エドガー・ケイシー

ケイシーは無意識の状態でこれらの言葉を語りました。そして、そ

れはケイシー自身も目覚めて他の人からそれを聞くまでは知らない

内容でした。つまり、これはケイシーの言葉というよりもケイシー

を通して語られた言葉なのです。               

ここでは、できるだけ原文の意味を忠実に、ただし、わかりやすい

表現にしたいと思います。なお、これらの言葉はアメリカの人、つ

まり、おそらくはキリスト教徒である人々にわかりやすいように語

られたものであることに注意してください。          


法がある。法は愛であり、愛が法である。           


良く知るがいい、生活に生かさない知識は罪なのである。    


あなたが恐れるもの、憎むものは、あなたにやって来るだろう。 


友を持ちたくば友情を持ちなさい。愛されたいのなら愛しなさい。


主なる神の法則は完全であり、私達の霊魂を常に改善せしめている。


もしあなたの忍耐が十分ならぱ、神の慈悲と恩恵も十分なのである。


人間が今のようであるのは、過去があのようであったためである。


あなたを善か、悪かに審判するために、この日が設けられているの

だ。あなた自身が善を選びなさい。              


人生には単なる偶然、あるいは偶然の機会などというものは本質的

に存在していない。                     


期待する、そして期待したように行動する。つまり、精神的、肉体

的行動が一致している者は報われるであろう。         


神を欺くこと絶対にできないことであり、自らまいた種は自ら刈り

取らねばならない。                     


もし自分が慈悲、寛大、友情を持っているのなら、まず自らが他人

にそれを示さねばならない。類は友を呼ぶのだ。        


神はこれまでずっと、「いかなる人種であれ、いかなる皮膚の色で

あれ」宗教的指導者達の心の中に住み続けてきたのだ。     


人間は自分自身の強さを言葉としてすら分かっていない。それほど、

人間の自由意志の力は偉大なのだ。               


神の存在を忘却したる者はすべてその存在を徐々に消されていく。


明日のための準備は今日の中になされるのである。       


成長とは自己の成長、魂の成長でなければならぬ        


内なるものに聞きなさい。それがすべての問題に対する答えであり、

神の道の答えである。答えは常に自己に内在しているのである。 


時間、空間、忍耐これらを通し魂を向上発展させなさい。    


どんな人の肉体にも、魂の我の一部が投影されているのだ。   


人を裁けば、それと同じ尺度で自分も裁かれ、他人に対して行った

仕打ちは必ず我が身に帰るであろう。             


あらゆる病気は罪から発するのである。            


敵意や怨念をいだく人は、あとで直面して当惑・狼狽しなければな

らなくなる状況を自分で作り上げているのだ。         


物質はその形式がどんなものであっても精神に属するものであると

いうことを万人が悟るべきである。              


このことを心において、身体において、また、霊において、実行し

なさい。この三つのものは一つです。永遠に一つのものなのです。


各人の魂に与えられた運命は、己れを己れと知ること、しかも神と

呼ばれる創造力と一つになることである。           


自分が何者であったかというとでなく、自分が知っていることにつ

いて現在なにをしているかが重要である。           


人類の必要性を満たすような力を開発する人たちが現れる、現れな

ければならないのだ。なぜなら、誰も神の力を持つ者がいないから

だ。しかし、父なる神の意志によって、その力をいただく機会が与

えられる。そして、そこからすべての力の輝きが発散されるのだ。

それゆえ、「私の世界を決して破滅させはしない」という神の目的

と一致するのである。                    


たとえ天が落ち地が変動しようとも、また天が過ぎ去っていこうと

も、主なる神の言葉は絶対的なものであり、幾多の生涯を通して行

うあなたの行為とあなたの同胞の真心が、やがて証明されるであろ

う。                            


「あなたの同胞に行うことは、あなたがあなたの神とあなた自身に

行うことことである」それ故、あなたが自我を捨て他に尽くせば、

神はあなたに栄光を与え、あなたをあなたの行為とあなたの同胞の

関係において、「開放者」としての資格を与えられる存在とするだ

ろう。忘れぬように心しておきなさい。どんな裁きの時も、誘惑の

時も、神は常にあなたの側におられ、あなたが滅びることを望んで

はおられないことを。意志を強く持ちなさい。神は常にあなたと共

にいる。恐れてはならない。                 


完全な意識という能力は創造的力である神とのコミュニケーション

やその関係を理解することができるし、また物質的環境にも同様に

使えるのだ。これらはすべて同じことを意味しているのだ。   

そこで、意識という能力がどのようなものへ発展していくかは、そ

の同じ能力を受けた人たちにしか分からないのだ。       

個人から他人へ影響を与える波動の力を分かる者は本当に少ない。

もともと、すべてが同じ生命本来の波動の力や影響力を受けている

というのに、だ。                      


世界平和が来る前には、正義、公正、慈悲、忍耐、平和の御子であ

る主イエスにより繰り返し提示されてきたこれらを基本にした新た

なる世界の掟が確立されなければならない。このことを各人がわか

らなければならぬ。そして、自己自身が本質的に、精神的に明確に

人間関係すべての面に協調的であるような方法手段を身につけてお

くべきである。                       


平和と幸せはまず自分自身の中に見い出さなければならない。  

大切なことはまずあなた自身のことから始めるべきです。国家や特

定の地域に対して自分自身の中に協調的精神を持っていない限り、

それを他の人々に押し付けてはいけないのです。        


霊的な面からは人生のすべてが善である。与えられた自己の人生を

