☆1983年生まれのみんなの同盟☆

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『ここより遠くへ・・』


 静かな海風が吹く。
軽い潮のにおいもする。
いくつもの春が過ぎて,また暑い夏がやってきた。
僕もまたこの石段を一段一段上っている。
古いこの石段も所々,バランスの悪い個所が増えてきていた。


一番上まで上り詰めると僕の眼前には広大な海。
アノ時と変わらない。
僕はそう思った。
この頂上にさみしくぽつんと立っている石碑の近くに腰を下ろした。
まだ太陽は南から西へ傾いたばっかりだ。
ほんとうにいつ来ても変わらない風景。
あれから変わらない僕。
ただ違うのはアノ時いた君が僕の横にいないだけだった。
「おやぁ,めずらしいね。」
ここは地元人でもめったに来ない場所だ。
まぁ,言うならば“いわくつき”な場所であるから。
僕は自分以外の人がいることなんて気づかなかった。
「えっと,こんにちは。」
「あぁ,こんちは。」
ずいぶん白髪の混じったおばあさんだった。
背もそんなに高くないし杖をついているもう十分歳をいっているように見える。
でも,あの長い石段を登ってきたのなら,まだまだ元気な証拠である。
「びっくりしました。こんなところに自分以外の人がいるなんて・・。」
「ほほ,ワタシもだよ。ワタシはここに来ると心が落ち着くのでね。だから,いつも家族の反対を押し切って散歩にくるんだよ。」
陽気におばあさんは笑って,僕の横に腰を下ろした。
「何が『もう歳なんだから』だよねぇ?年寄りを馬鹿にしちゃいかんよ。」
「でも,やっぱり無理はいけませんよ。」
「なんの,なんの。まだ若いもんには負けんよ。」
それから僕とおばあさんは色々な話をした。
彼女の子供,孫の話,近所の悪ガキの話,亡くなった旦那さんの話。
次から次へとまるで四次元の空間から話題が出てくる。
どうやら相当の話好きのようだ。
別に僕もそんなおばあさんが嫌いじゃなかったから,一生懸命に聴いてあげた。
話題の中には腹が痛くなるまで笑い転げてしまうのもあった。
そして,こんな話題も・・


「そういえばここの噂話は聞いたことあるかい?」
「えっとぉ・・昔ここで自殺した女の人の幽霊がでるとかいう・・」
確かに町ではこんな話が広まっている。
この噂話でさえ何年も前から変化していなかった。
けど,おばあさんは頭を横に振った。
「そんな噂もあるけど,そんなものはたいてい嘘っぱちさ。怖がりの人間が勝手に作った・・あるいは勝手に書きかえられたか・・。」
「え?」
おばあさんは一瞬どこかさびしげな顔をしたように見えたのは僕の錯覚だっただろうか?
ややあっておばあさんはゆっくりと話しはじめた。


