夕焼け色のゼロファイター(2)           作:闇の車掌長
「滑走路西側、15時方向に機影っ!待て、砲撃するな!」

「帰還機1機!帰還機1機かなり被弾している模様・・・救急班、待機ー!」

”飛ぶ”その為に最低限必要な要素すら放棄すしてしまったかのような
機体のあちこちに被弾した瑠璃色の零戦は、まさに墜ちるように滑走路に胴体着陸した。

「ほ、、報告します、第○次特別攻撃隊12機・・・・・・」

ドサッ

「おい大丈夫か?三代目!報告は後回しだ!衛生兵ー・・・・・」

戦局は、ますます悪化し、秋之助の配属されている航空隊も名目上は、
沖縄方面の制圧部隊として、すでに本土から移動していた。

戦果確認・・・聞こえは良いが敵海軍の機動部隊に対して500キロ爆弾を抱え
特攻して行く若者達を ただ上空から見ているだけの・・・まさに死への添乗員
のような役割・・・それにしても 否だとしたら・・・このボロボロになった零戦
の姿はいったい?

時刻は数日間を経過していった。

「司令、衛兵所からの報告で、陸軍憲兵隊が文句をつけに来ている
との事であります。いかがいたしましょう。追い返しますか?」

「構わん、ここに通せ。陸さんの文句の理由は想像がつく、ちょうど
良い機会だ。いいウップンばらしにもなるだろう、貴様もそこで見物しておれ。
それから三代目も傷の具合は良くなったのだろう、奴も同席させてやれ。」

数分後「憲兵」と書いて「空威張り」と読ませる、そんな風説にピッタリの
三名の陸軍憲兵が 司令室に姿を見せた。

「どうぞ、海軍名物の”カルピス”です。」

従兵の差し出したカルピスに、憲兵達は手を出そうともせず

「ほほう、海軍では、この様な子供の飲み物を飲んでおるですか。」

「なるほど。だが、その子供の飲み物をですぞ、

「自分が大好きだから。」

との理由で[官品指定]されたのは、たしか時の・・・そう東条総理大臣閣下でしたが・・・。本官も先日、首相官邸で御馳走になったが、総理閣下におかれては、3杯もおかわりされていた。」

カラン、コロロン

言葉に詰まった「空威張り」に替り、グラスの中で氷が踊った。

「うむ、だが貴官のご意見も、後日必ず総理のお耳にお入れしておこう。
おい副官、次に総理とお会いするのは、たしか明後日だったな。」

「はっ、明後日13:00、総理に海軍部として報告に上がる予定に
なっております。」

「陸軍憲兵隊から、この戦時下に子供の飲み物などケシカランとお叱りいただいた、と、
そのように記録しておいてくれ。」

「はっ、憲兵大尉のご意見、本官もしかと承りました。記録いたします。」

「あっ、いやいや、これは、、、その、、、いや」

もとより海軍と陸軍の折り合いは良くない。否、はっきり言って犬猿の仲で
ある。それが「憲兵」という陸軍管轄の特殊警察であれば海軍がなおさら
牙をむいても不思議ではない。

「で?ご用の趣旨は?カルピスが問題とおっしゃられるなら、それは明後日・・」

「あ、いや、うぉっほん、、実はですな、こちらの航空隊では「特別攻撃隊」
の乗員に落下傘を支給しておるとか。はたして司令はいかなる お考えをお持ちなのかか?と、それをうかがいにまいりました。」

ゴッ

恫喝するかの様に、両腕をさし伸ばし、軍刀を床に叩き付ける憲兵に

「おい、三代目、聞いての通りだ。落下傘がけしからんとお怒りのご様子だぞ。貴様、何か言い分があるか?」

司令は憲兵達に解らぬよう、秋之助に目配せしながら、わざとらしく
そう尋ねた。

「(この狸オヤジが・・・)は、落下傘についてなぜ特別攻撃隊に装備
したのか?憲兵隊は、そう御質問でありますか?」

「そうだ、この物資不足の現状で・・・・」

「おきやがれー、この「偽」憲兵どもー!司令殿っ!この連中はニセモノですぞ! うぬうぅぅぅ そこになおれ。この野郎ども、抵抗すれば、この天下の妖刀”長船”のサビにしてくれるわ。」

それまで黙って憲兵達のイヤガラセを聞き流していた三代目の態度が一変した!

