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別件逮捕勾留T 長野県小諸市の青雲館にて 「おはよう。じゃあ、ゼミ始めよう」。
別件逮捕・勾留の講義は青雲館でのこの一声から始まりました。別件逮捕・勾留は真法会夏合宿のゼミで扱ったものです。2000年の刑事訴訟法ゼミでは8月5日に、2001年のときは8月6日に別件逮捕・勾留の講義を朝8時からやりました。合宿は8月4日から10日間ですので、まだ初めの方ですね。到着した4日の夜はほろ酔い気分で流れ星でも見ていたのでしょうか。まあ、夜は大いに楽しんで、朝は別件逮捕・勾留しっかりやりましょうという感じですね。そんな状況を思い浮かべて今回の講義に臨んで下さい。
というわけで、今回は一部をゼミ風にアレンジして進めていきます。でも、いつものモノマネは再現できませんよ。それはともかく、今回も楽しい時間を過ごしましょう。
U 2つの事件 今回は、2つの事件が発覚した場合についてです。次のような事件を思い浮かべて下さい。
<事件>
小ネタが得意なマサシが殺人と窃盗を犯した
8月3日→窃盗
8月4日→殺人
この事件でいよいよ8月6日に捜査官が逮捕に踏み切りました。マサシに示された逮捕状には「罪名 殺人」と書いてあります。さて、ここでの逮捕の効力はどこまで及んでいるでしょうか。窃盗に及んでいるでしょうか。
殺人←逮捕
窃盗←?
多分、ゼミ員の竹富君は、「いやー、窃盗までは及んでないんじゃないすかー」と答えると思います。正解です。この場合、殺人事件にまでしか逮捕の効力は及んでいません。さて、このように逮捕の理由となった事件にしか逮捕の効力が及ばないことを何単位の原則というでしょうか。
この質問に対しては、ゼミ員の児島君が「事件」とだけ答えました。これも正解です。事件単位の原則というのは、逮捕・勾留の効力が逮捕の理由となる事実、つまり、令状記載の事実に限定されるというものです。
これにより、被疑者のマサシは「あ、俺いま殺人で逮捕されてるんだ」という感じで、自分がどのような被疑事実で身柄拘束されているのかが分かるようになります。おそらく、窃盗にまで逮捕・勾留の効力が及んでいるとなれば、13日間(203条、208条)というタイムリミットを課せられている捜査官(検察官)は窃盗の取調を始めるでしょう。さもなくば、窃盗も「時間切れ」になるからです。そうなると、被疑者マサシは「あれ、この捜査官さっき殺人で逮捕するって言ったのに、窃盗の取調を始めてる。俺は殺人で逮捕されたつもりなのに、これじゃあどっちの防御をすればいいのか分からないよ」と思うでしょう。このような事態を防ぐために事件単位の原則は徹底されなければならないのです。事件単位の原則によれば、被疑者に対して防御活動の範囲が明確化されるという利点を指摘することができます。
V 逮捕の理由と逮捕の効力は連動する 事例のように逮捕の理由となる事実が「殺人」であった場合、その効力は「窃盗」にまで及びません。これは先程確認したことですね。つまり、逮捕の理由となった事実(事例では殺人)にまでしか逮捕の効力は及ばないことになります。こうなると、逮捕の理由と逮捕の効力はまさに「連動する」ことが分かります。この「連動」こそが別件逮捕・勾留(以下、別件逮捕)を理解する上で重要なカギとなりますので、しっかりと押さえて下さい。
殺人←逮捕の効力○
窃盗←逮捕の効力×
W 通貨偽造と殺人 それでは事例を変えて説明しましょう。
<事例>
マサムネが通貨偽造と殺人を犯した。このとき、捜査機関は殺人の疎明資料(逮捕状を請求するのに充分な書類)は準備できなかったが、通貨偽造の疎明資料は揃えることができた。そこで、8月6日に通貨偽造を理由としてマサムネを逮捕・勾留し、取調をして通貨偽造と殺人につき自白を獲得した。その後、8月15日に殺人の自白を疎明資料として殺人で逮捕・勾留し、通貨偽造と殺人で公訴提起をした。
