リッチ・デヴォス
人が人を愛するとき、それは神が人を愛するようでなければならない
彼はわたしが最も尊敬する人であり、クリスチャンです。神は我々が
どのような状況にあろうとも、どんなに愚かなことをしようとも、そ
れでもなお、愛していてくれる。人を愛するとき、このような気持ち
を忘れてはいけない。相手の行動がどんなに腹立たしいものであって
も、それによって愛することをやめてはいけない。と解釈しています。
そして、おそらく、すべての人を愛しなさい、と彼は言いたいのです。
我々は神の完璧さに比べれば、なんと未熟で不完全な存在であろう。
自分よりもはるかに完璧で素晴らしく思える人であっても、神の完璧
さに比べれば、まるで赤子のようなものである。だから、自分の未熟
さを常に顧みて、反省しなければいけない。相手の未熟を想い、許し
てあげなければならないと解釈しています。
どちらかにしていただきたい
世の中になんと不平、不満を言う人の多いことか。自分の置かれてい
る状況を嘆いてみたり、上司、同僚、友人の悪口を言ってみたり。そ
れでいて、それらをなんとかする勇気、気力も無かったりするのであ
る。最も恥ずべき行為は、不平、不満をならべておいて、その状況を
なんともする気のないことである。つまり文句を言ってる暇があるな
ら、なんとかなるように努力しなさいということだと思うのです。
すべてのことは種を捲くことから始まります。つまり、何かをしよう
とすることであり、そこにためらいがあるなら、勇気を持ってそれを
行うことなのです。そして、つぎには育てなければなりません。続け
ることです。捲きっぱなしにしておいて、育つ種はまずないのです。
そして、収穫することです。そのとき、初めて自分のやってきたこと
が正しかったことを知ることができるのだと思います。そして、それ
は嬉しいことであり、感動的なことなのです。