手は集めないのか?と、アフロディーテはきく。お前を殺すべく刃をかざした手。拳を放った手。小宇宙を溜めた手。

  死仮面だけではなく手を集めようとは思わぬか?と、アフロディーテは言う。神は手をもって人型をこね、人は手をもって産業と芸術の王国を築いた。

 手を集めて宮の一室に陳列すると言うのはどうだろう?手は5つの花弁を持った収縮植物のようだ。ちょっと触れたら閉じたり開いたり。沢山の手が壁やら、天井やら、床から伸びて、食虫植物のように獲物を捕らえて飲み込もうと蠢いていたら、どうだろう?

 手はな....相手にだけ聞こえる囁き声 --- 手は、意志を持っているのさ。だから俺は手は飾らないんだ。

 だったら死仮面だって意志を持ってるじゃないか。それとも --- アフロディーテの瞳が輝いたのは、挑発への期待 --- 手達が四終六時中蠢いては、お前の首をぽっきり折ってやろうと、心臓を掴み出してやろうと狙い続けているのも気が休まらぬか?

 そいつはそれで、またいい余興だがな、とデスマスクが笑えば、その声は言霊となって宮に響く。単なる反響なのか、死仮面達の応える声なのか、それは判らない。

手は自意識を持つ。手は個性を持つ。
もしも右手を集めたならば、それぞれは我こそ征服者ならんとしてもがくだろう。
もしも左手を集めたならば、それぞれはかつての恋人であった右手を恋しがって泣くだろう。
どっちにしても鬱陶しいわな、そう言ってデスマスクは紫煙をくゆらせた。

 昇っていく煙草の煙を目で追っていけば、天井に張り付いた死仮面が煙たげに表情をしかめて二人は弾けたように笑い出す。アフロディーテは、天鵞絨張りの寝椅子に長々と伸びたデスマスクの首根っこに後ろからしがみついて耳朶を噛んだ。くすぐったいぞと首を竦めて逃れようとするデスマスクを逃すまいと、アフロディーテは首に回した手に、一層の力を込める。

 そら見ろ、矢張り手は侮れない。デスマスクは息苦しいほどに締め付けた両手の指を一本一本引き剥がしながら溜息を吐いた。こんなに綺麗な優しげな手ですら。何の罪も無いような振りをして、一体何を企んでいるのやら。手からは表情が読み取りにくい。何しろ手はポーカーフェイスが得意だからな。 

 そして、この手をもって、あの美しい薔薇は育まれる。そう言ってデスマスクは白く華奢な手を取り、桜貝の爪先に口付ける。そして、この手をもって冥界の扉は開く。そう言ってアフロディーテは、自分のそれよりは一回り大きく浅黒い手に爪を立てた。

 ホントは.....

 アフロディーテが囁いた。手が無表情だからじゃなくて、手が余りに感情を剥き出しにしてくるから嫌なんじゃないの?

 デスマスクは、ただ笑った。今度から手も集めてみようかな、と考えた事は口には出さなかった。