見えない、何も見えない
感じない、何も感じない
身を引き裂く痛みも、押し入られる圧迫感も
感じない、何も感じない
聞こえない、何も聞こえない
獣の喘ぎ声も
背中の下で木が軋む音も
何も、何も、聞こえない
閉ざしてしまえばいい
耳も、目も、
心も
少年はなかなか寝付けなかった。初夏の蒸し暑さの所為なのか、孤高とした友の家に招かれた興奮か、それとも・・・この国を代表する大諸侯の一人である友の父の何故か暗く燃えるような眼差しが頭から離れぬ故か・・・
数え切れぬ寝返りの末、彼は勢いよく寝台から飛び降りた。少し中庭を散歩してみよう。月も明るい事だし。そんなに遠くまでは行かない・・・なにしろ宮殿もかくやあらんかというほどの広大な屋敷だから・・・でも、寝室に面した瀟洒な中庭くらいなら歩いてみても構わないだろう。
眉根を寄せて、唇を半開きにして甘い喘ぎを洩らす
早く終われ、早く終われ、早く終われ
思いっきり感じてる顔をして
思いっきり感じてる声をあげて
少しでも早く終わるように
『それ』は僕がそんな顔をしてる方が早くイくみたいだ
だから教えられた通りの卑猥な言葉を口にしてみる
『それ』は灯りを消してはくれない
『それ』は明るい所でするのが好きなのだ
寝台に背を下にして脚を大きく開かれれば
全てが曝け出されるから
繋がった部分も
触られもしなくても勃起しては精を散らす欲望も
それから、頬を紅潮させて喘ぐ僕の顔も・・・
みんな、みんな曝け出されるから
でも構わない
どうせ僕には何も見えない
膝を掴んで押し広げて、重い陰嚢を僕の尻に打ち付けながら
「気持ちいいか」と『それ』が聞く
「いい」と僕は答える
「いい。凄くいいよ、父様」と
そしたら『それ』は満足する
そしたら『それ』は少しでも早くイくかもしれない
「気持ちいいよ、父様」
早く終われ、早く終われ、早く終われ
深夜も近いはずなのに灯りのついている部屋がある。あれは、確か、友の寝室・・・友も寝付けないでいるのだろうか?それとも彼の事だから自分が土産にと持ってきた本を読んでいるのかも?もしも彼が起きていたら二人で夜明かしもいいかもしれない。少年の心は弾んだ。
王立学校を立派な学業成績をあげて卒業したばかり。それは一つ歳も学年も下とはいえ誰よりも聡い友人の助けがあったからでもある。放課後は二人で野原に寝転がって宿題をした。でも、この休暇が終われば、宮廷務めが始まる。そうしたら、おいそれとは会う事すら出来ない。
「気持ちいいか」
また『それ』が聞く
「気持ちいい。気持ちいいよ、父様」
「そんなに気持ちがいいのか、淫乱な奴だ。あのガキに抱かれているつもりになっているのだろう。こんなにおっ勃てて。恥ずかしくはないのか?この淫売めが!」
一瞬、脳裏に浮かぶ顔。
嫌だ!嫌だ!嫌だよ!!!
「違う!違うよ、父様!ぼく・・ぎゃっ!」
硬く怒張した欲望を急に強く握られて、脳天にまで突き抜ける痛みに身体が跳ねる
「涙まで流して。そんなにいいのか?!淫売!言ってみろ。いいんだと」
「きもち・・いい・・よ・・とう・・さま」
離してよ。
ぼく死んじゃうよ。
ぼく本当に死んじゃうよ!
「よくもぬけぬけと自分の惚れた男をわしの屋敷に連れ込めたものだ。この恥さらしめが!あのガキのものを銜え込みたくて仕方がないのだろう!?」
「ちが・・う・・!」
「嘘をつくな!」
再び握り込まれて悲鳴が迸る。
「お前が一体何物なのか、この父が思い出させてやろう。貴様はどうしようも無い淫乱だ」
「そう・・です・・・とう・・さま・・・ぼくは・・ひいーっ!」
「貴様に人並みに惚れる資格なんぞない。けだものめ!」
やだよ!もう嫌だよ!!
