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刑事手続の流れ

第1章 事件発生・捜査

 T捜査の端緒

 
 2001年8月4日の朝、中央大学正門付近に江上健が後頭部から血を流して倒れているのを通行人が発見し110番通報した。これによって、警察(捜査機関)は事件(犯罪)の発生を知ることとなる。
110番通報のように、捜査機関が犯罪の発生を知るきっかけとなるものを捜査の端緒という。捜査の端緒として最も多いのは被害者・目撃者などの届出であり、110番通報はその典型であるといってよい。法律上は告訴告発などが予定されている。
  *非典型例
 

 U 捜査

 1 任意捜査

 
 緊急指令を受けた捜査官が現場に急行して検視を行ったところ、他殺の疑いが濃厚になったので殺人事件として捜査することにした。さっそく被害者の身元の割り出し、足取り捜査、被害者の死因・死亡時刻の確定、現場付近における凶器などの物証の捜索、被害者・被疑者・犯行状況の目撃者の発見などの捜査活動が開始された。
 警察官が血痕や遺体をチョークで囲っている姿を想像ずればよい(これを実況見分という)。この段階の捜査は、捜査機関が一般市民の権利・自由を侵害するに至ってないから、任意捜査である。逮捕・勾留といった強制処分は例外的なものであり、捜査はほとんどが任意処分によって行われている(197条1項)。  
* 将来発生する犯罪の捜査

 2 逮捕

 
 捜査の結果、被害者の身元が判明し、また、目撃者が現れたので、それらの情報を基礎として犯人の割り出しに務めたところ、犯人として原田君が浮かび上がってきた。  逮捕は身柄拘束という多大な負担を課するものである以上、それなりの根拠が必要である。つまり、原田君がちょっと怪しいという程度では逮捕はできず、原田君が犯人である可能性が極めて強いという段階に至ってはじめて逮捕が可能となるのである(「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」:199条1項本文)。
 そして、逮捕をしなければ原田君が逃亡したり、証拠を隠滅する虞があるため(規則142条1項3号)、警察は目撃者の供述をまとめた調書や捜査資料(疎明資料)を裁判所に提出し、逮捕状を請求した。
* 逮捕の要件

 3 取調

 
「原田君逮捕!」のニュースが報道された。
《警察署では》
 警察官1 「これでひと安心。とりあえず打ち上げしましょう。6時30分、東口交番前に集合ということで」。
 警察官2 「えっ、原田君の取調やらないとまずいんじゃないスか」。
 警察官1 「いいんだよ、放っておけば。行こ、行こ」。  
 警察官2 「そうですね。行きましょう」。
 
 もちろん、これではまずい。これから原田君に犯行の状況について供述してもらわなければならない。原田君は被疑者であるから、この取調は被疑者取調である。
 

 4 捜索・差押

   
 逮捕された原田君の供述:「むかついたので江上健を殺しました。凶器として使ったヌンチャクは高校時代からの友人である鈴木君宅の食器棚に隠してあります」。そこで、捜査官が鈴木君宅に赴いたところ、鈴木君はヌンチャクなど知らないと言った。このように鈴木君が任意にヌンチャクを提出しない場合、強制手段によってヌンチャクを入手するほかない。強制手段によって証拠物を捜し出し、入手することを捜索・差押という(218条)。
  捜索・差し押さえはヌンチャクの提出を拒む鈴木君の意思に反して行う強制処分であるから、裁判所の発付する令状が必要である。  

 5 勾留 

 
 原田君の身柄を確保し、ひと通りの取調を終えた司法警察員は、原田君を逮捕してから48時間以内に、殺人罪の罪名で被疑者の身柄と関係証拠を検察官に送致した。  送致を受けた検察官は、引き続き身柄を拘束して取り調べる必要があると判断して、裁判官に勾留請求を行った。  勾留請求を受けた裁判官は、原田君と直接面会して、勾留質問を行った。その結果、裁判官は原田君に罪証隠滅の虞、逃亡の虞があると認め勾留状を発付した。
 勾留質問には逮捕の違法性をチェックする機能もある。裁判官が直接被疑者と面接することによって逮捕の違法性が判明することもあるのである。この機能を十分に発揮するには、逮捕の理由となった事実と勾留の理由となる事実は同一のものでなければならなくなる(二重のチェック)。逮捕の理由となる事実と勾留の理由となる事実が異なれば、二重の司法的抑制は不可能である。
 

 6 弁護権の保障

 被疑者である原田君には弁護権が保障される。そこで原田君は村上弁護士を弁護人として依頼した。  弁護権の保障のうち最も重要なものが、接見交通権である。外界と遮断された被疑者が適切な情報を獲得し、適切に対応するためには、弁護人との情報交換や相談が不可欠である。
 原田君 「もういいですよ。殺した私が悪いのですから。素直に刑務所に入ります。刑務所なら飯も出るし」。
 村上氏 「刑務所に入っても無駄な時間がすぎていくだけです。執行猶予もつく余地は十分にあるのですから。とにかく諦めないでください。協力していきましょう。公判期日には皆川営業部長も証人として出頭して下さるようですよ」。
 * 39条  