通貨偽造(別件)←逮捕
殺 人(本件)
ここでは、本命の殺人(本件)について逮捕の理由と必要を示す疎明資料が揃わないために、捜査官はとりあえず疎明資料の揃っている通貨偽造(別件)で逮捕をしています。つまり、本件について取調べる目的で別件の逮捕を行っているということになります。これを別件逮捕といいます。さて、このような逮捕の方法は適法なのでしょうか。これが別件逮捕の問題です。 ゼミ員の大浦さんは「んー」という感じです。というわけで、ここで問題点を整理するために別件逮捕の効果について検討してみましょう。
1. 効果@
第1に、本件については裁判官による令状審査を経ていないのに、本件について逮捕がなされたのと同じ状態になる。これは、通貨偽造の令状で逮捕したはずなのに、令状のない殺人の取調をしたのでは、令状主義(199条、200条、憲法33条)に反するのではないかということですね。つまり、「殺人で取調をしたいのなら、ちゃんと殺人の令状で逮捕してからにしなさい」というわけです。 2. 効果A
第2に、結局のところ、本件の殺人について2回逮捕がなされることになり、身柄拘束に関する法定の期間(203条〜205条、208条)を超過潜脱することになる。
8月6日逮捕 :通貨偽造→取調:通貨偽造+殺人
8月15日逮捕:殺 人→取調:殺人
事例の取調に着目すると、マサムネは殺人で合計2回分の逮捕・勾留をされたような状態になっています。このように見てくると、逮捕後の「取調」に着目することによって別件逮捕の問題が見えてくると思います。さて、別件逮捕は適法でしょうか。ゼミ員の大浦さんは、「別件逮捕はヤバイ気がします」という表情をしています。
X 本件基準説と別件基準説 1. 本件基準説
本件基準説は、まさにこのような別件逮捕の効果が持つ問題性に着目し、別件逮捕は違法だと主張します。つまり、先に挙げた効果@、効果Aのように実質的に令状主義に抵触するような別件逮捕は違法以外の何者でもないというのです。
この本件基準説は、「通貨偽造の逮捕状しかないのにマサムネに対し殺人の取調をした→これは実質上(殺人の)令状がないまま殺人で逮捕したことと同じである→令状主義の精神に反する→別件逮捕は違法である」という思考過程を踏みます。本件の殺人については逮捕の理由と必要(199条1項、2項)を示す疎明資料がないのに、捜査機関が逮捕を行ったから違法だというのです。まさに、本件に着目し、本件を基準に別件逮捕の適法性を判断する見解だといえます。
本件基準説:本件に着目して別件逮捕の違法性を判断する。
2. 別件基準説
これに対して、別件基準説は、「別件の通貨偽造は逮捕の理由と必要を満たしているから、これを違法とする根拠は見当たらない」と主張します。この見解はまさに別件の通貨偽造に着目する見解で、別件について逮捕の理由と必要を示す疎明資料があるのだから適法だというわけです。たしかに、通貨偽造については逮捕の理由と必要を示す疎明資料は提出されていますから、これを違法とする理由はないといえます。
それでは、どちらの基準によるべきでしょうか?ゼミ員の藤村さんは悩んだ表情を見せています。
3. 本件基準説の考え方
ここで本件基準説に焦点を当ててみましょう。本件基準説は、「別件逮捕中に殺人に関する取調をした→殺人の令状がないのに実質上殺人を理由とする逮捕をしたのと同じである」という論法で、別件逮捕は令状なしの逮捕で違法だといいます。これは逮捕後の取調の実質に着目した見解で、この主張は一見すると令状主義の考えに沿った順当なもののように思えます。
