海に還る





不公平だ、とアフロディーテは言う。
お前ときたら鎧兜に身を固め、相手を切り刻む大きな鋏まで備えている。
それに引き換えこの俺は、生身を晒しているじゃないか。
こいつは不公平だと、唇を尖らせる。

お前さんのウロコは蟹の甲羅なんかよりゃずっと硬いって。
デスマスクは苦笑するが、アフロディーテの機嫌は直らない。

遥かに海鳴りの音がする。
所詮は地中海の穏やかな波だ。
何物をも砕かんとする憎しみすら秘めた荒々しい大洋の波ではなく、母の袂の如き暖かな響き。
だから、海という字には母が含まれているんだなとデスマスクは囁く。

話とっかえて誤魔化してるんじゃないぜ、とアフロディーテの声は一層不機嫌だ。
取っ換えてなんかいないさ、とデスマスクは応える。
俺達は海のものだから、波に流され、飲み込まれて、泡と消える生き物なのかもしれない。 今、こうしていても、ほら


海鳴りの音が聞こえるじゃないか。

そんなものは聞こえない、とアフロディーテは言う。
聞こえない、聞こえない、聞こえない。
お前は、なんだって、そうも余裕綽々なんだ。
気に食わない、全く気に食わない。

下から激しく突き上げられながらも、アフロディーテは呪文のように繰り返す。嬌声は今や悲鳴に近い。それでも荒い息の合間に、悔しい、俺は生身を晒してお前に翻弄される、悔しい、憎らしいと悪態吐いては、爪を立てる。その度、尖った指先が背にきつく食い込む痛みが、己を包み込む媚肉のうねりに溺れそうなデスマスクの意識を呼び戻す。

知っているか、アフロディーテ?
脆弱に生身を晒しているのは俺の方だ。
お前の腕(かいな)というしなやかな鉄の戒めが、骨を砕くに恍惚を得る。
お前の前に全てを投げ出し、お前に溺れ沈んでいくに甘んじる。

波に飲まれて遠ざかる意識に、遥かな記憶が蘇る。
貝の殻が隠し持つ波の音。
打ち上げられた魚の銀の鱗が秘めた波の泡。
海のものである俺達の、産まれる前の記憶だろうか?

知っているか、アフロディーテ?
俺はお前の前だけは、甲羅を剥がされちまうって事を。
海鳴りの音は子守り歌。暖かな波に抱かれて微睡む。
この安らぎ、温もり・・・お前も感じているか、アフロディーテ?

刹那の悲鳴と共にアフロディーテが達する。
デスマスクを飲込んだままに大きくうねる、その体内にデスマスクもまた身を任せる。
全てを己のものとせんとばかりに、震えては締め付ける、その中に己を解放する。
瞼の裏で弾ける白い閃光。未だ鼓動を止めぬままに掴み出された心臓の手応え。闇に歌う死仮面の恨みのうめきに歪む虚ろな眼窩。きらめくようなアフロディーテの微笑み。全てが弾けて流れ出す。
愛しい者の、その中へ。全て、全て ------




ふと覚醒した意識がデスマスクに告げた。

海は・・・お前だったのか。




(やってる最中によく喋るお二人さんですこと!デスマスク達が息を潜めて聞き耳立てても仕方ないわねぇ・・くすくす)