「うむ、おい衛兵!衛兵はおるか!ただちに、この「偽」憲兵を逮捕し、
重営倉に放り込め。かまわん抵抗すれば手足の2、3本へし折ってやれ。
オレが許す。」

「なななな、なんだと、貴様、気でも違ったか。貴様こそ抵抗すれば・・・」

三代目はやおら立ち上がって腰の軍刀を抜くと、その刃の切っ先を狼狽する憲兵達の
鼻っ先につき付けて言い放った!

「ほざくんじゃねぇや、このすっとこどっこい。てめえらが「偽」憲兵で
なけりゃ、帝国皇軍の搭乗員心得、知らねえとは言わせねえ。オイこら、
皇軍の軍務規定では、いったい何時から、航空機搭乗員に落下傘の装備を
禁止したんでい。えぇ?」

バサンッ ドン

卓上に投げつけられた一冊の「提要書」、秋之助はそれを指しながら

「その腐ったメダマでとくと見てみやがれ。これのいったい何処にそんな改定が書かれてる
ってんだ。そんな事も知らねえ、憲兵がどこの世界に居る!てめえらどうせ、どこかの
古着屋でかっぱらった軍服でも着て、海軍にタカリにでも来やがったんだろう。」

「はぐ、うんむ、むむむむ」

あの「船宿のオヤジ」仕込みの、秋之助の「憲兵イビリ」は、益々磨きが掛かっている。
秋之助のタンカに 今にも吹き出しそうになるのを必死で堪えてその様子を眺めている、
司令と副官を横目で確かめながら ミエを切る 秋の助に、憲兵隊の連中はグウの音も出なかった。

「三代目、その辺でよかろう。陸さんも、まさか軍法違反して「落下傘」を
廃止しろ。などと言いに見えたわけではなかろうからな。・・ですな!」

「あ、うむ、むぅう、無論である。内規の乱れがうんぬんされる現状、
軍法に遵守した行動、、、うむむむ、実に見あげたものである・・・
むうくくく・・・しかしながらぁ」

「しかしながら?」

「近年、どこかの航空隊において、「おかま」、「男娼」と称される輩に、
事もあろうに恐れ多くも陛下から拝領された戦闘機を勝手気侭に使用させ、
しかも軍法に定められたる塗色と異なる塗装を施している。との噂が巷には
ありましてな。本官達は、その捜査を行なっておるのですわ。
ん?司令、いかがされました。」


副司令は、我が意を得たりとばかり、ソファにそっくりかえる、そ
の憲兵大尉を歯牙にもかけず

「失礼、お話しの途中で失礼ですが、<ア>島守備隊の壮行式の時間です。よろしかったら
憲兵殿も御列席下さいませんか。どうぞ。」

どうだ!ばかりにそっくり返った憲兵達を伴なって 秋の助は海岸にせり出した船着き場に向った。その光景を見守る海軍の関係者は全員、笑顔を隠さなかった。

「どうぞ、我が海軍が世界に誇る「水戦(水上戦闘機)」による飛行隊であります。塗色は
【戦時要領】に指示されているように、【現地における保護色】に塗装済みでありましてな。
なあ、副官」

おおうぅぅ、
あ、こ、これは・・・・

「はっ、いささか派手に見えましょうが、何分、現地は極めて濃密な、熱帯性の霧霞の為、
一件、派手にも感じますが、この方が保護迷彩色としては効果が発揮されるのであります。」

「すでに先見隊からの報告に基づき海軍省からも認可された公式の「局地:戦闘色」で
あります。一部、陸上機にも実験運用されております。ほれ、ちょうど滑走路に見えるアレ
ですな。アレ!」

むむ、

ただ唸るしかない憲兵達、その理由は彼らの目の前に整列した[二式水戦]と、呼ばれる零戦にフロートを取り付けた[水上戦闘機]と滑走路で離陸準備中の数機の零戦だった。それらの機体は、皆、機体の上部をアリューシャン列島に配置される為の<瑠璃色>に塗り直されていた。

当然、秋之助の乗る零戦も滑走路で暖気運転する一機に含まれていたのは言うまでもない。

ただ憮然とするしかない憲兵達に、さらに司令は追い討ちをかけた。

「どうされた?顔色が悪いですぞ。・・・・おお!そうですか!いや、
これは見上げたものだ。さすが憲兵隊。全皇軍の鏡でありますな。
さっそく隊員達に伝えてやるとしましょう。」