しかしながら、この考え方には見逃せない欠陥があります。それは、取調と逮捕が別の処分であることを見落としている点です。本件基準説は逮捕後のマサムネに対する取調が殺人だから、別件逮捕は違法だといいます。しかし、取調の実質に問題があるからといって、なぜ取調以前の逮捕が違法になるのでしょうか。逮捕と取調は全く別々の処分ですから(198条、199条)、取調が令状主義の潜脱だとしてもそれは逮捕の適法性には影響しないはずです。たしかに、「違法な逮捕下になされた取調は違法である」という違法帯有論はあり得ますが、「取調が違法であれば逮捕も遡って違法になる」ということはあり得ません。なぜならば、逮捕が違法とされる場合、その根拠は現行法上逮捕の理由と必要という要件を満たさないことに求められます(199条)が、「取調が違法であれば、逮捕の理由と必要が消滅する」とは到底いえないからです。
このように考えると、本件の殺人について理由と必要がないのにその「取調」をしたから、通貨偽造を理由とする別件「逮捕」が違法となるという主張は根拠を欠くことになります。別件逮捕が実質的に見て令状主義の潜脱に該たるとしても、本件基準説はその「逮捕」を違法とする根拠を示せないのです。
Y 別件基準説の検討 (1) 事件単位の原則と別件基準説
ここで思い出してほしいのが、逮捕の理由と逮捕の効力は連動するということです。つまり、通貨偽造を理由とする逮捕の効力は通貨偽造の範囲でしか及ばないということです。別件の通貨偽造で逮捕したとしても、その効力は殺人には及ばないことになります。この考え方すれば、通貨偽造の逮捕の理由と必要は、効力の及ぶ通貨偽造の範囲内に着目して検討するという方がより適合しています。
さらに、別件基準説はマサムネに対する身柄拘束に関する法定の期間(203条〜205条、208条)を逮捕の理由となった事実(通貨偽造)のみについて考えます。したがって、逮捕の理由となっていない殺人について、法定の期間(203条〜205条、208条)が進行するという効果が生じることはありません。これも逮捕の理由と効果が連動していることの表れです。
事件単位の原則と別件基準説はこれらの点で親和性があるといわれています。
(2) 別件逮捕の適法性
問題は、別件基準説からはどのように考えるのかです。この点について、「別件基準説は別件逮捕を適法にして、余罪取調の違法性を検討するだけだ」という指摘がなされることがあります。しかしながら、それは別件基準説ではありません。別件基準説は名前の通り「別件逮捕を基準に適法性を判断する」のであって、「別件逮捕を適法にする」わけではありません。
それではどのように別件逮捕の必要性について判断するかですが、ここでもう一度マサムネの事例を確認してみましょう。
8月6日(別件逮捕)
逮捕:通貨偽造
取調:通貨偽造+殺人
8月15日
逮捕:殺人
取調:殺人
8月23日
公訴提起:通貨偽造+殺人
公訴提起について先程は月日を述べていませんが、ここで付け加えることとします。この事例を加工しながら検討を進めていきましょう。ここでポイントになるのは、逮捕の必要(199条2項但書)です。それでは、この逮捕の必要というのはどのようなことをいうのでしょうか。ゼミ員の竹富君は、「逮捕の必要とは、被疑者が逃亡する虞があるか、罪証隠滅の虞があることを指します」と答えました。正解です。竹富君、刑事訴訟法だけは意外と真面目に勉強しているんですね。
別件基準説の特徴は、この「逮捕の必要」をさらに実質化して考えることにあります。つまり、別件(事例では通貨偽造)について逃亡及び罪証隠滅の虞を問題としなくて良い場合をも含めて「逮捕の必要がない」と認定することになります。規則143条の3も逮捕の必要がないときを逃亡、罪証隠滅の虞がない「等」のときとしていますから、ある程度は実質的に考えることができると思います。
<加工事例1>
マサムネに対して通貨偽造で逮捕がなされたが、専ら殺人についての取調がなされた。通貨偽造については一切触れられず、本件の殺人のみが公訴提起された。
検討
