シャカがインドの山奥の実家に暫く帰るってんで、留守中、処女宮の花の世話を頼まれた。聖域の花といえば勿論、言わずと知れた
アフロディーテ
の華麗な薔薇園が有名なのだが、実はシャカも宮の庭にちょっとした花壇を作っているのだ。
曼珠紗華とかいう、この花はシャカのお気に入りで、今が盛りの満開なのだと言う。
「この時期に、ここを離れるのは遺憾なのだが、急用ができたもので仕方が無い。神に等しい私でなければ、どうにもならぬ仕事なのだ。誰かさんみたく神の化身、程度ではなく、な」
なーにが、急用だ。昨日、黒サガとえらい派手に喧嘩して
「実家に帰らせて頂きます」
って大声で叫んだの、聖域中に丸聞こえだったぞ。
「なに、ほんの一週間で帰ってくる。その間、一日一回水を撒いてくれれば、それでよい。美しい花の咲き乱れる様、ゆっくりと堪能されるが良かろう」
茶をすすりながら、シャカはにっこりと笑う。なにが「堪能」っぴ。
いやぁんな事に、この花は匂いをかぐと
現世の事は全て忘れて極楽浄土というやっかいな代物なのだぞ。なんでも元は、死んだ人間が転生を待つ間を過ごす待合室界(作者注:そんモンないわい!!)に咲く花で、前世の記憶をリセットして転生し易いようにする為のモンなんだそうだ。なんで、そんな代物がここにあるんだよ.....
「あ、凡人な貴殿は、くれぐれも匂いはかがぬ様に --- でないと、全てを忘れてしまうぞ。尤も、忘れて困るような記憶を貴殿が持っているとも思えぬが...クックック...」
おいおい、それが人に物を頼む態度か.....ホント聖域にヤな感じの奴は多いとはいえ、こいつは中でも1、2を争うっぴ....それでも、つい頼まれちゃうと嫌とは言えないナイーブな俺様は、一週間の花の世話の引換えに今度、女神がまた誰かにとっ捕まったら、シャカが俺の替りに青銅のガキどもと一緒になって助けに行くという、とっても寛容な交換条件だけでシャカの頼みを聞き入れたのだった。
実は女神レスキューの役割は、黄金聖闘士の間では順番に回ってくる事になっていて、今度は俺様の順番だったのだ。でも、そんなの面倒臭いし、シャカに替ってもらえれば俺様ラッピー....それに、俺様が花の世話をしてると聞けば、アフロディーテ
が、一層俺様を見直すかもしれない...ぐふふふふ...はっ!今のは、無かった事ぴー!!
と、いう訳で、シャカの置いていったブリキのじょうろを下げて、えっちらおっちら階段を登っていく。途中、獅子宮でレオのクロスに吠え付かれたんで、鼻先を蹴飛ばしてやった。全く、こいつときたらお行儀が悪くって飼主の教育が悪いと言うか、飼主そっくりというか....うちの、キャンキャンちゃん(作者注:キャンサー聖衣の愛称らしい)とは大違いだぴ....
処女宮の裏に回ると、咲いてる、咲いてる、えらく派手な紅い花が満開だった。ちょっとキレイかな、なんて、感性豊かな俺様は、しばし見とれてしまったりしたが、ここで呑気に見とれている場合では無いと、光速で水やりを始めた。なんてったって、息を止めている間に全ての花に水をやらないといけないのだ。
一通り、水をやり終えると、一息いれる為に処女宮に入る。そこで、俺は強力な小宇宙を感じて、戦闘準備完了シリアス顔、2ページぶち抜き効果音付きの上、背景は縄網掛けで立ち止まった。世の女の子達が見たら卒倒しそうな格好よさだ。俺様ってば罪な男だぜ...ふっ...ぴ。
無人の筈の処女宮に何故??ひるむことなく奥へと進んだ(ベタフラッシュ背景効果付き)俺様が、目にしたものは --- コンピューター・ゲームに耽るカノンとミロだった。なんだって、こんな処でわざわざゲームをしなければならないんだろう?
「あー、こいつは暫く前に日本で発売された「ぼくと魔王さま」ってゲームなんだ。日本にいる青銅のガキが、いつも俺にゲームを送ってくれるんだよ。これも俺の人徳だよな」
ミロが画面から目を離さないまま言う。
「そうそう。同じやるなら、雰囲気に浸れる場所でした方がいいだろ?」
カノンが、ピコピコさせながら言った。ホントはサガが不機嫌だから双児宮から退散してきたってのが真相だろう。でも、確かに「ぼくと魔王さま」なんてゲームなら、此処ほど雰囲気ぴったりの場所は無いだろう。
しかし、どうでもいいけど、お前等、画面の中のモンスターに向かって小宇宙燃やすなよ...二人はあんまり夢中で、俺の存在も忘れてしまったようだ。こいつらだって一応は黄金聖闘士に海闘士なのに、これで本当に大丈夫なんだろうか...
暫く呆れて眺めていたが、そこで頭脳明晰な俺様は名案を思い付いた。早速、光速で裏の花壇に戻り、花を一束持ってくる。
「おい、ミロ!カミュが来たぞ!カノン!あそこにいるのはサガじゃないか!」
「えっ!?!」
二人が振り返った所に、すかさず花を突きつける。
一瞬、何だ、何だと目を剥いた二人は、数秒もしないうちに、ここはどこ?私は誰?状態完了。
これは凄い効果っぴ...俺様は、自分が匂いをかがないうちに、とっとと花束を百億浄土の彼方に放り投げた。ミロとカノンは、相変わらずコントローラーを握り締めたまま、ぼーっとしている。そこで二人の耳元にしっかり、
「お前達は、この花の世話をする為に生を受けたっぴ。花の手入れ、花の手入れ...」
と刷り込むと、二人は声を揃えて
「花の手入れ、花の手入れ...一日一回水撒き.....」
と復唱する。俺様ってば本当に頭が良すぎて、怖くなってしまうぜ...ふっ....ぴ。
ともあれ、これで光速水遣りで体力を無駄使いする必要も、レオに吠え付かれる煩わしさからも開放された俺様は、奇麗さっぱり花の手入れの事は忘れたのだった。
そろそろ、あの毎朝ぬぼっとした顔で現れては茶を啜っていくシャカも、来ないと気が抜けるもんだ、なんて思い始める頃(それに毎晩一人で黒くなっては、惑星の欠片だの黒雲だのを撒き散らす隣人から、うちの宮に飛んでくるゴミを片付けるのも嫌になってきたっぴ)には、シャカが出ていってから一週間が過ぎていた。
花の手入れはカノンとミロに任せておいたが、一応ここらで様子を見に行った方がよかろうと思い立った俺様は、再び階段を昇り、レオに吠え付かれ --- ホント責任感強すぎるのが、俺様の弱いとこだよな --- そう思いながら、処女宮の裏に回ってみると....
なんとカノンとミロのぼけは、一歩外に出た途端、また花の匂いを嗅いで、水遣りの事も
全て忘れてしまったのだった....すっかり茶色くなった花畑の真ん中に、呆けた大の男が二人....シャカは今日の午後には帰ってくる..........この際、俺様も花の匂いをかぎたいが、そこにはもう一輪の花も残っていないのだった ----- 合掌