飛鳥さんの詩


雨ニモ・・・・ 雨ニモ喜ビ 風ニモ親シミ 雪ニモ夏ノ暑サニモ感謝スル 丈夫ナ精神ヲモチ 欲ハナク決シテ瞋(イカ)ラズ 一日ニ三度ノ食事ト 湯上ガリノ一杯ノビールヲ楽シミ アラユルコトヲ ジブンノヨクボウヲイレズニ ヨクミキキシワカリ ソシテ大体ハ三日ニシテ忘レ 山奥ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ家ニパソコンヲモツテ住ミ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ツテソノ快癒ヲ祈リ 西ニツカレタ母アレバ モツト宇宙ヤ大地トヒトツニナルヤウススメ 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ツテ臨死体験者ガ語ツテイルヤウニアノ世ハスバラシイ世界ダトサトシ 北ニ論争スル坊主ヤ神父アレバ 神仏ハモツトタノシイモノデスゼトイヒ ヒデリノトキハサウナガハリニ汗ヲナガシ サムサノナツハジョギングシテ体内脂肪ヲモヤシ ミンナニノーテンキトヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフカモメニ ワタシハナリタイ
出会い 20年、言葉を交わしても分かり合えないこともある。 たった一度の会話で二人の人生が変わることもある。 出会いの不思議さを思うとき、大いなる存在の あふれんばかりの愛を感じないわけにはいかない。 私たちは、何かを学び、何かを体験し、 喜びを共にするために 地上に生まれてきた。 それは、決して楽園追放などではない。 私たちを愛してやまない存在の「祝福」なのだ。 だから、今日であった一匹の犬にも、 今日、目にとまった木々の新しい芽にも、 今日、さわやかに頬をなでた風にも、 共に存在するよろこびの讃歌を歌おう。 外に何かを求めるのではなく、 自分の中に無限の宝があることを、 ただ、それを思い出すことだけを心がけよう。 孤独? 神とともにある者に孤独はない。 不幸? いま、目の中の梁を取り除けば、 私たちの周りには、たくさんの幸が輝きだす。 不安? 永遠に死ぬことのない者に不安があるだろうか。 嫉妬? これほど神に愛されて、 他を妬む必要があるのだろうか。 そう、私たちを煉獄へ落とす力などは どこにもありはしないのだ。 ああ、 空よ、大地よ、風よ いまという大いなる出会いよ、ありがとう・・・・
ほめられたい人がいる ほめたいという人がいる 慰められたい人がいる 慰めたいという人がいる 屈服させたい人がいる 自慢したい人がいる 愛されたい人がいる 愛したい人がいる 聞きたい人がいる 聞かせたい人がいる どーでもーいーという人がいる どーでもは良くない!という人がいる みんな、みんな生きているんだ 魂の兄弟なんだぁ(爆)
時の流れ 愛する人、大切な人の死と出会うと人生観が変わる。 超えることができない離別の衝撃 支えがなくなった喪失感 恩が返せなくなったという無念な思い 死というもの厳粛な意味 そして、今ある自分の生についての検証 これは、先に逝った人の贈り物なのだ。 時は休むことなく進みゆく いつか彼岸が訪れることは 百%の現実なのだ めぐりゆく時の流れのなかで この一時を味わおう 生あるものも 死についた人も 宇宙の大きな営みの一部なのだ。 朝、目覚めたとき 夜、床についたとき 自分が自分の力で生きているのではないことを 感じ取ろう 私たちは 肉体を見るならば 一人で生まれ 一人で死んでいく しかし 霊を見るものにとっては 一人で生まれ 一人で死んでいくのではないのだ。 生命を支える生命 その生命の働きである「愛」という作用に 私たちの存在は包まれている。 そのことを知ったとき 時の流れに抗する気持ちが失せ 流れに身をまかせる爽快な人生が始まるのだ。
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