朝、目覚めたときの気分はいつもどうり最低だった。

 僕は食事を取るためにいつものテーブルに向かう。

 奥の台所に目をやると、朝食の準備をしている母が見えた。……いや、いつの頃からだろう、あいつを母親と思わなくなったのは。陰気な女。見ているだけで気が滅入ってくる。まともな会話は、ここ数年交わしたおぼえがなかった。今の僕にとっては、ただ家事をこなすだけの機械に過ぎない。

 僕は出てきた食事を無言で口に詰め込むと、学校に行く準備を始めた。

 「学校か…」

 考えるだけで憂鬱になる。僕はべつにいじめを受けているではない。単に、周りにいる連中のレベルが低過ぎるから気が沈むのだ。あそこはバカの溜まり場だ、と僕は思う。なぜあんな奴らが存在しているのだろう、と。

 ここまで考えた時に時計に目をやると、もう家を出発する時間だった。当然誰にも挨拶をしないまま、僕は家を出た。

 学校に着くと、やはり不愉快になった。こいつらを見ていると哀れになってくる。くだらないことで大騒ぎし、奇声を発する女子生徒たち。また、そんな女のことにしか興味を持たない男子生徒の山、山、山。他人の足を引っ張ることしか能のない生物の群れだ。

 だから僕は思う。この社会で生きる価値があるのは僕だけだ、と。

 「おい、おまえまだ死なないのか?」

 教室の隅では、一人の生徒がいつものように苛められていた。その生徒は、何も言い返さない。いや、言い返せないのか。苛める方もクズだと思うが、こいつの態度を見ていると、イラついてくるのは良く理解できる。

 僕はそんなバカ同士の関係には全く興味がない。一日の授業が終わると、僕はさっさと帰途についた。

 下校途中のバスの中で、僕は悩んでいた。僕の周りにはバカしかいない。親も!教師も!みんな、みんな!

 「あんな奴らは、この世から消えてしまえ!!」

 気がつくと、僕はそう口に出していた。まずい、今の言葉を聞かれていたら狂人と思われてしまう。しかし幸いなことに、乗客は僕一人だけだった。

 ……いや、いつのまにかバスの前方に一人の老人がたたずんでいる。その老人は、ゆっくりと僕の方に近づいてきた。

 「何か悩んでいるようですな」

 その老人の声は、優しいようで威厳に満ちており、僕は導かれるように悩みを打ち明けていた。

 「なるほど、おまえは周りの連中が必要ないと思うんじゃな?」

 僕は頷いた。この老人には不思議な雰囲気がある。まるで、すべての生物を超越しているような…。老人は話を続けた。

 「おまえに理解できるかどうか分からんが、ひとつの答えを教えてやろう。人がこの世に存在しているということは、その人は誰かに必要とされているということじゃ。一人でも頼ってくれる人がいる、それだけで人は人として存在できるのだ。もし誰にも関心を持たれてないのなら、自分一人だけの世界に住んでいるのと同じことじゃからな」

 老人はゆっくりと、僕を諭すように言った。

 「でも、でも、誰かがあんな奴らを頼ることがあるなんて……僕には信じられません」

 「まあ、信じようが信じまいが、それはおまえの自由じゃがな」

 ……確かに納得できるような、できないような話だった。あんなバカ達でもここに存在しているということは、友人、あるいはその家族があいつらを必要しているのか?

 その時、ふと自分の事が思いあたった。僕は、家族とも友人とも関係を遮断してきた。今、僕を必要としている人は果たして………。

 そう考えた時には、既に僕の輪郭は消えかかっていた。