恋愛の実相−その1−

『愛と性の智恵』第77号(2000/02/08発行)より
オブセッション的恋愛風味?

 恋愛についてのご相談も多いんだけど、そのなかでも特に多いのは、
 理性的にはどう考えても too bad な男性にどうしようもなく惹かれて困ってい るという内容で、
 誠意がない・依存心が強い・幼稚・二股三股は当たり前状態 等々、周りの人 達からも「あんなひどいorつまんない男とつきあうなんて!」と忠告されるし、 自分でもダメ男だと思うけど、心はどうしようもなく惹かれるというケース。

 端的に言って、これは相手の男性の問題というよりは、自分自身の心の問題じゃないかな。だってわざわざそういうトラブルメーカーな男性or「困ったち ゃん」を選ぶのは自分の心以外のなにものでもないし。
 でもって、
 もともと、恋って、理性的な判断よりは感情的な好みとか刺激から起きるのが 普通なので、理性的に考え直して「あんな男との恋なんてや〜めた」というわけ にもいかなかったりする。
 むしろ、自分で自分の感情がコントロールできなくなってることが困るんです ね。しかも、その方が強烈な恋愛感情みたいな気がしてなおさら夢中になったり しがちだし。

☆・・……

 もちろん、こういうのって恋愛感情というよりは、オブセッション(執着心、 強迫観念 etc.)の一種なので、愛情の面で満たされることもないし、いくら一所 懸命になっても自分の心が豊かになるということもない。
 むしろ裏切られたり失望したり悲しんだり腹が立ったり……そういう感情の起 伏と落ち込みのなかでどんどん泥沼にはいってく。思いやりも何もないセックス の連続の結果、堕胎などで身体がボロボロになってしまうという可能性もある。 あるいは、前回お話したようなひどい暴力とか、別れた後もストーカーとしてつ きまとわれて恐ろしいことになるって可能性もある。
 そこまでいかなくても、少なくともそういう男性とつきあってる間はたいせつ な人生の時間や心のエネルギーを潰してしまってるということは確かなので、こ れが一番恐ろしいことと言えるかもしれない。

 それでもつきあいたい、セックスしたい……そういう「女心」って、一体どう いうところから生じてくるのか?
 世間では「共依存」とか「境界性人格障害」とか「アダルトチルドレン」とか いろいろな名称で、そういう歪んだオブセッションの心理を説明するのが流行っ てる。それはそれで、それぞれに一応納得できる理屈にはなってる。
 でも、もっと深い問題は、その人自身の「人間観」なんですね。もっと具体的 に限定するなら、「自己観」と言い切っていいかもしれない。

☆・・……

 自分の心のどこかに空白感がある場合、人はなにかでそれを埋めようとする。 でも、本当にそういう空白部が埋まるような対象が見つかることは意外と少ない。 そこで、「隠す」ことになる。
 恋愛だけじゃなくて、仕事にしても、家庭にしても、あるいは広い意味での人 間関係にしても、それを隠すために利用してるだけってケースは多い。どこかオ ブセッション的になっちゃってる場合は、必ずといっていいほど、その対象その ものを愛してるんじゃなくて、心の空白部に覆いをかけてるだけだったりする。

 たとえば、恋って、しばしば好奇心から始まりますよね。好きとか嫌いとかよ りも、なんとなく興味が引かれる対象。なぜそういう対象に好奇心をもっちゃう のか、それは自分でもよくわからない。
 わかんないままに、その対象とコンタクトをとるようになったりする。すると、 意外と「好い人」みたいな感じがしたりする。この「意外性」っていうのも、ま た恋の動機になりやすい。

 たとえばどこか「キケンな香り」とか「破滅的な臭い」がする男とかに好奇心 をかきたてられやすい女性もわりとよくいる。周りの人達や世間がその男性をど んなに悪く言ってても、そういうのは関係ない。
 だって、恋ってべつに世間的常識にのっとって行う、みたいなものじゃないで しょう。むしろ、そういう現実原理を超えたところで生まれ育ってくものですよ ね。
 なので、キケンな香りとか破滅的な臭いがする男性なんかは恋の対象とすべき じゃないというわけでもない。そういう常識的な<恋愛指導>みたいなのはナン センスだと思う。

 むしろ、キケンだろうと破滅的だろうと頼りなかろうとダラしなかろうと…… とにかくどんな「よくない面」を強くもってても、人にはそれぞれに「好さ」が ある。それはごく当然なことで、なにも驚くようなことじゃない。
 だけど、そこに驚いちゃうっていう心理状態な人もいる。
 それだけじゃなく、そういう「好さ」が理解できる/感じられるのは自分だけ だという妙な「自信」みたいなものをもってしまったりもする。さらには、その 男性と自分との間に、特別な関係を認めたいという思いが募ってくる。

 はっきり言って、そういう形で心の空白をごまかすことには、ある種倒錯した 快感がある。
 だから、現実的な意味では自分自身がボロボロになっちゃうことはわかってて も、その快感の方がいいと思えば、そういうごまかしのオブセッション的恋愛に 走っても別にかまわない。そのままだと、次第に「けっきょくいくら親身になっ て忠告とかしてもムダな人なんだ……」と、周りからも見放されていくかもしれ ないけれど、それもまた快感だったりする。一般に妄想って、(たとえ倒錯した ものであっても)快感の要素もってたりもするし。。。

☆・・……

 ただ、そういうふうに既に溺れてしまってる人はたぶんたとえば僕とかに相談 してみようとは思わないでしょう。相談してみようと思う人は、みんな自分をな んとかしたい、もっとピュアで暖かな恋や愛に相応しい自分になりたいと心の底 で願ってるんだと思う。
 いったい「自己観」のどこが歪んでいるのか? どういう空白感があるのか?
 それは人それぞれ違う。その微妙な違いが大切なんですね。
 なぜなら、オブセッションっていうのは、自分も含めて人を簡単な「くくり」 でまとめちゃう心理が元になってるから。

 たとえば、
 「悪い」と思っていた男性が、意外と「好い」人だった。。。
 これってなんだかすごくヘンな発想だと思いませんか?
 何が「悪い」のか? 何が「好い」のか? そして、全人的に好いだとか悪い だとか、そういうことなんてありうるのだろうか???
 同じことが、「優れている」とか「劣っている」とか、そういう人間に関する 価値評価全般に言えると……思いませんか?

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