この事例では捜査官が通貨偽造に関する採証活動を全く行っていません。また、通貨偽造で公訴提起もしていないことからも分かる通り、別件については逃亡されても後の手続に全く影響が出ないといえます。そうであるならば、別件については逃亡の虞も罪証隠滅の虞も問題とする必要がありません。したがって、<加工事例1>では「逮捕の必要」がないということになり、別件逮捕は199条2項但書に定める要件を満たさず違法となります。
<加工事例2>
マサムネに対して通貨偽造で逮捕・勾留がなされ、通貨偽造に対する取調が5日間、殺人に対する取調が5日間あり、マサムネは通貨偽造と殺人について自白した。後にマサムネは殺人で13日間逮捕・勾留された。また、公訴提起は通貨偽造と殺人についてなされた。
検討
このように別件逮捕時になされた取調が通貨偽造と殺人の双方についてなされ、別件の通貨偽造についても公訴提起がなされた場合は逮捕の必要についてある程度慎重に判断しなければなりません。ただ、この場合は後の通貨偽造に対する公訴提起と取調の割合からみて、別件について逃亡、罪証隠滅の防止をする必要があったと見てよいと考えられます。したがって、疎明資料に示される逃亡、罪証隠滅の虞に問題がない限り「逮捕の必要」は認定され、別件逮捕は適法と評価されることとなります。
(3) 更なる検討
さらに、問題点がないかどうかゼミ員からの質問を基に考えてみましょう。
問題点1
ここでゼミ員の木藤君から何か質問があるそうです。
木藤君:「あのー、取調の状況からも逮捕の必要を判断するとなると、結局取調の違法性が遡って逮捕を違法としていることになりませんか。さっきの本件基準説に対する批判がそのまま当てはまると思うんですけど・・・」。
もう一度本件基準説について確認しますと、同説は「本件の取調がなされたら、それは実質上本件の逮捕がなされたのと同じである」というものです。そうであるからこそ、本件が逮捕要件を具備しているかどうかを基準とするのが本件基準説です。これに対して、別件基準説はあくまで別件逮捕が要件を具備しているかどうかを問題とします。つまり、別件逮捕それ自体の要件を満たしているかどうかを、別件に対する取調やその他の採証活動等を基準に判断する見解だといえます。
事例でいえば、捜査官がマサムネに対して本件の殺人ばかり追及している状況です。このような場合、別件の通貨偽造について捜査官は無関心で放置しているのですから、罪証隠滅や逃亡を防止する必要(逮捕の必要)はないということになります。本件の取調をしていることではなく、別件の通貨偽造を放置していることが別件基準説にとっては重要なのですね。
問題点2
本村君:「あのですねー。別件基準説からすると余罪取調はどう考えるんですか?」
やっぱりその質問は出ると思っていました。これは取調受任義務と密接に関わる問題ですから、その際に詳しく扱います。ちなみに、別件基準説からはだいたい以下のように扱います。
A説 取調受忍義務を逮捕勾留の効力と捉える見解
事件単位の原則から別件逮捕(通貨偽造)の効力は本件(殺人)には及ばない以上、取調受忍義務のない取調(殺人の取調)は違法となります(198条1項但書)。
B説 取調受忍義務を逮捕勾留の効力とはしない見解
この見解は、逮捕と取調は全く別の処分と考えます。これによると、別件での「逮捕」さえなされていれば取調受忍義務は本件にまで及び、余罪取調(殺人の取調)は適法となります。逮捕の効力と取調受忍義務の及ぶ範囲を全く別のものと考えています。
C説 取調受忍義務を否定する見解
取調受忍義務を否定する見解は余罪取調の問題点を捉えきれず、必ず迷走します。この見解によると取調受忍義務がない以上、取調は全て任意捜査であり、余罪取調も任意捜査として広く認められるということになります。
本来はこのような結論になりますが、この結論を嫌う一部の論者が令状主義潜脱説という難解な見解を主張しています。これが迷走の原因です。
今のところ、B説は筋が通っているかなと思います。
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