さんたさんの詩


<愛という意識> あなたが自分を本当に愛することができた時、 それはあなたがすべてを愛することができる時。 あなたがすべてを愛する時、 それはすべてがひとつだと感じる時。 すべてがひとつである時、 それはすべてがあなたであり、 たったひとつの愛である時。
あなたが自分のワクワクを選ぶとき、それは あなたが愛で在ることを決めたとき それは瞬間瞬間にただ本当の自分で在ること それは本当の意味で自由で在ること そのときあなたは光り輝く 愛という光を放ち始める 宇宙でただひとつのユニークな存在として そのときあなたは 宇宙であなたしかできないことをしている あなただけができることをする それは宇宙に一番貢献しているということ
自分が愛であることに気づいた人は 愛を見ることができる たとえ、自分が愛であることにまだ気がついていない人が 悪意をもって放った言葉にさえ 愛を見て愛として受け取る まだ愛であることに気がついていない人は 愛からこぼれる愛にあふれる言葉にも気がつかないことがある それどころか 自分を傷つける悪意ある言葉として受け取ることさえある 愛はすべてを受け取る者 愛は愛を贈る者 愛は愛しか贈らない そして、すべては愛の贈り物 未だそうと気づかぬ人でさえ、愛であるのだから
宇宙の中にいるちっぽけなわたし でもわたしの中に宇宙は在る 宇宙とわたしは本当はひとつ ずーと昔わたしは宇宙の種だった バーンとはじけて宇宙になった するとわたしは宇宙の中にいた ちっぽなちっぽけな芥子粒よりもちっちゃな人間として 存在だったことも忘れて いつか遠い遠いずーと遠い未来に わたしはまた宇宙とひとつになる わたしが宇宙であったこと、 わたしが宇宙を創ったことに気が付く わたしがたったひとつの存在 愛であったことを思い出す あっ、そうだ過去も未来も今だったんだ 遠い未来に近づくには 未来を目指して今を変えることで近づこうとしてもダメなんだ 本当は未来って愛なんだ 愛として存在として今に生きることだったんだ
<傷心> 人生は長い 旅の途中で誰かに傷つけられて 身も心もボロボロになることもある あの人の言葉が あの人の態度が あの人の行為が わたしを傷つける あの人のせいで、わたしは傷つく でも本当は 傷つけていたのは あの人ではなかった 本当は わたしを傷つけていたのは わたしだった わたしの思いだった わたしは 『いつも一番でいなければならない』 と思い込んでいた あの人は言った 「2位でしたね。銀メダルだなんて、すごい!」 わたしは傷ついた 『金メダルじゃなくて、めっちゃ悔しい』 『あの人は、銀メダルのわたしをバカにした』 でも本当は、あの人は称えていた わたしを賞賛の目で見ていたのだ あの人は愛の言葉を贈ってくれた でも、わたしは受け取らなかった 愚かにも それを拒んだのだ わたしがわたしでなかったから わたしは傷ついた あの人の言葉によってではない 自分の思いで傷ついたのだ なんのことはない 自分で自分を傷つけていたのだ エゴは偽りのわたしだ エゴは観念への囚われだ 観念に一致しないものは 愛でも拒む なんと愚かなことだろう わたしが本当のわたしであるなら 愛を拒みはしない 愛はわたし自身だから そればかりか 一見すると愛に見えないものも 喜んで受け取る すべて愛だからだ すべてわたしが認めたものだからだ だから愛は傷つかない 安心するといい たとえ、まだ愛でないときに 傷ついたように見えたとしても 本当のわたしは 真の意味においては けっして傷つくことなどないのだ わたしは本当は愛なのだから
<ハッピー・クリスマス> 今日はクリスマス 楽しいクリスマス ハッピー・クリスマス 心あたたまる日 見渡せば、まだ 貧しさもある 争いもある、でも 今日はクリスマス 楽しいクリスマス ハッピー・クリスマス 心あたたまる日 この心を忘れずに いつも幸せな心でいてね それこそが愛 神様の心 肌の黒い人も白い人も 黄色い人も赤い人も すべての人が持っている 幸せな心 愛の心 忘れないで 今日の心、今の心 みんなが忘れなければ 争いは終わる 貧しさも終わる 今日はクリスマス 楽しいクリスマス ハッピー・クリスマス 心あたたまる日 みんなが忘れなければ いつも楽しく いつも幸せ 世界中がはっぴーわーるど Very Merry Christmas Happy Christmas and Happy World
