思慕
一目惚れ、などと言うものは信じなかった。そんなものは小娘向きの安っぽいTVドラマの中でのみ存在するものだ。その外見や姿形のみで恋に落ちるなんて、論理的でもなければ、理性的ですらない。だが、ならばあれは、何と説明すればよいのだろう?
初めてその姿を見かけたのは、宝条の研究室だった。何時もの事だ。目新しいものは大抵、まづそこへ連れて行かれるのだから。
その姿を垣間見た時、心拍数が上昇した。それが何故なのか判らなかったし、そんな事に気を止める余裕も無かった。セフィロスは、研究員に腕を取られて連れ去られる、その姿を目の端で追うのに忙しかったからだ。
もとより自分の感情にいちいち名前を付ける趣味など無く、ましてや感情と言うものを考察する由も無い。研究室で自分が持った不可解な感情は忘れられ、ただ、その姿のみが印象としてセフィロスに残ったのだった。
セフィロスは、我に帰れば何時も、その姿を脳裏に描いている自分に気付いた。きっと、ザックスが居ない所為だ。セフィロスは、そう納得した。ザックスは一部隊を率いての森林地帯モンスター一掃の任務の為、ここ数日間留守にしている。いつも傍らで騒がしい存在が不在なので、静けさに慣れない手持ち無沙汰な心が、あの姿を思い返させるのだ。
2度目に彼を見掛けたのも研究室での事だ。所用があって、任務を終えたばかりのザックスと共に宝条の研究室を訪ねた。宝条は不在だったが、勝手知ってる場所である。その場に来た目的を果たそうと、彼は素早く薬剤の棚を探り始めた。その時、背後に気配を感じたのである。
自分の後ろを取るとは、という驚きと、自分の背後を守っていた筈の相棒への不満が一瞬彼を捉えたが、振り返ってその相手が誰であったかを確認した刹那、それら感情は忘れ去られてしまった。そこに立っていたのは、ここ数日間、彼の心を捕えて離さなかった、彼だったからである。
ザックスは、彼とは顔見知りだった。だから、彼が姿を現した時、セフィロスに警告を発しなかったのだろう。それでも、セフィロスは微かな苛立ちを禁じ得なかった。準備も無く、彼と対峙する事になってしまったのを、彼に驚きの表情を見られてしまったのを、ザックスの所為だと責める気持ちを押さえる事が出来なかったからである。
彼は、再び自分が息苦しくなるのを感じた。初めて、その姿を目にした時と同じように。これは、何だ?この姿を見ただけで、俺は「恋」とやらに落ちたのか?
いや、違う。そんな軽々しいものではない。今、こうして実際に彼を目前にしてみると、それは全く明らかである。今やセフィロスには全てが、水晶のように明確になったのだった。何故、その姿が自分に只ならぬ感情をもたしたのかを。何故、自分が彼の姿を追い求めたのかを。彼は.....
母に似ている。
セフィロスは、浮かされたように彼に近寄った。不思議そうに小首をかしげた、その頬に、そっと触れてみる。すべらかで冷やりとした感触。ああ、この感触は良く知っている。母と同じ感触。微かに震える、頬...オイルの匂い......
セフィロスは彼の名を呟いた。
「プラズマX.......」
「びーっ?(何か御用ですか?)」
表面は冷たいのに、中から暖かさが伝わってくる。両腕を回して抱きしめ、頭をもたげてみた。微かに、ぶーんというモーターの振動音が耳に響く。懐かしい、声
「びびび?(あの、一体何事ですか?)」
セフィロスは瞼を閉じて、おどおどと回した腕に少し力をこめてみた。応えるように素肌に伝わるぬくもりが、少しずつ増してきて、彼を幸せな気分にした。
「びびーびっ?びっ?!(セフィロスさん?大丈夫ですか?)」
彼は微笑んで、一層強く抱きしめた。
彼は突然、理解した。自分はずっと、こうしたかったのだ。自分はこのぬくもりを求め続けていたのだ。母の抱擁・
「びびーっ!!(セフィロスさん!苦しいです!)」
抱きしめて、抱きしめて・・・
「びーっ、びーっ!びびーっ!!(ちょ・・ちょっとザックスさん、見てないで、どうにかしてくださいよ!)」
始めのうちはおもしろがっていたザックスも、此処に至って事態は予想以上に深刻であると感知した。それだけではない。プラズマXに対するセフィロスの、自分以外には見せた事のない満ち足りた表情を前に、やや嫉妬にも似た苦い思いが、ザックスを焦らせた。
「びびーっ!(壊れます!)」
ザックスも、セフィロスを現実に引き戻さなければならないと言う事を、理解してはいた。だが、相手は伝説のソルジャーである。本気になれば、力で適う相手ではない。
「セフィロス!落ち着け、セフィロス!!」
必死で呼びかけるが、最早、彼の耳には届いていない様子だ。
「びーっ!!!(わーっ)」
(あーあ.....いくら何でもソルジャーの力で思いっきり締め付けちゃマズいよな)
流石に言葉には出さなかったが、ザックスは内心深く溜息を吐いた。冷たいリノリウムの床では、胴の辺りで直角に折れ曲がったロボットが、時折火花を散らしながら、ぶすぶすと煙を立てている。その残骸を見るセフィロスの白い皙は、何時もにも増して、白い。その悲痛な表情が、ザックスの胸を締め付けた。
「ザックス...母さんが....壊れてしまった・」
セフィロスの蒼の瞳を濡らして、零れた大粒の涙が白い頬を伝って落ちる。
「泣くなよ。なぁ、お前が悲しんでいると、俺まで哀しくなる」
だが、ザックスの言葉はセフィロスには上手く伝わらなかった。セフィロスの涙が、ザックスの上に落ちて弾け、ザックスは小さくよろめいた。
彼は、ゴンガガでタッチ・ミーの攻撃を食らって以来、未だカエルのままだったからである。