それを目撃した全部の戦闘機に衝撃を与え、ある言葉が
彼らの中に合い言葉の様に沸き上がってきた。

>>>犬死ぬ事 相成らん。未来の為に耐えて生きよ>>>>>

飛行中の各機の胴体から次々に投下される黒い塊の落下する先など、
三代目にはどうでも良かった。

1機、、、2機、、、そして3機、、、胴体に抱え込んだ爆弾を捨てて、次々に空中
に舞い戻った若い命をどうやって生還させるか、、今はそれこそが三代目にとって大
切な任務だったのだから・・・・・

映画、観劇、音楽、読書、さまざまな趣味、しかし、外部から受け入れる
「趣味」は、その存在にいかなる制約が与えられても、まだ個々の愛好者の
努力によりかろうじて生き残る事が出来たろうが、例えば外国の音楽鑑賞や英語の使
用など発見、露見イコール”非国民””キチガイ””廃人”、発見、即、銃
殺、、、、、、まさに問答無用の野蛮な時代が この日本にもあったのだ。

そのような劣悪の中、内なる叫びに真摯に従おうとする者は、史跡の上に
その姿を認める事は出来ない。

<完>









戻る