神羅本社ビル42階将校事務所、5時34分。
小さく溜息を落として、利き腕をぐるりと回してみる。
ここのところ根を詰めすぎてきたセフィロスの肩は、ぼきりと意外なほど大きな音をたてた。
宝条の奴が聞いたら嬉しそうに、やれ肩関節のMIRだ、超音波検査と騒ぎ立てた挙句に、筋肉をほぐす為なんぞと称した妙な薬を飲ましに来かねないような音だぜ、と独白いて微かに首を傾げれば、偏頭痛が襲ってくる予感。小さく顔をしかめて、こめかみに手を当てる。
「いい加減に切り上げて、少し休んだら?」
突然に声が降って沸いた。
「入る前にはノックをしろと、いつも言っている」
顔を上げようとすらせず、オフィスの主は不機嫌に鼻を鳴らした。
苦笑を浮かべて、突然の侵入者は机の裏側に回った。
「背中を取られるのは嫌いだ」
また不機嫌な声が飛んでくる。全く、俺の部屋にノックも無しにずかずか入り込んでくるのは、お前だけだ。プレジデントですら、無意識の条件反射と題した「自衛の」魔法攻撃なり、正宗の切っ先なりがとんでくるのを恐れて、いきなりオフィスに入ってくる事はしない(ちぇっ!)
この俺の背中に、とっとと回り込むのも、お前だけだ・・・
言葉に出す事すら億劫がって、それでも、相手が自分の思考を読むものと確信している。
「判ってる、判ってる・・って、と・・・」
するりとコートの襟元から手が滑り込み、素肌の両肩がぐいと押し込まれる感覚。
「まるで鉄板じゃん。こんなに凝るまで根を詰めなくてもいいのに。天下の英雄さんが書類に埋もれて、頭痛肩凝り、目の下にクマじゃ、てんでサマになんねーぜ」
「ハイデッガーにそれを言え」
「未処理書類、こんなに残ってんの?こんなの窓から放っちまえ。紙吹雪ぃ!ってさ」
「馬鹿野郎。極秘書類をそこいらにバラ巻いてどうする。そんなに言うなら、お前が処理しろ」
「俺に片付けられるような書類なら、他にもいくらでも神羅の誇る有能な事務員さんが沢山いるさ。だろ?」
「言ってる事にまるで辻褄が合ってない。無茶苦茶だな」
「あんただから対応出来るんだ。あんただから。でも、だからって、こぉんなに肩がぱんぱんに張るまで、あんたが頑張らなくってもいいさ。上層部の奴等なんて焦らしてやれよ」
けらけらと笑う声が上から降ってきて、セフィロスはふんと鼻を鳴らして背後の男にもたれかかるように背を伸ばした。乾いた唇が首筋を滑って行く。
「ほら、だいぶほぐれてきた」
耳元に直接囁き込まれる言葉。
「ん・・・・」
軽く瞼を閉じて、自分が溶け出して行くのを楽しむ。
とうとうたる川の流れのように。
窓から差し込む夕暮れ時の長い長い陽の光のように。
うなじを滑る男の顎の、薄い髭がくすぐったい。
小さく微笑んで、セフィロスは背後の男に全てを委ねた。
この部屋にノックも無しに入ってくる命知らずは、誰も居ない・・・・