The Best Selection of My Photos...
Die Galerie

議事堂
ベルリン
ベルリンの議事堂を初めて目にしたのは、勿論写真だが、確か火事の写真だった…
ナチスが台頭した経過を描いた本の中で、彼らと対立的だった共産党などを放逐すべく、“議事堂放火事件”を起こし、「その責任は彼らに!」と放逐してしまう経過を述べた箇所に、件の事件で炎上している様子を撮った旧い写真があった。見たのは、確か小学校六年生の頃だった。
日本で日本の国会議事堂の写真を見ると、それだけで色々な連想が拡がる。外国の国会議事堂と単純比較することは出来ないが、英国のそれや米国のそれも存外良く見かけていて、それなりに拡がるイメージがある。がドイツに関しては、永い間そういう感じではなかったように思う。東西分断だった永い経過を振り返っても、それなりに長い期間政権にあったというタイプの人が多いので、東のホーネッカー、西ならコール、もう一寸前のシュミットと言った首脳の風貌などはぼんやりと憶えているのだが、彼らが大事な仕事をしている国会が入っている建物の印象というものが、どうも浮かばない。これはドイツに限ったことではないかもしれないが…日本の国会議事堂について、何処かの国で私と似たようなことを考えている人たちも多いであろうし…
献金絡みの問題で晩節を汚してしまったが、東西統一の際に活躍したコール首相は、あの巨体-上背が190cm以上あって、体重も120kgはあるように見えた…以前のサミットの写真を見ると、何処にどう並んでいても目立つ…−を揺さぶりながら、欧州の中では一際大きく、将来に渡って多くの国々をリードする立場とならざろう得ない国の、国民の代表が集う議事堂をどの建物にするのかを一番最初に考え、その結果「あれだ!」とこの議事堂を思いつき、議事堂があるベルリンを首都にしたのかもしれない、と私は勝手に思っている。ベルリンを都としたプロイセンが母胎になって“ドイツ”が登場し、二つの大戦-第2次大戦では議事堂も激戦が戦われたポイントだった…−を経て、分断国家としての経過があり、そして新しい世紀へ向けて統一国家として歩み始めたこの国の歴史を、議事堂はある意味で凝縮している感じもする…
ベルリンと言えば多くの人が思い起こすブランデンブルグ門と議事堂が重なるこのアングルだが、最近絵葉書にもよく採り入れられている…


BACK