注:これはフィクションです。 実在の人物、地名などとは一切関係ありません。 特に漫画家とか。 鈴木央は、闇の中に座り込み、膝を抱えて、体をがたがたと震わせていた。恐らくもう、二時間くらいは経っている。 遠く小さく、何か花火のような音が聞こえたのは、もう一時間ほど前になるだろうか? だが、鈴木は、何であったのかなど、考えたくもなかった。 顔を上げると、窓際の近いところにある流し台の上、食器棚やケットルが並んでいるのが月明かりでシルエットになって見えた。 ここに住んでいた人たちはきっと、集英社が社内の仮眠室にでもカンヅメにしているのだろう。 それはわかっているのだけど、家の中に漂っている生活の気配はどこかしら不自然で不気味だった。 この間見た騒動――連載や何やをそのままに忽然と作家陣が消えてしまったエニックスの話を思い出し、鈴木は改めてゾッとした。 このゲームのルールでは全員が敵だし、誰をも信じられるかというと、とてもそんなのは無理だ。 ――けれど、そのとき、ホールアウトした時、もし自分が生き残っていたとしたら、当然、後のみんなは打ち切られてしまったということになるのだ。親しい何人かの友達(キユや河下水希だ)、あるいは鈴木がタイトルロゴをを思い浮かべるだけでどきどきする、尾田栄一郎さえも。 鈴木は闇の中、膝を引き寄せて尾田のことを思った。 一番鈴木をとらえたのは、尾田のその絵だった。 少し線の多めな、太くも細くもないその線。彼は冒険活劇が好きらしく、徳弘正也のアシスタント時、玉袋を持ち上げる絵を描いているときにはとても不満そうな顔だったけど、それでもそのデフォルメのうまさは格別だった。 群集シーンでのキャラの書き込みときたら、鈴木が見たこともない、虫眼鏡でキャラを探したくなるようなこだわりぶりで、それにも関わらず、驚くほどペンが早かった。 少し寝ぼけた感じの(松坂大輔みたい、と鈴木は時々思った)目、小学校のころ悪魔の実を食べたというだけあるしなやかな身のこなし――。 尾田の絵や話を思っていると、少し体の震えが止まった。 ああ、今、尾田栄一郎がそばにいてくれるのならどんなにいいだろう――。 そして、自分はなぜ、尾田にファンコールをしておかなかったのだろう。 作者コメントで?編集部に来てもらって?それとも電話ででも?今となってはそれすらかなわない。 そこまで考えて、鈴木の頭に何かが引っかかった。 電話。 鈴木は慌てて、支給のディパックと並べて置いてあった自分のゴルフバックを引き寄せた。 ジッパーを開き、必死でグラブやグリップをかき分けた。 手の先に、四角い、固いものが触れた。引き出した。 携帯電話だった。黒峰が、パーティで何かあったら困るしと(何かあったどころじゃないが)、ギフトとしてくれたものだった。 どうも黒峰さんは過保護だなあ、インドアの漫画家にこんなの要らないのにと思いながら、ぴかぴかのその電話をバックの奥へと詰め込んで、今の今まですっかりその存在を忘れていたのだった。 鈴木は震える手で電話のフリップを引き開け、もどかしくダイヤルボタンを押した。 早く出てくれ。黒峰さん。アシスタントでもいい。そりゃあ非常識な時間だけど、僕がとんでもないことになっているのは知っているはずだ。 ぷつっと音がして、「もしもし」という声が聞こえた。 「ああ、黒峰さん!」 鈴木は窮屈な姿勢のまま目を閉じた。 「黒峰さん!ぼく!鈴木!助けに来てほしいんだ!黒峰さん!助げでけれ!」 ほとんど錯乱状態で電話に向かって喚き続けた鈴木だったが、相手が何も言わないのでふと我に返った。 何か――おかしい。何か――どうして黒峰さんは――いやこれは―― ようやくその電話が言った。 『ボツ』 鈴木はひっとうめいて電話を放り出した。 戻る |