金星(ジン・シン)

Last Update 2001/1/23
Release 1999/9/12

金星(ジン・シン)
 現代中国を代表するモダン・バレーダンサー。1967年高級軍人の家庭に生まれる。兄弟は姉がいる。子供の頃から女の子のように可愛く、本人もすでに女性としての気持ちが芽生えていた。11歳の時、人民解放軍の舞踊団に入団後、芸術学院の舞踊学科へ進学。1985年には舞踏においてのいくつかの賞を受賞。1987年広東舞踊学院が設立され第1期の研究生となり翌年、奨学金によりアメリカ留学。帰国後も世界の舞台で活躍。1995年2月より7月まで約半年にわたり性転換の治療を受け、中国の性転換第一号となる(当時28歳)。1998年9月28日には北京で最大のダンスバー「半夢(バンムン)」をオープン。映画「発熱天使」では椎名桔平と競演。ヒロイン(?)を熱演。ハンガリー・中国合作の映画を撮影中。

男性ダンサーの頃

記事

「ここまで進んだ」 ◇共同通信 96/1/22抜粋
 北京にモダンダンスの新たなプリマ、金星さんがデビュー、三編の創作ダンスを披露。監督、演出も兼ね、好評を博した。昨年、北京医科大学で半年がかりの手術を受けて女性となった中国初の性転換ダンサーである。 人民解放軍芸術学院を卒業、軍の歌舞団で古典舞踊を舞っていたが、才能を認められ、米国留学に派遣されモダンダンスをマスターした。今、新たな挑戦が始まった。黒いスカートの似合う金星さんは、専門紙「劇と映画」のインタビューに答えて「小さい時から、気分は女の子だったの。ダンサーだったら女性の方が芸術生命は長いし、芸域も広いでしょう」と、転換の動機を語っている。
「人気プリマはニューハーフ」中国で増える性転換手術 ◇共同通信96/4/12より抜粋
 中国では最近、性転換手術が増加、中には地元マスコミで取り上げられる有名人まで現れた。今年一月にモダンダンスのプリマとして北京でデビューした金星さん(29)は、体つきは女性だが、もともとはれっきとした男性。政府幹部が面会に訪れたり、香港のモデルコンテストから誘いがかかるほどの人気を呼んでいる。 金星さんは遼寧省瀋陽市生まれ。両親は儒教の伝統の強い朝鮮族で、勤め先は人民解放軍という堅い家柄だった。だが幼いころから花や女性の美しさにひかれ、「なぜ自分は男なのか」と悩み続け た。五歳からクラシックバレーを始め、解放軍芸術学院を卒業後、国内コンテストでその実力を認められた。奨学金を得て1988年から二年間、モダンダンス習得のため米国留学。ダンサーとして順調な道を歩みながらも女性になりたい夢は募るばかり。昨年夏に北京医科大学で性転換手術を受け、晴れて念願を成就した。手術後に仲間と「北京モダンダンス団」を興し、芸術総監督兼主演女優として創作ダンス「半夢」で再デビュー。驚きをもって迎えられた。金星さんは当時、雑誌のインタビューに対し「性別の変化は、芸術にも影響を与えずにはいられません。飛んだり跳ねたりするだけではなく、女性の繊細さ、優美さを取り入れたモダンダンスを踊りたいのです」と答えている。毎日たっぷり時間をかけて化粧するほか、練習場通いや、散歩しながらダンスの構想を練るなどの生活。若い女性がめったに着ることのない清代スタイルの服を普段着として愛用、道行く人は皆振り返る。しかし気にするどころか、逆に周囲の好奇の目を楽しんでいるという。「普通の人は変態だと思うかもしれない。でも、私の心は生まれた時から女性だったの。もう悩まなくていいし、今が一番幸せ」と語る。ボーイフレンドを見つけて私生活は好調そのもの、彼女の人生を映画化する話も進行中とか。新華社電などによると、中国で初の「変性人」(「性転換した 人」の意味)は九〇年に上海の長征病院で誕生した。これまでに14人が同病院での手術に成功、うち男性2人、女性2人の計4人はそれぞれ”異性”と結婚して円満な生活を送っている。北京医科大学では昨年だけで二十例以上の手術を実施した。もっとも、性転換した人すべてが金星さんのように順調な生活を送っているわけではない。中国の性転換第一号の27歳の男性は、農民である父から手術後に勘当を言い渡された。増加する性転換手術に対し、医学的な見地からも、倫理・道徳面からも反対の声は依然強い。 これに対し北京医科大学で倫理学を担当する女性教授丁☆(草カンムリに恵)孫氏は反論する。「間違った性に生まれたと感じる人の苦痛は大変なもの。性転換手術を純然たる治療行為として認めるべきです」

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