昔からここから見えるあの海には人魚が住んでいると言われた。
村の人々の中にもかなりたくさんの目撃者がいたらしい。
そんな話題があがる中にやさしく好奇心旺盛な一人の若い男がいた。
男はある日,そうこんな夏になったばかりのよく晴れた日だったそうだ。
一人であの海の浜辺に出かけていった。
村人達には暗黙のうちに近づかないように決めていたあの浜辺に。
そして彼が見つけたのは打ち上げられて動きの取れなくなっていた人魚だった。
人魚は男に海に返してくれるように助けを求めたそうな。
最初は人魚を見て恐れていた男もあまりにもみじめでかわいそうになって海へ戻れるように手助けをして,人魚はなんとか海に再び入ることできた。
大変感謝した人魚は男にお礼ということで“人魚の肉”を手渡し,
「もし,だれか他にこの“人魚に肉”を必要とする者がいれば,再びここに来て,あなたの血をこの海に数滴たらしてください。そうすれば,私はあなたの前に現れるでしょう。ただし,つれてくるその者はあなたにとっての生涯の伴侶となりえる者だけです。それから,むやみやたらに私のことを他人に言うことのないよう・・」
と言うと,人魚は海の中へと姿を消した。
男は約束通り村に帰っても友人達に人魚に会ったことなどシラを切りつづけたが, “人魚の肉”を食べて数週間たった時,彼はようやく自分の身体の変化に気づいたのだ。
そう・・“人魚の肉”を食べた者は“不老不死の身体”を手に入れることができるのだった。
いくら自分の手を傷つけてもあっという間に元通り。
そんな時,彼は人魚と交わしたもう一つの約束も思い出した。
生涯の伴侶・・。
男には幼なじみで両思いの女がいた。
だが,女は地主の娘,男はただ村の農民。
当然,女の親は女が男と会うことを禁じていた。
もちろん身分だけではない。
女はひどく重い病気を患っていたのだ。
それも一生治らない,もう一年持つか持たないかの・・。
それでも愛し合うが故,男は周りの目を盗み女に会いに行った。
男はこの話を最近元気がなくなっていた女に話し,一緒に人魚に会いに行こうと誘った。
男の言うこと全てを信じたわけではないが女は部屋に閉じこもるだけの生活に嫌気が差していたし,もし本当に元気な身体をもらえるのならば子供の頃の用に愛する男とおいしい空気の外に自由に出ることができると考え誘いに乗ったそうだ。
そのまま駆け落ちすることまでも。
そして,うまく女の家族の監視をくぐり抜けることが出来るはず・・。
だったのが,最後の最後でなぜかこのこと女の父親にばれてしまった。
父親は大事な娘を取られ頭にきて村人を大勢率いてこの二人を追った。
けれど,もう引き返せない。
女の父親はもとより,男を毛嫌いしていたから。
つかまったら最後,男は殺されるか,彼女の父親の権力で村を追い出されてもう二度と女と会うことが出来なくなるのだ。
二人は必死に追っ手から逃げるようにして人魚のいる海へと急いだ。
しかし,それも長くは続かなかった。
夏も半ば。
この丘に追い込まれた二人はもうどうすることもできなかった。
目的地である海は見えるけれども距離にしてはまだまだある。
悲劇が起こったのはこの後。
二人を追い詰めた父親は男を押さえつけて首を斬り落とそうした。
いくら“人魚の肉”を食べた者といえど首を斬られてはひとたまりもない。
しかし,父親が斬ろうとした瞬間,女が男をかばい,父親は男ではなく自分の娘を斬りつけてしまったのだ。
残念ながら傷は致命傷で,女は「男を殺さないであげて,父様。」と「もし生まれ変わることができたら,またあなたの近くに」とを繰り返しながら嘆き泣く男の腕の中で息を引き取った。
結局男は村に二度近づかないようにと,それだけで許された。
それから娘の愛そ許すことのできなかった父親は償いとしてこの丘に碑を建て娘を弔ったそうだ。
さて“人魚の肉”を食べた男は死ぬことは出来ない。
老いることもない。
いまでも男は女の生まれ変わりを待ち探していると言われている。
もしかしたら,この丘や町になってしまった村に戻ってきているかもしれないね。


「これがホントにこの丘にまつわる噂・・いや伝説と言うべきか。」
「なぜ・・それをあなたが?」
おばあさんは遠く海の方を眺めた。
「私の母はこの伝説の中に出てくる女の姉でね・・,父親につい口をすべらしてばらしてしまったのは母だったそうなのさ。自分を慕ってなんでも話してくれた妹を間違えてとはいえ,結果的に殺してしまい,妹の恋人にもひどいことをしてしまったとよく小さかった私に話していたよ。そして,もし男が会われたら償いをとも・・。」
日がもう西の地平線にかかりそうになっている。
町役場の鐘の音も聞こえてくる。
いつのまにかずいぶん長い時が過ぎていたようだ。
「おっと,長居してしまったよ。今ごろ,あの息子夫婦のことだ。 慌てているに違いないなぁ。私はそろそろ行くがお主は?」
よっこらせっと腰をあげたおばあさんは元の陽気な人に戻っていた。
「いえ,僕はもうちょっとゆっくりしていきます。」
「そうかい?では,あんまり遅くならずに。いくら懐かしくても・・。」
おばあさんがゆっくり石段を降りていくのを背中に聞いていた。
中々,あなどれないおばあさんだ。
やわらかい風が海の方からまた吹いた。
さっきよりも冷たい風だった。

いつか,また君に会えたなら今度こそあの海へと・・

END

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by.【No.57】龍樹  ('00,6/15 up)