「隊員諸君、聞け!これより諸君の壮行に ここにおられる憲兵隊の諸兄が、
模範飛行を見せて下さるそうだ。各自、憲兵殿の模範飛行をしっかり見て
おくように!さあ副官 なにをしておるか、憲兵隊のみなさんのお手伝いせんか!」


な、なんと・・・いやその

しかし我々は、、あの、いや

そのような、、、突然の・・・

「さっ、どうぞ憲兵殿、あちらの零戦に、何、大丈夫、ダイジョウブ。
複座練習機ですから航行については熟練パイロットが引き受けますので、
憲兵殿は遊覧飛行のつもりで。」

しり込みする憲兵どもに、さらに司令が駄目押した。

「いゃ、さすが憲兵殿だ。あれこれ口実をつけて、その実、壮行式に華を
そえて下さるなど。いや感服の至りですわ。おい、ちょうど良い機会だ。
各パイロットは憲兵殿から操縦の模範をご指導いただくんだぞ。三代目、
解ったな。」

(このタヌキおやじ・・・)秋の助は腹の底から呆れていたが もちろん口には出さなかった

最後には胴上げのようにしてコクピットに投げ込まれた憲兵達が、
固定帯を装着する間もなく、秋之助の零戦を先頭にした、4機の
零式複座練習機は砂塵を舞い上げながら 滑走路を疾走していた。

カルロロロロロロオォオオウゥウゥゥン
グウロオォオゥウウウゥゥゥウウンンンン、、、

≪ザザザ、こちら地上指揮所、これより模擬空中戦を行なう。
三代目を仮想敵機とみなして、各個にこれを攻撃、模擬撃墜せよザザザ≫

≪!、、、三代目、了解、こちらから攻撃もありや?≫

≪無論だ、許可する。実践のツモリで大いにやれ≫

≪練習機1号機、了解!これよりご指導を頂戴する!≫
≪練習機2号機、了解!我、これより特攻す。≫
≪練習機3号機、了解!万一、空中接触の場合もあり!≫

≪了解!骨は拾ってやる、全機、思う存分やってこい。≫

地上では、その4機の繰り広げる壮大な戦技に、しばし見惚れ声を出すものは皆無だった。秋之助はもちろんの事、3機の零式複座練習機のステックを握るのはいずれも、この航空隊で1.2を争う空中戦の猛者ばかりなのだ。


