再生


「確かに、このまま置いておくのも場所ばかりとって邪魔になるわな・・・」
物憂げに、リノリウムの床の上に横たわる、二つ折りになったロボットのスクラップに視線を降ろして、宝条博士は呟いた。その言葉に、ザックスの表情が輝いたのは言うまでもない。余りの愛の強さ故に、このロボット・・・プラズマXを破壊してしまってからと言うもの、セフィロスの落ち込みようは側で見ていても辛いものだったのだ。

「じゃあ早速、仕事に取り掛かろうぜ!」

こうなれば現金なもので、つい今し方まで研究室中響くダミ声でがなりたてていたザックスは、一転明るい表情になると、宝条博士の肩から飛び降りた。

ザックスは未だ蛙のままである。だから彼の言葉は、一般人には「ケロケロ」としか聞こえないのだが、何故か博士には、彼の言葉が理解出来ているようだった。流石は科学を追求してやまぬ探究心の塊、宝条博士である(謎)

メテオに一度ぶち当られてから、当然ながらこの星の環境には多くの変化が見られた。当節、地球では、恐竜が絶滅したのは、隕石が降ってきた所為だと言う説が強いくらいだから、この様な変化も何ら不思議ではあるまい。タッチ・ミーを含む、一部のモンスターに見られる顕著な変化も、その一つである。

以前は、比較的安く手に入る「乙女のキッス」で簡単に治癒出来た症状が、この頃では、そのような生易しいモノでは効かなくなったのだ。一見、症状は以前のまま変化はないように見えるが、今では「美しの処女のキッス」でなければ、治癒は不可能となった。

当世、美人で処女なんて、そうそう居るわけではない。特にメテオが迫ってきた時、「この星の終わりだ」なんて騒いだ者達の所為で、多くの乙女が「処女のまま死にたくない!」と集団ヒステリーに陥ったりして、益々「美しの処女のキッス」は貴重品となり、入手は殆ど不可能と言われるまでの希少な薬剤となったのである。

セフィロスが、ゴンガガに出張に行った際、いきなりタッチ・ミーの攻撃をくらったザックスの為に「美しの処女のキッス」を入手するにも、夜中にこっそり忍び込むという後ろめたい方法を取らねばならぬ程に貴重な品なのだ。
ところが、この「美しの処女のキッス」は、矢張り本物ではなかったのだ。なんでも、大氷原に住む若いスノウの娘が、遊ぶ金欲しさにアイシクルロッジまで売りに来たものを、ジェノバ社員が買い付けたらしいのだが、あの人里離れた場所に住んでいるのなら大丈夫、男達は皆、辿り着く前に凍え死んでいると安心したのが運の尽き。彼女は確かに美少女には違いなかったらしいのだが、こいつが処女だというのは、とんだ大嘘だった。

「だってぇ、メテオでみーんな死んじゃうんだからって、なんだか金チョコボに似た男の人が言ったんだもぉん。だから、死ぬ前に気持ちいいコトしようって・・・」

後で、コトがばれた娘の、母親シヴァに対する言い訳は、この様な次第である。嫁入り前の娘が、よりによって人間とそういうコトをするなんて!と怒り狂う母に、

「だってぇ、あの人、みんなしてる事だって言ったんだもぉん!従姉のポーレンサルタちゃんとも仲良しなんだって・・・!」

あの、星を救うとかなんとか戯言をほざいていた金色チョコボ頭の男、古代種の神殿では大車輪の影にジェムネツミーを連れ込み、神羅屋敷ではギロフェルゴまで誘っていたが、温泉を触った手でスノウにまで・・・!!と、歯軋りするシヴァ母さんの憤怒とは裏腹、スノウ娘は、あのヒト今何してるのかなぁ、などと呑気そのものなのだった。

ともあれ、憤怒、落胆したのはシヴァだけではない。

「だいたい、天下のジェノバ・コスメティックス開発部長ともあろうアンタが、バッもんを掴まされてたなんて大笑いだぜ」

と、ザックスは腹いせにゲロゲロ喚きたらかした。だが、宝条は
「そんなにヒ虫類が嫌ならば、私が二本足直立型に改造してやろうか?ひーっひっひっひ」
と笑い、セフィロスは
「カエルの言う事は判らん」
と冷たく無視をする。まぁ、そんな次第でザックスは未だ前髪を突き立てた緑の蛙なのである。


話が逸れてしまったが、要は、日夜耳元でゲロゲロ騒ぐザックスの余りの煩さに閉口した宝条博士は、自分自身の興味もあって、元プラズマXであるスクラップを修理すると約束したのである。
くるりと椅子を回転させて机に背を向けると、博士はひょろんと腕を伸ばして、数メートル先の戸棚から何やら様々な薬剤、器材、資料を取り出した。実は博士は、例のメトロ騒ぎのどさくさにまみれて、ちゃっかりジェノバを取り込んで以来、身体の一部をモンスター化することが出来るようになっていたのだ。触手よろしく、どんどん伸びる腕もジェノバの成果の一つである。
全く、こいつは都合が良い。科学とは本当に素晴らしいものだ。この科学の成果を使おうともせず、醜いガントレットで封印している、あの男の愚かさと来たら云々・・・と、またしても、昔の恋敵の悪口を言い始めた博士に、ザックスは聞こえないフリを決め込んだ。もっとも、博士としたとて、誰かに聞いてもらおうと言うわけでもなく、あの男の悪口を言うのが癖になっているだけの事なのだから。

博士は、準備が整うと、満悦顔でコンピューターに向かった。よっこらせ、とスペアの腕を襟元から引っ張り出して、4本の手でパチパチとキーボードを叩き始める。さすがに手が余分にあると効率もよいものだが、「よっこらせ」などと口について出てしまう辺りは、年は誤魔化せぬというところか。

「そうだな・・髪は赤茶色のポニーテイル、肌は白くて、知性的な顔立ち、目の色は・・・」
「おいおい、おっさん、なんか却ってヤバくないか」
「だいたい、容姿に惹かれたのが、そもそもの元凶だろう。ならば、元通りの姿形にすれば、また元の木阿弥だ。だから私が科学の域を極めて、より人間に近い姿に変えれば、セフィロスも惑わされずに済むだろう。その上、ジェノバ・コスメティックスの宣伝用にも利用出来る。一石二鳥だ。全く自分の頭脳の閃きには畏れ入る・・・」
「そういうモノなんかな?」
「そういうモノなのだ。私の考えに間違いは無い。科学的根拠に裏打ちされているからな。で、性格はちょっとキツめ、と・・ひーっひっひっひ・・・」
「何だよ、それ?」
「判らぬか?だいたい、あのプラズマX初期型は性格が余りに弱く、セフィロスの誤解を戒めることすら出来なかったのも、今回の事態を引き起こした原因の一つだと言う事に、考察が及ばないかね?もっともカエルの脳では、その様な高度な思考力を求める方が無理と言うものか・・・まぁいい・・積極的で探求心豊か、少し頑固な所あり、と・・・これも全てセフィロスの為だ。うぬ」
「ホンマかいな・・・」
一抹の不安を押さえきれなくも無いが、「セフィロスの為」という言葉には、呆れ返るほど弱いザックスだった。


こうして、研究室の夜は更けていき、時折窓から洩れる閃光ばかりが闇を照らすばかり・・・



本編に入らぬまま、訳も無くダラダラと続く

このアイコンは華南さんとこから借りました