 V 捜査はここまで、次は公訴提起

 10日間の勾留期間中に検察官森下は原田君や目撃者大久保をさらに取調べ、供述調書を作成した。原田君は事実を全て認め殺意に関してもこれを肯定した。そこで、森下は、関連証拠からも江上健の死亡は原田君がヌンチャクで頭部をかち割ったことに起因することは間違いないと思い、殺人罪で立証することは困難でないと判断した。原田君は数日間に及ぶ勾留で、もう疲れてしまったようである。
 捜査の次は公訴提起である。

第2章 公訴提起

 T 起訴不起訴の判断

 
 検察官の森下は、殺人罪での立証は困難ではないと考え、公訴提起することに決めた。
 公訴は検察官のみが行うことができ(247条)、公訴を提起するか否かを決めるのも検察官の専権である(248条)。前者が国家訴追主義で、後者が起訴便宜主義である。
* 起訴法定主義(ドイツ)
* 公訴権論
* 検察審査会

 U 起訴状

 起訴状の記載方法は256条2項に規定されている。
第1号: 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項=原田君の名前や住所がこれに当たる
第2号: 公訴事実=同条3項後段にしたがって具体的に日時、場所及び方法を示している。
第3号: 罪名=殺人
 検察官森下が以上の規定に基づいて記載した起訴状は以下の通りである。各論点に取り組む前に実際の起訴状のイメージを示しておく。

 起 訴 状 

下記被告事件につき公訴を提起する 
平成13年8月8日
            東京地方検察庁
検察官 検事 森 下 由 美 ㊞
 
東京地方裁判所 殿 
 本籍 神奈川県横浜市青葉区市ヶ尾町1234番56号
 住居 東京都文京区目白台1丁目2番3号
 職業 会社員
          勾留中          原 田 真 一 
                        昭和52年9月22日生
          公 訴 事 実 
 被告人は平成13年8月4日午前4時過ぎころ、東京都八王子市東中野742番1号中央大学正門付近において江上健を殺害しようと企て、所携のヌンチャクで同人の後頭部を数回殴打し頭蓋骨に4ヶ所の骨折を与え同所において同人を死亡せしめたものである。
          罪名及び罰条  
殺人 刑法第199条

 V 公訴提起の次は公判

 公訴の提起によって初めて公判が開始される(弾劾主義)。明日はいよいよ第1回公判期日である。原田君が冒頭陳述で自己の犯行を認めるかどうかが注目される。捜査の段階で自己の犯行を全面的に認めているようなのでまさか否認することはないであろう。弾劾主義(及び弾劾主義を前提とする当事者主義)は公訴提起以降に妥当する原理である。すなわち、ここからは被疑者は被告人となり、取調の客体という立場ではなく、訴訟の主体という立場で刑事手続に参加することになるのである。

 第3章 公判

 T 冒頭手続

 
 原田君は第1回公判期日に監獄から法廷に連行され、裁判長から本籍・住所・氏名・生年月日などの人定質問を受けそれに答えた。続いて、検察官森下が起訴状を朗読する。
 検察官 (起訴状を朗読)
 起訴状朗読の後、裁判長が、被告人は終始沈黙し、または個々の質問に対し陳述を拒むことができることを原田君に告げる。そしていよいよ罪状認否である。
 裁判長 「検察官の主張に間違いありませんか」。
 原田君 「はい、間違いありません」。
 ここで冒頭手続は終了である。

 U 証拠調べ手続

 冒頭手続の次は証拠調べ手続である。検察官の冒頭陳述の後、裁判所は、検察官の請求した証拠書類及び証拠物の証拠を取調べ、目撃者大久保一郎を証人として尋問した。検察官の立証に続いて弁護人村上は、情状証人として被告人の勤務先の上司である皆川部長を申請し、これが採用され、皆川部長の証人尋問が行われた。
 この後、裁判所は、原田君に対して被告人質問を行ったが、原田君は冒頭手続で述べたところとほぼ同様の供述を行った。
 * 証人・鑑定人などから供述を求める場合、304条1項はまず裁判長が尋問すると定める。しかし、これは当事者主義にそぐわないとされ、実際の運用では規則199条の2に従い、当事者が交互尋問を行った後、裁判長が補充尋問をすることとしている。
 * 証拠開示

 V 公判手続の概略は以上の通り

 
 公判手続きは順調に進んでいるようである。訴因変更もないし、問題のある証拠もなさそうなので、判決も8月12日あたりには出そうである。判決が出るまで若干の時間があるので、明日から証拠法に入って判決を待つことにしよう。被告人の原田君は公判が始まってからだいぶ落ち着いてきたようである。勾留生活に慣れてきたのだろうか。

 第4章 証拠法

 T 証拠裁判主義

 「△△なんか国民投票で死刑にしてしまえばいいんだ!」という議論がある。これは「十年裁判」に対する国民の不満であり、ある意味で今の刑事司法制度に問題があることを示唆するものである。このような意見に全く耳を傾けないのは問題であるが、そのまま採用することはさらに大きな問題を含んでいる。国民投票による事実認定は、「事実の認定は、証拠による」(317条)との原則(証拠裁判主義)に明らかに反するものであるからだ。証拠裁判主義は、弾劾主義の訴訟原理の下ではいかなる妥協も許さないのである。
* 証拠裁判主義の2つの意義