クオオオォォォォオオオォォォオオォォォン、、、、、、、

カヴオ゛オ゛オ゛オォォォォオオォォォォンンンンンン、、、、、

「ぎゃ、ぎややゃあぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ、、、、」

「死にたくないぃぃぃぃぃいいいぃぃぃぃぃ、、、」


その技量を惜しみなく使い、繰り出される「インメルマンターン」や
「木の葉落し」などの奥義

軽快な発動音の合間に、聞こえるのは、かの憲兵諸兄の絶叫であった。
その奥義はおくられる者にとって最高の壮行の言葉であったろう。

「敵機来襲〜敵機来襲〜、双発機、数機、湾岸より進入中」

≪模擬戦中止、模擬戦中止、双発機、数機、湾岸より進入、、、
練習機はただちに着陸せよ。くりかえす!模擬・・・・・≫

≪我、憲兵殿の支援を得て、ただちに敵機の迎撃に向う。以上≫

≪空中無線の故障により、傍受不能、我、三代目にしたがい敵征圧にむかう≫

「やっぱり、やりやがった・・・あの悪ガキども・・・・」

「司令?よろしいんですか?少しやり過ぎでは?」

「ん?副司令?貴様、、それ本気で言っているのか?ん 本気で?」

「イエ、その一応、形式上は、、、ぶっ、、、くくくくく失礼を。」

「うわははははは、それでこそ、この航空隊の副司令だ。うわははははは」

<<目標を視認!『DC−3輸送機』を含む”双発爆撃機”・・・・・>>

<<各機、増槽を捨てよ!、、攻撃用意・憲兵殿、お覚悟ください・・・?>>

海上に出て、すでに増槽(予備燃料タンク)を捨てた4機の戦闘機に届きそうな程の大声で笑う司令達?はて・・・・・

<<待て!あ、あれは、友軍機だ。全機、攻撃中止!なんだぁ?>>
<<あれはDC−3に似てはいるが「零式輸送機」に・・・・「一式陸攻」じゃねぇか!>>

【出迎えご苦労!元気そうじゃな。三代目。ん?なんじゃ、
その練習機の前につんである 薄汚いボロ布は?】

「あの、くそオヤジ・・・・さては、、、古狸の司令も一枚噛んでやがったな。」

≪こら!三代目、くそオヤジとは、誰のコトじゃ?≫
≪こちら古狸、よーく聞こえてるぞ、練習機のお客サンはどうしてる?≫

≪模擬戦の途中から気絶でもしたらしく、大人しくなってますが、
なんなら途中で、海にでもこぼしちまいますか≫

≪やめておけ、魚が迷惑する。≫

「どこのどいつだい!恐れ多くも陛下から拝領した戦闘機にションベン
漏らしちまう非国民は? ひっつかまえて憲兵隊に引き渡してやれよ。」

「その憲兵隊の連中がやりやがったんだとさ、がっははははは」

「ぷっ、、、くっくっぶふわっはははははははははははは」


思いもしない長官機の露払いを勤めながら無事、着陸した零戦を
点検する整備兵は口々にそう言って大笑いしている。

そんな整備兵の遠慮会釈のない歓迎に、軍袴の股をグッショリ濡らし
ほうほうの体で逃げ去る憲兵達の事も知らず、秋之助は、司令室にいた。

「悪ふざけが過ぎませんか、、、、それに、何ですか?あの零式輸送機は?」

「あれか?ありゃ「敷布」じゃ。」

「敷布?」「しきふ・・・・」「・・・?」

「そうじゃ、今となっては何の慰めにもならん事は良く承知しておる。
じゃが、この航空隊には、必要じゃろ。」

「もっともな、こっちも手が足りない。「敷布」にするには、少々加工
してもらわにゃならん・・・・・・それは司令!お前サン達に任す。」

「入ります。司令、ただいま、海軍部より、かなりの量の”落下傘”が
届けられましたが、需品倉庫に入りきらんのですが・・・・・」

直立のまま、そう申告する当直下士官に、司令は

「落下傘?・・・・・!、、、敷布、、、ははぁ、敷布、、、長官、
ありがたく頂戴しましょう。ですが、あの零式、全部、「敷布」ですか?」

「おい、この物資不足の折り、大切な「敷布」だ。格納庫の奥にしかるべき
場所を用意して保管するように。」

「はっ、大切な「敷布」。格納庫の奥にしかるべき場所を用意して保管
いたします。」

当直下士官の退室を待っていたかのように、長官はいたずらっぽく笑うと

「いや、もう一機はな、、、、、」

「入ります。司令、内地からの「慰問団」の責任者が司令に、ご挨拶を。と。」

「長官!それでは、、いよいよ、、ですかな。、、、、」

「うむ、もう誰にもどうする事も出来ん。、、、、、今更「陸さん」を
からかっても、な、、、、。」

緊張・・・・だが、それは充分に解っていた筈・・・・本土決戦・・・の
決定だった。

「しかし、あんな老朽機で、、、、いったい何が、、、、」

「それはわしも解っておる、、、」

司令室に居合わせた者はみな、零式輸送機から吐き出される慰問団”
秋之助一座”のむこうに整列する”飛行機”を見ていた。

”白菊”偵察機
”赤トンボ”複葉練習機
”96艦戦”老巧機

けして古典機の展示会などではない。すでに旧式となった零戦ですら
ピカピカの新鋭機に見えてしまう、かっては時代の先端にあったポンコツの”名機”は冗談でもなんでもなく、名称だけは立派な”総力攻撃”の為に用意された”実用兵器”なのだ。

「長官!搭乗員達の技量をご存知か?最低飛行時間は予科練、全盛の頃
とは比較にもなりません。離着陸の練習途中での事故すら日常茶飯事なんですぞ。」

「解っておる、解ってはおるがどうにもならんのだ。後、わしにして
やれるのは・・・・・・」

ウウゥウゥゥゥゥウウウゥゥゥゥゥゥ
、、、、、、ウウウウゥウウゥゥゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥ

