Last update 2000/1/16
Release 1999/10/25
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| 青江のママ | 本名、青江忠一(ちゅういち)。元ゲイバー経営者。大正13年(1924年)東京神田生まれ。法政大学を昭和24年に卒業。戦時中は習志野の戦車隊で少尉。サラリーマン生活を経て、昭和27年東京新橋のゲイバー「やなぎ」でゲイの道に入る。30年に銀座6丁目に「青江」を開業、多くのゲイボーイを育て、六本木には「ラ・マダム青江」を開業、テレビなどでも活躍した。50年代後半jからAIDSの影響などで店が不振となり、平成6年「青江」を閉店、その後、横浜「貴婦人」で働く。著書に「地獄へ行こうか青江に行こうか」 |
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| アマンダ・レア シンガー |
英国の女性シンガー。男のように低い声のため“性転換歌手”として売り出したが正真正銘の女性。結婚後、子供を産んだ。1946年サイゴン生まれ、フランスに移ってからロンドンへ、16歳の時、モデルを目指し再びパリへ『ヴォーグ』誌の表紙を幾度も飾るほど一流モデルとなる。いろいろな有名人とも交友を持ち、歌手デビット・ボウイの勧めで歌手デビュー。このとき、ボウイの提案で“性転換”説を流したという。デビューヒット曲は「クイーン・オブ・チャイナタウン」。1978年12月来日した。ちなみに“性転換歌手”としてのプロフィールは、「香港で英国海軍士官の父と中国人の母との間に生まれ、60年に恋人で画家のサルバドール・ダリに資金を出してもらい性転換手術。ヨーロッパで一流のフォトモデルとなり、元ビートルズのジョージ・ハリスン、ローリング・ストーンのミック・ジャガーらと浮き名をながす・・・」 |
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| 沢まどか 歌手・俳優 |
1954年東京都生まれ。旧芸名=白河俊夫。松竹映画「黄色いからす」で子役としてデビュー、約30本の映画に出演。その後、沢まどかという芸名に変え、昭和40年から50年代前半、ニューハーフのはしりというべきキャラクターで人気となり、にっかつロマンポルノやテレビドラマ、フロアショーなどで活躍。ヒット曲は「薄野ブルース」、その後もドラマやVシネマにも出演。新宿でクラブを経営している。 |
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| ハリー・ベンジャミン Harry Benjamin (1885〜1986) 性科学研究者 |
1885年ドイツ・ベルリン生まれ。医師となった彼は1913年結核の研究のため渡米。1年後、第一次大戦に突入、帰国のため乗船した船がイギリス軍に拿捕され捕虜収容所に収容されるがベルリンではなくニューヨークへ行くことを条件に釈放される。アメリカへ戻った彼は1915年よりホルモンの研究を独自に始め、Eugen Steinachの弟子となる。戦後はベルリンへも幾度も戻り、マグナス・ヒルシュフェルドの性科学学会にも出席した。「キンゼイ報告」で有名なアルフレッド・キンゼイと交友を持ち、彼の患者で、完全な男性な体でありながら「自分は本当は女だ」と主張する青年を知る。これがきっかけでベンジャミンは「性転換」に関心を持つようになり研究を始め、「性転換」の研究の第一人者となる。1966年51人のMTF性転換者の事例をもとに研究の集大成というべき著書「The Transsexual Phenomenon(性転換現象)」を発表。 |
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| 藤野千夜(ふじのちや) 芥川賞受賞小説家 |
第122回芥川賞(1999年)を「夏の約束」(「群像」1999年12月号)で受賞。1995年には「午後の時間割」で第14回海燕新人文学賞、贈呈式に女装姿で出席、話題となった。1998年「おしゃべり怪談」で野間文芸新人賞受賞。1965年北九州生まれ。千葉大学教育学部卒業。小学生の頃から自分が男性であることに違和感を持ち、大学卒業後に都内の出版社に就職したが女装で出勤、男性漫画週刊誌の編集などしたが、93年に退社、文筆に専念。当初は月6千円という食費で文筆生活がスタートした。 |