 U 〔論点1〕違法収集証拠の排除法則

 例えばの話。原田君の供述により、ヌンチャクの隠し場所が鈴木君宅の食器棚の中であると発覚したとする。そこで、捜査官が鈴木君宅に令状の発付も受けずに急行し、 鈴木君の所在も確かめずにドアをダイナマイトで爆破した上、家の中に入り食器棚からヌンチャクを持ち去った場合はどうだろうか。
 このような場合、捜査方法は明らかに違法であるが、ヌンチャクについて違法収集証拠の排除法則が適用されるかどうかが問題となる。

 V 〔論点2〕自白法則

 またまた例えばの話。捜査機関が真犯人でもない名倉君を令状の発付も受けずに逮捕し、取調を開始したとする。名倉君がなかなか犯行を認めないため捜査官は名倉君にくすぐり攻撃をはじめ、「あと9回返答のチャンスを与えてやろう。江上健を殺ったのはお前だろう」と両手をわき腹に当てつつ質問した。その後、捜査官は名倉君を約70分にわたりくすぐり続け、名倉君はくすぐったさと酸欠に耐え切れなくなり、犯行を認める供述をした。そこで、捜査官は名倉君の供述を基に自白調書を作成した。その後、名倉君は殺人罪で逮捕・起訴され、検察官は公判で上記供述証拠の取調を請求した。
 上記の事実が発覚した場合、裁判所はどう対処すればよいか。また、上記事例で自白させられたのが名倉君ではなく、真犯人の原田君であった場合はどうか。

 W 次は伝聞法則を扱う

 この他にも伝聞法則という問題がある。明日から伝聞法則に入るが、原田君事件の判決が出るまでには伝聞法則は終わらせたい。

 第5章 論告・最終弁論・判決

 T 論告・最終弁論

 われわれが証拠法を扱っている間、証拠調べは終了し、検察官により論告求刑が行われた。検察官は情状酌量の余地は全くないとして無期懲役を求刑した。
 これに対し弁護人は、最終弁論において、諸般の事情を考慮すれば執行猶予付きの軽い刑が相当であると述べた。これにより結審した。

 U 判決公判期日

 
 いよいよ判決である。東京地裁の前には東スポ・4年3組学級新聞などの新聞記者の姿がある。MXテレビも取材に来ている。
 そして、午前11時、いよいよ判決が下された。
 判決文は以下に示すとおりである。起訴状と比べてみると、公訴事実の欄と判決理由中(罪となるべき事実)の欄が対応していることがわかる。(起訴状中の)公訴事実欄には訴因が公訴事実の内容として記載される。訴因とは簡単に定義すれば検察官の主張であり、それは裁判所に対してなされるものである。したがって、裁判所の判決文は検察官の主張たる訴因に対する返答であることになる。もし、裁判所が訴因事実以外のことについて判決を下せば、それは結局裁判所が自分で起訴して自分で判決したことになり、弾劾主義違反になるのである(三面訴訟構造を無視している)。
          

 判       決

 本 籍 神奈川県横浜市青葉区市ヶ尾町1234番56号
 住 居 東京都文京区目白台1丁目2番3号
 会社員
                                 原 田 真 一
                               昭和52年11月7日生
 上記の者に対するさ殺人被告事件につき当裁判所は、検察官森下由美出席の上審理し、次のとおり判決する。
        主  文
 被告人を懲役5年に処する。
 未決勾留日数中4日を上記の刑に算入する。
 押収してあるヌンチャク(平成13年証第1162の1)を没収する。
 訴訟費用は全部被告人に負担させない。
        理  由
(罪となるべき事実)
 被告人は、平成13年8月4日午前4時ころ、東京都八王子市東中野742番1号中央大学正門付近において、殺害の意図を持って所携のヌンチャクで江上健の後頭部を殴打し、頭蓋骨骨折を与え死亡せしめたものである。
(証拠の標目)
 《省略》
(法令の適用)
 《省略》
                  以下省略

 V 第一審はここで終了

 8月4日の事件発生から8月12日の第一審判決まで9日間かかった。平均的な自白事件は約3ヶ月かかるので、原田君事件は驚異的なスピード裁判である。この後、原田君は上訴をせず、裁判は確定したらしい。もっとも、原田君は特赦により刑を免除され、すぐに営業活動を再開した。
 このストーリーに出てくる人物名は実在のものもあるが、ほとんどが架空のものである。

 W 本稿について

 
 本稿は市之瀬洋典が中央大學眞法會研究室夏合宿(刑事訴訟法)ゼミで使用するために作成したものです。刑事訴訟法(criminal procedure)の教材にはこのようなストーリー形式のものが少なくありません。アメリカ合衆国のロースクールではストーリー形式のビデオを使用するそうです。本稿はそのようなストーリー形式の教材を中央大學眞法會研究室のゼミに取り入れたにすぎません。できればより多くの人にこのような教材をご作成、ご利用頂きたいと思っております。

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