67年ロサンジェルスで2人が出会い結婚、デュオを組む。リオン・ラッセル周辺に集まったミュージシャンをバックに、ハリウッド郊外のクラブで活動を続ける。68年、グラム・パーソンズに見出され、その紹介でアラン・パライザーをマネジャーに。同じ頃、パーソンズを通じて、デイヴ・メイソンとも知り合う。 68年、ドン・ニックスの紹介で、スタックス・レコーズと契約、メンフィスで『ホーム』(69年)を録音する。エレクトラ・レコーズと契約し、『オリジナル・デラニー&ボニー』(69年)でデビュー。このアルバムを高く評価したエリック・クラプトンの計らいで、ブラインド・フェイスのアメリカツアーに同行。69年11月、クラプトンの招きでイギリスにわたり、クラプトンとデイヴ・メイソンを加えてヨーロッパツアーを実施。
70年初頭、報酬の分配をめぐるトラブルから、リオン・ラッセルらバックバンドが脱退。移籍先のアトランティック・レコーズから通算3枚目の『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』(70年)を発売。次いで、ジェリー・ウェクスラーの指揮で、デュエイン・オールマンをゲストに迎えた4作目『デレイニーよりボニーへ』(70年)を発表。
71年、映画『ヴァニシング・ポイント』にグループで出演。『モーテル・ショット』(71年)の発売を最後に、72年、レーベルとの契約を失い、コロンビアに移籍。移籍後『D&Bトゥゲザー』(72年)を発表、デュオを解消する。
デレイニー・ブラムレット
1939年7月1日米国ミシシッピ州ポントトック・カウンティ生まれ。本名デレイニー・アルヴィン・ブラムレット。小作人として農場に務める母親のもと、丸太小屋で育つ。8歳からギターを学ぶ。57年から2年間徴兵で海軍に務める。
ロサンジェルスに移り、まもなくリオン・ラッセルと出会う。チャンプスに参加。64年〜66年にかけて、ABCテレビの音楽番組『シンディグ!』に、ラッセルとともにスタジオバンドとして出演。65年ラッセルとジャッキー・デ・シャノンのプロデュースで、デモ録音を残す(後に71年にデレイニー&ボニー名義で発売された『ジェネシス』に収録)。67年ボニーと結婚、デュオを結成。
72年に結婚を解消、ソロ活動に移行し、77年までに5枚のソロアルバムを残す。80年代以降、カリフォルニアにある牧場付きの自宅で、自前の作曲をしながらも、事実上の引退生活を過ごした。この間、サックス奏者の妻キム・カーメルと結婚。
91年、娘ベッカが参加したバンド、ザ・ズーのアルバムにボニーとともにゲスト参加。98年『サウンズ・フロム・ホーム』で21年ぶりにアルバムを発表。最新作は、1989年録音、2001年発売の『スウィート・インスピレーション』。
ボニーとの間に娘が3人いて、長女レベッカは、ベッカ・ブラムレットとして歌手として活動、一時フリートウッド・マックにも加入した。
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