Crash and Burn



お前の琥珀の瞳は俺を映していても
お前の心は闇を見つめている

お前の吐息は俺を暖めようとも
お前の心は凍り付いたままだ

俺はどうすればいい?
俺には何が出来る?


冷たい雨が降り続いている。抱きしめた身体は、火を抱いているかのように熱い。何か、その熱を冷ますものを、と問うたダリューンに、これは身中の毒を焼く為の熱、一晩耐えれば明日には下がると言い残して眠りに落ちた友は、強い酒の助けを借りた眠りの深淵にありながらも、微かに震え続けている。乾く唇に湿した布をあてがい、軽く絞って僅かな水気を焼け付くようであろう喉に流し込んでやる。小さく身じろいた友の身体を慌てて降ろしかけ、彼が未だ眠りの中にあるのを認知して再び抱きしめる。友は、あたかも逃れるかのように肩を竦めた。

差し伸べた手を振り払われた時の苦さが蘇る。無理も無い。それは狂暴な強姦者の手だ。友の振りをして、彼の知らぬ処でその身を蹂躪する手だ。
一体何時の頃から、友を、かけがえの無い親友を、己の汚らわしい欲望の対象として見るようになったのだろう。その細絹の髪を、すべらかな肌を、そして微かな笑みを浮かべた薄い唇を恋焦がれるように、なったのだろう。

身体の芯を凍らせる冷気に微かに震えながらも、白く秀麗な額には汗が浮かんでいる。苦悶に耐えるかのように顰めた柳眉が、ダリューンの心を刺す。汗を拭こうと触れた、刹那、
「やだ!」
咄嗟に手を引っ込めたダリューンは、それが友の寝言であった事に気づいた。恐る恐る、額の汗を拭き取った。それが脆く崩れ去る流砂の像であるかのように、注意深く。
「やだよ..お願い, 父様!」
硬く目を閉じた。ああ、ナルサス...! ダリューンは締め付けられた臓腑の痛みをやり過ごす為、強く唇を噛み締める。ナルサス、お前は..... お前は、未だ覚めやらぬ悪夢の中にいる。

誇り高い友が、その冷笑とそつの無い優雅な立ち居振舞いの裏に隠しているものを、ダリューンは知っていた。それは自分には想像すらも不可能な地獄。引き裂かれる身体、そして心。傷は永遠に癒えることは無いのだろうか?いくら洗い流しても消えない匂い。繰り返し訪れる悪夢 。どんな強い酒も紛らわす事の出来ない痛み。
硬く鎧を纏い、心を冷たく凍り付かせる事で、かろうじて自分の形を保っている彼の痛々しさに、気づいている者はダリューンの他に無いだろう。それほどまでに人を、自分自身を偽る事に慣れた彼に、ダリューンは心を痛める。それでも、己の臓腑を抉るこの痛みすらも、友が常に目に見えぬ鎧の下に隠し持っているそれに比べれば、掠り傷ほどのものでしかないのだろう。

小さな音を立てて薪が崩れ、一瞬燃え立った炎が友の頬を赤く染める。ダリューンは木切れで薪を掻き回し、乾木を新たに2、3本放り込む。

ああ、ナルサス....踊る炎に向ってダリューンは呟く。

 その鎧の下で硬く膿みしこった傷痕を癒すには、その鎧を脱ぎ捨てるしか無いというのに。もしもお前が跳ぶ事すら出来れば... 俺は必ずやお前を受け止めよう。お前を抱いて飛び立とう。凍り付いた心が砕け散れば、俺がその欠片を集めよう。

だが、お前に汚れた欲望を抱く俺も、あのけだものと同じではないのか?その俺にお前の心を癒す資格はあるのか?

岩陰の向うには、果てしない闇があるばかり。微かに雨が地面を叩く音を聞きながら、ダリューンは遥かな闇を見つめる。

ああ、ナルサス、俺には何が出来る?



(Crash and Burn, January 2001)


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