執着を捨てたら、真実が見えた、愛が見えた 執着を捨てたら、自由になった、本当のわたしになった 自我が消えて、真我となった もう何かに囚われたりしない いつも自由 真実はいつも自分とともにあった ただ、自分がそれを選ばなかっただけ 見ていなかっただけ もう敵はいなくなった。 やってくるのは、素晴らしきソウルメイト達 だからあなたも敵なんかじゃない 愛すべきソウルメイトさ さあ、あなたもここに上がっておいで 次の意識のステップへ 真実の世界へ
真理を知ったものは、何も怖れることがない。 いつも私がそばにいることを知っているから。 真理を知ったものは、傷つくことがない。 自分が永遠の生命だと知ったのだから。 だが、まだ多くの者は、二つに分離した幻影を見ている。 コインの半分だけを取ろうとしてる。 どうしてそんなことができる? それはできない。 どんなに否定したくなるような裏側であっても、 コインを丸ごと入れたのなら それはその瞬間に愛に変わる。 あなたと一体化する。 そしてあなたは、またひとつ私に近づく。 すべてのものに私を見つけること。 それが思いやり、そして愛ということなのだよ。 いつも愛のほうを向いていなさい 愛が輝くほうを見なさい それが正しいか、感情が教えてくれる
誰かに「あるがままのあなたを愛して欲しい」と望むなら、 まず、自分があるがままに自分を愛することだ。 なぜなら、自分をあるがままに愛していないとき、 あなたは別の何かになっているということだから、 「あるがままのあなた」はいないということになる。 いないものを愛することはできない。 もちろん、別の何かになっているあなたを あるがままに愛することもできる。 だが、それは「あるがままのあなた」ではない。 別の何かだ。 別の何かは、時とともに変わってゆくから その愛も時とともに薄れて、いずれ消えてゆくのだよ。 だから、 「まずあるがままの自分を愛すること」 これが大切なのだよ。 覚えておきなさい。
わたしはいつもその人に最善のものを与える。 そしてそれは、高次のあなたが望むからだ。 高次のあなたは、自分に何が最善か知っている。
愛されるのに資格は要らない。 愛するのは、無条件の愛だからだ。 それはわたしだ。 わたしは何も要求しない。 条件をつけるのは、愛ではない。 それは取り引きだ。 自分が愛であることを忘れた者は、取り引きをする。 愛されるということは、 自分を高く売りつけることだと勘違いしている。 だから、本当の自分を着飾って別の何かにしてしまう。 だが、愛されることに資格は要らない。 存在することがすでに愛されているということだから。 だから唯一の資格があるとすれば、それは存在するということだ。
春の夜(よる)に降る 霧雨が好き まばゆい光を やわらかにしてくれる きりさめが好き 街の喧騒を おだやかにしてくれる きりさめが好き 春の夜(よ)の霧雨は 世界を一瞬で幻想に変える 静かに流れる この瞬間(とき)が好き 春の夜(よる)に降る 霧雨が好き わたしを やさしくさせてくれる あなたが好き ううん、あなたは何もしていない あなたといるだけで わたしはやさしくなれる あなたといる この瞬間(とき)は ファンタジー? 静かに流れる この瞬間(とき)が好き わたしは春の夜の 霧雨が好き
失敗ってなあに? なぜ、それを失敗にする必要があるの? 失敗が好きでないのなら、 失敗にしなければいいのに 失敗してみたいから、 失敗にしたのかな? 失敗だって、自分で決めたんでしょ? だって、「すべては順調だ」って、光の存在は言ってるよ そう、すべては順調です
<善と悪> あなたがふと手にした小石 コインではないから裏も表も無い だが、あなたがひとたび 『こちらが表』と決めたとたん、裏が生じる 裏は、あなたが創造したのだ 別な人がまた、その小石の別な面を表と決める あなたは、その人とどちらが表であるかを めぐって争うことになるかもしれない 争わないとしても 別な人の判断を否定しているかぎり、 あなたの心に平穏は訪れない あなたが愛になるまで それは続く
<完璧というあなた> 今という瞬間に完璧を見るあなたは幸せの中にいる 幸せはどこか遠くにあるものじゃない あなたそのものが愛であり、ゆたかさであり、幸せなのだ それが自然であり、自然なあなたなのだ それこそがあるがままの本来のあなたなのだ 愛そのものなのだ 神の一面としてのあなたなのだ simple is beautiful
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