<洋上より進入する機影多数、洋上より進入する機影多数、>

「来たか・・・・・」

<警戒解除・・警戒解除・・・友軍だ!、、、撃つな!友軍機だ・・・>

次々に飛来し滑走路に降り立つ友軍機、、、零戦、、、、だが垂直尾翼に描かれている所属も、良く確認すると、塗色も、まだ艶のある濃緑色の機体もあれば、強烈な陽射しに焼かれて濃淡まだらになってしまった機体まで、実に様々であった。

ドカドカドカドカ

「入ります。司令に報告、○○航空隊、訓練用飛行機の受領にまいりました。
”白菊”練習機1機、受領。代用機として零戦1機、輸送してまいりました。」

「司令に報告、◇◇航空隊、訓練用標的機の受領にまいりました。
”96艦戦”1機、受領。代用機として零戦1機、輸送してまいりました。」

「司令に報告、◇◇航空隊、飛行訓練機の受領にまいりました。
”赤とんぼ”1機、受領。代用機として零戦1機、輸送してまいりました。」

次々に申告に訪れる飛行服姿の武士達に、秋の助は呆気に取られた。

「長官?これは・・・・?」

「許せ。わしに、わしにしてやれる事は、もうこれくらいしかない。」

・・・・・・こいつらを、むざむざ敵の標的にさせてはならない。・・・・・・

若鷲、、、それらしいが言葉だけはそれらしいが、あまりにも幼い、少なくなった熟練搭乗員にとっては弟というより我が子のような年齢の”特別攻撃隊”要員に、みずからの機体を提供せよ、との長官の命令というより、親心に近い依頼に応えた先輩パイロット達だった。


「そうか!貴様、俺と隣村の出身か!よし、今日から貴様と俺は、兄弟だ。
何かあったら、俺になんでも相談するんだぞ。いいな。」

「は、ありがたくあります。」


『いいか、ここだけの話だが、この零戦はな「福の神」がついておるんだ。
開戦当初から、こいつに乗って死んだ奴は1人もおらん。貴様もその仲間
入りだ。』

『ほ、本当でありますか』


「俺の実家はな、俺の配属されている航空隊の近くでな、キサマ等の土産に
ボタモチを作ってくれたんだ。さぁみんな腹いっぱい食ってくれよ。」

「い、、いただきます。」

空中輸送を終えた熟練飛行兵は、すぐに立ち去る事なく自分の愛機を通して
若鷲のヒナを慈しんだ。そんな、急ごしらえの兄弟が、そこここで誕生した。

<全、兵士に通達する。本日18:00より、格納庫において、臨時教練を
行なう、輸送任務を完了した各航空隊の所属搭乗員も全員参加。これは長官の命令である。>

臨時教練?それはすぐに飛来した零戦の所属航空隊に、
長官直々の指令として通達された。・・・・

「酒保(基地の中の購買部)を開け!手の空いている者は酒保にある、すべての糧食を格納庫に移動しろ。炊事班は、他の航空隊から来てくれた搭乗員諸君に、当部隊の腕前を披露してやれ。」

帝国海軍と書いて「粋」と読ませる。そして18:00、その海軍を統率する
長官主催の”臨時教練”は定刻通り開催された。

「とざい、とうざ〜い、ここもと御覧に入れまするは〜・・・・・・」

余計な事はなにも言わない、何も考えない。召集によって失った 見習いの相方を相手にしたシドロモドロの漫才、間違えて 最初にタネを見せてしまった手品・・・・・・そんな稚拙な出し物にも、将兵達は腹を抱えて笑い、歌った。

「長らくお待たせいたしました〜。これより当、秋之助一座、座長公演で
ございます・・・・・・」

チョーン、チョーン、チョーン、チョン、チョンチョンチョンチョン、、、チョーー


拍子木が鳴り、緞帳替りにいったん落とされた格納庫の照明がパッと付いた。

凄艶なまでの美しさを振りまく秋之助の舞姿に、息を呑む音だけが格納庫を
占領した。

芝居の物語よりも、変わり身に重点を置くように工夫された演目に格納庫の、
そこここからは溜め息が漏れ聞こえてくる・・・・・・


彼らが目指す終末とは、けして、【勝利】をかけていたのではなく、
いかに被害を最小にしてに終末を迎えるか。それを最も重要視したもの
だった。だがその代償は若い命なのだ。