痛いよ!死んじゃう!
誰か助けて!だれか・・・
再び脳裏に浮かぶのは同じ顔。陰りの無い黒い瞳・・・
嫌だ!!!
「凄い、気持ち、いいよ、とうさま・・・!一杯ちょうだい!父様の一杯僕のお腹にちょうだい!」
やだよー!!!!!
獣のような喘ぎ声。そして、刹那の・・・あれは友の声か?少年は窓の下に潜んだ。質の悪い親類どもは常々友の命を狙っている。もしや、そいつらの一人が?少年は身構えた。友を傷付ける奴は、この俺が許さない。そっと中を伺う。
その時、世界は凍り付いた。
軍に入ってからの彼は、かつて類を見ないと言われるほどの華々しい成果をあげ続けた。戦においては初戦から戦功を立て、日頃の訓練においてすら並み居る歴戦の強者どもを感心させる程の技量を見せた。
しかし彼は慢心に浸る事も無く、取り澄ます事も無く、上の者に可愛がられ、下の者には慕われた。気取らぬ性格の彼は、休みともあれば共に出歩こうという同年の者達に引っ張りだこだった。彼は、そうやって酒の味を覚えた。先輩に連れられて行った娼館で女も覚えた。
秋波を送ってくる女達は後を立たなかった。端正な面立ち、抜きん出た体格、目立つ存在でありながら敵よりは忠実な友の方がずっと多い人徳、加えて大将軍の甥という将来を約束されたも同然の身。宮廷の若い官女達は競って彼の気を引こうとした。
その中でねんごろになった3つ年上の女は、北方の異国の血でも引いているのか白磁の様な肌をした、すらりとした長身に、この地ですら珍しい淡い亜麻色の髪を長く腰に垂らした女だった。
女は優しかった。そして、いい「教師」だった。若い彼の身体は覚えたばかりのめくるめく快感に夢中になった。女の丁寧な手ほどきを受けて、いっぱしの事を覚えた彼は、非番の夜は足繁く女の部屋に通った。
「痛いわ、ダリューン!お願い、もっと優しくして」
途端、脳裏に蘇る、封印された記憶。
そうだ
そう言っていたのだ。
イタイ、ユルシテ、オネガイ、モウ・・・
トウサマ!
突然の吐き気に彼は跳び起きた。
「どうしたの、急に?大丈夫?」
呆れたように女が身を起こす。その手を振り払って着る物を引ったくるようにつかむと、女の部屋を後にした。
そうだ。固く瞼を閉じて、彼はそう言っていたのだ。痛い、赦して、と、自身の父に赦しを乞うていたのだ!
彼はそれ以来、その女を避けるようになった。女も構いはしなかったようだ。彼が宮廷務めを始めて一年が経っていた。女は新兵の中から新しい「生徒」を見つけ出したようだった。
その頃、矢張り王立学校を卒業した一つ年下の友が、自領ダイラムに返っていったと風の噂に聞いた。並外れた頭脳の持ち主である彼に宮仕えを勧める者も多かったが、彼の父親が唯一の跡取り息子である彼は自領に居残るべきであると命じたのだという。
突然に、胃を掴みあげられたような不快感が込み上げ、ダリューンは吐いた。
終わってしまえば『それ』は僕を突き飛ばして出ていってしまう
だから、それまでの辛抱なんだ
ほら、今日も『それ』は行ってしまった
いつもその時は永遠に思われるけど
でも、ちゃんといつかは終わるものなんだ
中を洗い流しておかなくちゃ
でないと、後でつらい事になる
中を全部洗い流さなきゃ
身体の中から『それ』の残していったものを
全部、全部・・・
腹に張り付いた自分のも拭き取って
中にある異臭を放つものもぬぐい取って・・・
出てけ、出てけ、出てけ
見えない、何も見えない
身体中に残る痣や手枷の痕を誰も見なかったように
聞こえない、何も聞こえない
助けを求める切羽の悲鳴を誰も聞かなかったように
感じない、僕は何も感じない
感じない
了
(Recurent Dreams, sometimes in 2001)