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PLASTICS INTERVIEW before DEBUT


Plastics
 プラスチックスのメンバーと会って話をした。彼らは精神的にも肉体的にも冗談の好きな人たちであった。編成は次のとおりである。
中西俊夫:ボイス、ピンク・ギター。23歳。イラストレーター。
チカ:ボイス、シンドラム。25歳。スタイリスト。
立花ハジメ:グラフィック・ギター。27歳。デザイナー。
佐久間正英:エレクトロニクス・トリートメント、シンセベース。27歳。ミュージシャン。
島武実:コンピュリズム、デジタル・シークエンサー。34歳。作詞家。
 バンドが原宿かいわいで結成されたのは、3年ばかり前(注:'76年)のことである。タコが獲れるということで一緒に葉山の一色海岸へ行ったことから知り合った中西、チカ、立花の3人が友達を集めて6人編成の第1期プラスチックスをはじめた。最初はオリジナルはなく、「カラーに口紅」「ダイアナ」「トラックス・オブ・マイ・ティアーズ」といった50年代、60年代のヒット曲を、ファッション関係の友人のパーティーで演奏していた。

音楽が好きで、人前でギター弾くのがあこがれだったわけ。でもクロスオーバーとかテクニック至上主義みたいな時代が続いてたんで出番がなくて。で、既成のうまいへたという評価じゃないところから、ノー・ミュージシャンとうことではじめた。

 第2期プラスチックスは、中西、チカ、立花の3人に、佐久間正英(ベース)と大口広司(ドラム)の加わった編成だった。しかし、第2期プラスチックスは1度もステージに立たないまま、3ヶ月ほどで頓挫してしまう。

やりたいことはあったが、手段がわかんなかった。

という状態であったらしい。この頃から彼らはオリジナルを作りはじめている。

H,Tそれまで自分で曲を作れるなんて思っていなかった。でも、そのうちに、やりたい曲も聞きたい曲もなくなってきて、作るしかなくなって、作りはじめたらすごく楽しかった。

 現在の第3期のプラスチックスになったのは、去年(注:'78年)の10月からである。グレアム・パーカーのコンサートに一緒に行った帰りに、テレビゲームをやったところ、非常にうまい男がいた。彼なら、リズム・ボックスのボタンを押すのがうまいだろうと、指先の器用さを買われて、島武実に白羽の矢が立てられた。

ぼくはダウン・タウン・ブギウギ・バンドの会社で仕事をしているわけです。いつも宇崎君なんか舞台の袖で見ていて、ステージに上るっていいなーと思っててね。プラスチックスのメンバーは、他に仕事があって、興味のひとつとして音楽をやっている点で、同じような立場でやってる人たちだと、同じ線上でできるんじゃないかと錯覚したのがそもそものはじまりで。

 彼が加わり、佐久間正英の担当楽器がベースからシンセサイザーに変わった。11月には渋谷のジャンジャンに、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのゲストで出演してデビュー。以後、渋谷の屋根裏に月1回ぐらいのペースで出演してきている。最初に出演した時は、屋根裏が満員になったが、演奏が終っても、客席はあっけにとられてシラけたまま。2回目からはガタッと客が減ったとか。最近になってようやくもちなおしつつある。といっても舞台は屋根裏。商業的現象としてはまだまだマイナーな次元の話である。

 影響を受けた人たちをたずねると、次のような答が返ってきた。

クラフトワーク、ロキシー・ミュージック、ブライアン・イーノ、モンキーズ、マーク・ボラン、デヴィット・ボウイー、ジョニー・ロットン、トーキング・ヘッズ、アーチーズ、1910フルーツガム・カンパニー、寺内タケシ、山本リンダ、郷ひろみ、キャンディーズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ションデルズ、ミッチ・ライダー、中国曲技団、京劇、アンディ・ウォーホール、カール・オンデンバーグ、ハンバーグ、エゴンシーレ、ルイ・ブニュエル、ジャン・コクトー

........いつまでたっても終わりそうにない。


To be continued.....


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