翌朝、滑走路から次々に飛び立つ機影は不思議な団結の上に成り立っていた。

ヨタヨタと零戦が滑走すると、その横で見守るように滑走する旧式機、
2機1ついになって飛翔するそれは、言うまでもなく、若い搭乗員に
付き添う熟練搭乗員の姿なのだ。

≪ザザザッ、いいか、そんな飛行機、いくらぶち壊しても構わん。
ジジジッ、男の約束だぞ。必ず帰還して俺に戦果を報告せいよ。
貴様が帰還するまで、俺は待ってるからな!≫

≪解りました。必ず帰還してご報告に上がります。≫

いかに技量の差はあっても、零戦と老朽機の速度差は否めない。
かすかに翼端を振って応えるその姿が、だんだんと遠くなるのを
熟練搭乗員達は涙に霞む眼をこらしていつまでも見守っていた。

≪敵、主力艦隊を視認、これより特別攻撃を開始する。≫

≪三代目ありがとうございました・・・おっかぁ・・ううううっ・・・≫

!、その声を聞いて、秋之助の脳裏に昨夜の事がマザマザと思い出された。
公演を終え、壇上から降りた秋之助を、真剣に見詰めてした少年飛行兵の事を。

「何か?」

「は、、、いえ、、、」

「どうした?何かあたしに言いたい事でもあるんじゃないかえ?
遠慮しないで言っとくれよ。」

「は、、、で、では、、、あの、三代目、、あの、手、、、手を握らせて
、、、いえ!申し訳ありません、、、」

「手?、、あたしの手、、、かまやしないけど、、又、どうして、、、」

「三代目、俺からも頼む。こいつは変な意味で言ってるんじゃないんだ。
こいつオフクロが早くなくなっちまって、オフクロの暖ったか味、知らないんだ。こいつに、教えてやってくれないか。こいつに・・・・」

生きる事を執着させてやりたい。・・・その飲み込んだ言葉を秋之助は理解した。

「お安い御用だよ。アンタのおっかさんより、ぶさいくで悪いけど、
カンベンしとくれよ。」

暖かかった、熱かった、そして生きていた。少年の生への脈動が、
その幼い手から伝わり秋之助は、落涙を袂で隠していた。

「男だって泣いて良いんだよ。いんや、男だから泣く時だってあるんだ。
おっかさんに全部話しとくれよ。アンタの心んなかに、しまってる事・・・・・」

「おっかぁ
「オフクロ
「お母さん
「かあちゃん

死にたくなんかない・・・・・かろうじて押し止められた言葉の替りに、
口々にそう言って秋之助に駆け寄る少年飛行兵達・・・・・・

開かない、、、、また、今回も、、、、開花してほしい落下傘の白い花は、、、、、

いかな技量に勝れた秋之助ではあっても限界があった。
物量豊富とは言うものの相手も人間、けして死にたくはない。
敵飛行部隊も必死である・・・・その時!

<<ザジジッ三代目、ひよっこのお守りご苦労!>>

何?秋之助が見上げた天空から芥子粒のような点が次々と
落ちてくるではないか。

<<えらいスマンな!新鋭機の到着が遅くなってな、おまけにワシら
洋上飛行は始めてなんや、、、かんにんしてや、>>

おお!今、そう言いながら秋の助の目の前を急降下していく集団は、
末期になってようやく実践配備になった海軍の「紫電改」と それに先導
された、、なんと陸軍の「疾風」ではないか・・・・・・

「すまん!」

<<何いうてんねん、海軍ばっかりエエカッコさせれんわ。それに憲兵
絞り上げてくれたらしいやんか。話 聞いてスーっとしたで。ホナいっちょ いてこましたろか!>>

海軍だけでなくライバルの筈の陸軍航空隊までが、不得意な海の上での飛行をしてまで、秋の助に協力してくれる。こんな事は長くは続かないだろうし、今回だけかも知れない。だが、秋の助は止める気はない。絶対に止めてはならない。

陸海軍の優秀なパイロットが操縦する最新型の戦闘機の前に、すでに日本軍をナメきった奴等が勝てる筈がない。次々に叩き落とされていく敵の戦闘機を横目に見て、秋の助の心中は複雑だった。

今は敵でしかない彼らにだって家族があり 未来がある・・・死ぬな!

「瑠璃色の零戦」は最後の飛行のその日まで、その方針を変更
する事はなかった。

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