Arbol de Naranja


 鮮やかな色だ。地中海の太陽の寵愛を受けたギリシアのオレンジだけが、この鮮やかさを誇る事が出来るに違いない。北の国で育ったアフロディーテは、この鮮やかな色が好きだと言う。太陽そのものじゃないか。この、ギリシアの太陽を食らうような気になる。そう言って微笑う。

 たっぷりと汁を含んだ果実に歯を立てれば、刹那、甘さが喉中に拡がる。白い歯が果肉に埋まり、飛び散る果汁が陽光を浴びて一瞬輝く。惜しむようにゆっくりと果実の表面を滑ってから一旦閉じて離れた口は、咀嚼の度に引き締められては、また緩む。その味の余韻を逃さんとするかのように瞼が閉じられ、喉を上下させて果実が通り過ぎる。

 豊かな果肉は死のように冷たく、舌にまつわりつく樹脂のような唾液を魔法の如く溶かして滑り落ちる。ひとときの恍惚。だが、これだけでは満足出来ない。更なる恍惚を求め続ける貪欲さ。  つぅ....と指を伝い、掌から滴り落ちた果汁が腕を零れていく。アフロディーテは、肘から手首に向かって舐め上げていった。ちろちろと覗く紅い舌が、白い肌を滑っていく。

 飽きもせず猫が毛繕いをするように、指の一本、一本を、口先をすぼめてしゃぶり、指の間にも丁寧に舌を這わせる。一滴足りとも果汁を逃すまじとしているのだろうか、それとも、手がべとつくのを煩わしがってなのだろうか?アフロディーテの仕種を眺めるとも無く見やりながら、つらつらと考える。愛しむように、慈しむように、喰い尽さんとするかのように、ぺろぺろ、ぺろぺろ....微かな嫉妬が湧いて出る。

 おいおい、もう食わねぇのか?だったら俺が食っちまうぜ。齧り掛けの果実に手を伸ばしたら、ぴしゃりと甲をはたかれた。慌てて半欠けのオレンジをひっつかみ、齧る。沢山あるのに欲張りな野郎だ。

 俺はね、太陽が必要なの。北の国では、何日も、何ヶ月も太陽を見ない。俺はそんな場所で何年も過ごしたんだ。陽光が溢れたシシリィで成長し、聖域に慣れたお前の体内には、十分に太陽が行き渡ってるだろう。だが、俺にはまだ足りない。あの全てを焼き尽くし、渇きをもたらす残忍な太陽が、俺にはまだ足りない。そう言っては、また橙色に歯を立てる。

 実はどれも張り詰めて、たっぷりと果汁を含んだ果肉は灰と砒素を存分に吸い込んで甘い。熱い太陽を取り込んで、だが不思議な事に、ひんやりと冷たい。


どうしてオレンジの花は、あんなにも芳しく、白いのか?
どうしてオレンジの実は、あんなにも甘やかで、冷たいのか?

それは・・・


世界中のオレンジの木の下には、死体がひとつづつ埋まっているからなんだぜ。



(お断り:「オレンジの木の下に死体」のイメージはG・G・マルケスの「エバは猫の中」から借用しました)