ホモの逆襲〔中編〕
そんなこんながあって、一部トラウマになってしまった人もでたりしましたが、やがて時がたつにつれ皆、古傷も癒え脱走をかました照明のオニイさんたちもぼちぼちと劇場にまいもどってきました。
あれだけ売り込み上手だったアフロブラザー達も、流石に都内ではもう彼らを出演させるような豪気な劇場も潰えたらしく少なくとも、山の手線沿線あたりではウワサ話すら聞かなくなりました。カゼの便りに聞こえてくるのはサイタマの山奥の劇場で、スゴクタチの悪いコントだと間違われてヤクザにおわれているとか、イバラギのお百姓さんのカマを掘って指名手配になってるとか、とんでもないハナシばかりでしたが少なくともその時点では私に関係のないことなので聞き流すことにしていました。
そんなある日、昔世話になったキスブキ〔1人2役で演じる芸。アシュラ男爵の様にからだを縦半分に男と女にわけてメイクし、横向きにかたがわづつ男と女を演じ分ける。金色夜叉なんかが代表的な演目で、もともとはタイコモチの芸。〕の師匠から突然変な相談をうけました。
ちなみにこの師匠も、芸は達者ナノですが、齢70にも達しようかという年期のはいったホモなので侮るわけにはいきません。〔何しろ、弟子を全員ホモにしてしまったというへたなヤクザよりずっと怖い人なのです。)それで直接お会いするのはさけ、電話でのやり取りにしてもらいました。
ところが、何しろ電話だし師匠は耳が遠いし、こっちには通訳はいないしで、ハナシがいっこうにみえてきません。それでもお互い粘り強く1時間もはなしたころ、ようやく本題が見えてきました。
どうも、師匠の友人だか、知人のタレントがショーの出し物を替えたいらしい、ついては獣姦ショーをやりたくなったらしいんだけど、なにしろはじめてのことなので、どんな動物をつかったらいいのか、それをどういう具合に使えばいいか、勝手がわからないのでないので教えてくれと頼まれたらしい。師匠も2つ返事でひきうけたもののいくら、60年ホモやってるとはいえ、ケダモノまでは、相手にしたことはなかったのでこちらにふってきたのでした。
「あの戦時中のあんなにおとこがいないときでもあたしゃあ、人間だからね、おんなとケダモノだけは、手を出さなかったよ。」
本来ならこんな アブナイハナシはあまりのらないのですが、世のなかが正常なら、今ごろ文化勲章の5ヶや10ヶ束でもっててもすこしもおかしくない師匠の芸に免じてできるだけ、丁寧におしえてあげました。
「動物は、出来るだけ大きい方が、見栄えするけど、小馬じゃ慣れてないととても扱えたもんじゃないし、犬とかじゃちいさすぎるし、それに犬は利口だからストレスとかが、凄くたまりやすいし。そうっすね、ヤギなんかいいんじゃないですか?見栄えするし、ショーが終わったらツブして食べられますしね。」自分でも乱暴なことをいってるとおもいましたが、ここまで話すだけで2人とも疲れ果てていて、早くこの瑣末な用事を終わらせたかったのです。
最後に2人で、川越の劇場でかってるヤギのジローの話をして、電話を切りました。そしてこのことは、きった時点で2人してすっかり忘れてしまいました。
この件を思い出したのは、それから1カ月近くあとの初夏のさわやかな日曜日でした。
たまたま打ち合わせがあって、そのころオープンしたばかりの歌舞伎町に在る劇場にでかけたのです。ところが肝心の支配人がノイローゼになって入院したというのです。
もともと、大阪のヤンキー上がりのドチンピラだったかれは、およそその手のサイコ系の病が似合うような男ではありませんでした。
それでやや、コワレ気味の布団引きのオジさんに理由をきいたところ、ヤギのせいだとか、ヤギのタタリだとか、これまたヘンな事を言いはじめます。
イヤな予感がして、楽屋に通してもらったら、何だか家畜小屋のようなすえた臭いがブンブンにおってきます。
当然だけどそんなヘンなニオイがするところに踊り子は1人もいるわけがありません。
全員上の〔楽屋は、地下にあったんですね〕喫茶店にいるとかで普段ならまだオープン前のじかんですから、趣味のあまりよくないパジャマに身を包んだスッピンのアザラシみたいなオバサンたちがゴロゴロ転がっているハズなのですが、誰もいないので妙にだだっ広くかんじます。ところがだれもいないはずなのに何だか音がきこえてきます。何かをひっかくような音とよわよわしいか細い泣き声です。
声の主は、配電室のなかに軟禁されていました。しかも知りあいだったのです。ジロー!!それは、まぎれもなく川越のジローでした。ちぎれた耳と臭いハナが、その証でした。ジローなんでこんなところに!!しかもジローはゲリピーになっているらしく、あたりはベチョベチョのウンコらしきもので汚れまくっています。
事態は急を要しました。布団引きのオジさんを言いくるめ、ジローを大変な苦労をして宣伝カーにのせ〔ジローは、完全に人間不信に陥っていた。〕タカダノババにあった動物病院に連れていきました。
診断は極度のストレスによるノイローゼとエイヨウシッチョウということでした。
2〜3日病院にあずかって貰うことにして、劇場にかえるとヤギの誘拐犯どもが大騒ぎしておりました。犯人はまんまとあのアフロブラザーたちだったのです。彼らは、ヤギが自力で首輪とがんじょうなクサリを噛みちぎり、1階につながる重い防火扉を手前に引いて開け、おもむろに1階のシャッターを開けてにげたと思い込んで、もう少しで危険なヤギがにげたといって保険所をよぶところだったとわめき共演者をどこへやったのよ!!とつめよってきました。
つづく