さんた


すべてを肯定してください

あなたは自分の人生、生き方を肯定していますか?もし、あなたが先に進みたいなら、自分がどこにいるかを知る必要があります。自分がどこにいるのか、自分は何をしているのか、よく観察してください。それが分かったら、それを受け入れてください。認めてください。「これはわたしの理想の姿ではない」と否定している間は、本当の自分の姿を見ることができません。見ることができなければ、受け入れることもできません。受け入れることが出来たならば、さらに一歩進んで、それを肯定してください。あなたのやってきたことは間違っていなかったし、あなたは十分に良くやっています。あなたは今のままで何も問題はないのです。どこに行く必要も無いし、急ぐ必要もありません。それが分かったとき、あなたは先に進むことができます。2001/08/29


> どこに行き着いてしまうのでしょうか?

到達地点と道は一つである。 

  道元 


仏陀がその究極の
全く究極の悟りに達したとき
彼はいったい何を達成したのかと尋ねられた

すると彼は笑って言ったものだ

「何もないのだよ というのも
私が達成したものはすべて すでに私の中にあったのだ

それは何か私が新しく手に入れたというようなものではない
それは永劫の昔からつねにそこにあり続けていたのだ
それはまさに私の本性そのものだったのだ

しかし私はそれに気づいていなかった
私はそれに目覚めていなかった
その宝はつねにそこにあったのに
ただ私がそれを忘れていたのだ」

  和尚『存在の詩』より


自分を創らないという経験があって初めて、自分を創ることができる。
「何である」ためには、「そうではない」ことを体験する必要があるが、
自分でなくなることは出来ない。もともと神の子供なのだから。
そこで、次善の方法として、自分が何者であるかを忘れたのだ。

物質的な宇宙に入った時、記憶を捨てた。
自分が何者であるかを選べるようになった。
あなたは神の一部であると聞かされるのではなく、
神の一部としての生き方を自分で選び取る。
そうすれば全ての選択肢を与えられた上で、自らを体験することが出来る。
全ての選択肢、それが神である。

  『神との対話』より


仏になろうとしようより、
仏でおるが、造作がのうて近道でござるわいの

  盤珪禅師


魂にとっては、どんな行動をするかではなく、
その間どんなふうに在るかだけが大切だ。
魂が追求しているのは在り方であって、何をしているかではない。

  『神との対話』より


> いったい、私はどうしたらいいんでしょうか?

純粋に「在る」とは、純粋に神である事だ。
だが、わたし達は単に在るだけでは決して満足出来ない。
常に、経験を求める。自分が何であるかを経験したい。
それには神性の全く別の状態が必要となる。行為だ。
あなた方の核心は愛と呼ばれる神性の状態である。
(ちなみにこれがあなた方の真実である。)
魂は経験によって自分を知るために、何かしたいと願う。
魂は行為を通じて「最高の考えを実現しようとする。
何かしたいという衝動は情熱と呼ばれる。

  『神との対話』より

そして、もう一度、最初の道元の言葉をかみしめてくださいね。(^^)

名言の部屋へ戻る

ホームページへ戻る