真剣に通った場合、その経験が善となるか、悪となるかは自らの選

択によって決まるのである。                 


覚えておきなさい。創造的力(神)は意志を持つ人間を創ったので

ある。意志を持っている人間が行うことは、彼自身のみが知り得る

のだ。ただ運命的傾向とか人格的性向が与えられるということはあ

ることである。大切なことは、これらの選択が自己自身の本質によ

るものでなければならないことだ。              


神は定めたとおり入り口を設けた。神は目的を設定し、その目的に

人間自身が活動するようにした。しかし、どのように目的を達成す

るかの選択だけは人間に残しているのである。         


罪は自分自身か主のいづれかによって償われるものである。もし魂

が罪を犯し続けるならば、魂は死ぬことになる。しかし、神はどの

ような魂の消滅をも望んではおられない。           

それ故、主と言葉、光、真理がこの地に訪れ、死の代価を支払った

のであった。だから私達は主を通して沢山の生涯を生き抜くことが

できるのである。つまり、永遠なる生命、永遠なる生命の自覚、永

遠性の認識、神との一体感こそ、道である。          


この地球上に生まれてくることは、これまで通り、魂の進化のため

である。色々な体験をしながら意識は高められていくのだ。死、霊、

魂を体験しながら、すべてを超越することができるのは、全能の神

である創造主だけである。神はいかなる人をも敗北者として失おう

とはなさっておられないのだ。                


人を成長、発展へと導いている永遠のガイドは自分自身の意志であ

る。人はこれを持ち、正しく使えば、己に与えられる。もし、この

特権を乱用すれば、己が持っているように見えようとも、剥奪され

るであろう。                        


汝の創造主たる神に幾度も語りかけなさい。そしてこう祈りなさい

「主なる神よ、このように(神の方法で)私をお使いください。私

は−神の子として、神の召し使いとして−私の同胞のためにますま

す奉仕いたします。もし私達が神の言葉を聞こうとして、神の御名

において願った時なら、神が約束を果たされるということを私は知

っています。私は神との結びつきを宣言します。そして、日々神の

お導きを求めております。」                 


神の言葉を思い出すが良い。まだ時が十分に完結しておらず、熟し

ていない。なぜか?法則は設定されているが、愛がそれに見合うだ

け現れていないのだ。                    


魂は、その進歩発展のどの段階・局面を取り上げるかによってきま

るが、自分の個性に合った種々の肉体、性格、パーソナリティ・パ

ターンを身に帯びることができるのだ。            


能力の開発において、根本となるのは瞑想と祈りであり、それと共

に心から献身的な態度を持ち続けることと、規律ある建設的生活を

営むことが大切である。                   


良く知るがいい、これは一定不変の法則なのだ。播いたとおりに刈

り取らねばならない。現世の経験で他人から受けているものは、過

去生の体験で他人に与えた悲嘆と失望のしっぺ返しなのである。し

かし、他人に対して思いやりを示し、神の正義を求め、耐え忍ぶこ

とにより、この苦しみを乗り越えることができよう。      


違ったタイプの国が必要なのだ。国々が与えられていなかったとし

たら、あらゆる人間が地上に神を顕現する機会がどこにあるだろう

か。さまざまの必要を満たすためなのである。神とはなにか?みな

が神を知るように、あらゆる人間に、あらゆるものが与えられてい

るのである。どの一つを取り上げてみても、それが他のものよりも

優れているということはない。                


他を裁けば一分一厘にいたるまで償いをせねばならない。この法則

は過去にも未来にも適用される。あなたは今生の生活がこのように

紛糾しているのを不思議と思うのか?             


人体における排除と同化を正常に保つならば、寿命を希望のままに

延ばすこともできよう。なぜならば、肉体は肉体が摂取する物質の

同化によって作り上げられるものだからである。排除も同化も整然

と行われるとき、肉体は健康・正常となるのである。      


あらゆる精神的活動において、個人が第一でグループは第二にこな

ければならない。奉仕の対象はまず自分自身である。このようにす

れば、生命と活力に溢れた活動が整然と展開されてくる。また、自

分の肉体もよりよい状態に整って、人類に対する奉仕もより大きな

ものとなるのである。                    


どんな経験でも滑稽な面を見るようにしたらよい。また、主なる神

を知り、信ずることが必要である。神うちにおわすという意識がな

いと、ほとんどなにも成就できないからである。        


ユーモアとウィット、また、物事の滑稽な面を見る能力を養うのが

良いだろう。生命、すなわち肉体と精神は楽しむべきのものだ、と

いうことを知るべきである。いつも喜びの気持ちを持つようにせよ、

他人の経験に喜びをもたらすことが、あなたの願いであるならば、

あなた自身の、日々の経験もまた喜ばしいものでなくてなならない。


その理想を紙に書き留めよ!肉体的、心理的、精神的の三つの欄を

設けることだ。体・心、魂の各面における、あなたの経験を養う必

要がある。肉体を養わなければならぬ。これはおわかりだろう。次

に心を養うことだ。第三に、精神の糧を規則的にとらねばならぬ。

肉体に必要なビタミンの種類がいろいろあるのと同じように、精神

にも種々のビタミンを与えねばならない、ということを銘記せよ!


そんなに勉強ばかりしていてはいけない。自分の知っていることを

もっと活用せよ。そうすればあなた自身にも大きな収穫があり、他

人にももっと役立つだろう。・・・実行すればそこに理解が生まれ

る。行為者であれ。聞き役にばかり回っていてはならない。   


人生の本質は精神的な一つの力であり、人生は継続的なものである。

正しい人生観を持つためには、人生を連続体験と解釈せねばならな

い。                            


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