銀色の月と輝く闇






 チャルはリシャから、カールスに出したという最後の条件を聞いて、お腹を抱えて爆笑した。何か人とは違う事を言ってくれる子だとは思っていたが、まさか――
「まさか、同居するのは恋人ではなく友人として、とはね。これは手厳しいお言葉で」
「チャル様っ!」
 リシャの慌てたような声を真正面から受け止めて、それでもチャルは笑う事は止めようとはしない。もともと、笑い上戸なのだ。
 あまりにも笑い続けるからか、リシャが憮然とした表情でチャルを睨みつけた。
「どうして笑うんですか!」
「どうもこうも……」
 そもそも、カールスがリシャとの同居を思い立ったのは、リシャとの恋人としての距離を縮める為であったはずだ。それを、リシャの友人発言で根っこから変えられてしまった、不器用な親友に同情すら覚える。
 もっとも、それ以上に面白がる感情の方が強いのだが。
「前も言ったろ?カールスは本気だ、と」
 リシャは自分の為に用意された部屋に備えつかられてある一人がけの椅子から、壁にもたれて立っているチャルを見上げてくる。それに気が付いて、チャルはようやく笑いを収めてリシャに近づいた。
「リシャが思っている程、カールスは器用じゃないからなぁ」
「それは……チャル様に比べたら、誰だって不器用になるのでは?事、女性関係となると」
「だっ……」
 突然の切り替えしに、チャルは思わず言葉を詰まらせる。奥手でかわいい妹分であるリシャの台詞とは思えない言葉だったからだ。
「誰に聞いたんだ!!」
 思わず叫んだ後、チャルは頭を抱える。これでは、肯定しているも同じ事だ。
 チャルにしてみれば、自分とて女性経験が特に豊富というわけではないと思う。確かにカールスに比べると、女性経験はある方だろうが。
「それはいいとしてっ。カールスはお前の事が好きなんだよ」
 なんとか自分を取り戻して、チャルははき捨てるようにリシャに告げる。リシャは困惑したような照れたような、複雑な表情を見せた。
「言われました。言われましたけど……」
 リシャの言葉に、チャルは苦笑した。
 信じることができないのも、無理はないだろう。まだ、二人が知り合って日は浅い。伯爵であるカールスを手放しで好きになれ、というのも酷な話だ。
 そう、相手はカールスなのだ。いつでも穏やかな表情を浮かべている癖に、妙に強引で、それでいて傷付きやすくて。共に居ても、どこか深い部分で他人を拒絶しているカールスなのだ。
「けどな……」
 言ったって信じないかもしれないけど、と付け足して、チャルは珍しく真剣な表情をリシャに向けた。
「カールスは本来、他人に自分の気持ちを伝える人間じゃない」
 その代わりに、他人からの言葉も期待はしない。幼い頃の体験が、そうさせていることは分かっているが、チャルにはなんとも出来ないことだ。それどころか、カールスを今以上に追い詰めてしまう存在になってしまうだろう。
 けれど、リシャは違う。リシャは、カールスが唯一傍におきたいと臨んだ人間なのだ。しかも、恋人という密接な関係で。
「私に多くを望まないで下さい」
「多くを望んでいるわけではない。たった一つを望んでいるんだ。……それに、これはお前にとっても悪い話じゃないと思うが」
 どこがですか、と声をあげるリシャにチャルは、どこがって……と曖昧な返事を返す。痺れを切らしたように、リシャが教えてください、と叫んだ。
「だって、そうだろう?カールスは間違いなく、リシャを諦めないだろうし、お前は間違いなく、カールスに惚れるからな」
「横暴だ……」
「何とでもいえ。それが真実なんだからな」
 リシャは納得していない様子で、頬を膨らます。子供っぽいリシャの様子に、チャルは思わず苦笑を浮かべた。
 リシャは、時折酷く子供びた表情を向けてくることがある。大人の女性が理想のチャルにとって、リシャは恋愛対象としては問題外なのだが、どこをどう間違ったのか、カールスはそんなリシャに惚れてしまったらしい。その気持ちはチャルにはどうしても理解できないものであった。確かにかわいい妹とは思うが、それ以上には思えない。
 おそらく、カールスはチャルのそんな考えを知っているに違いない。だから、どんなに長い間チャルがリシャと話をしていても、カールスはやきもちを焼く必要がないのだと、カールスが言った事があった。それ故に、リシャ関係の雑用は全てチャルに押し付けられている。
(カールスにとって、リシャはお姫様だなぁ)
 チャルはふと思う。
(それで、リシャにとってカールスは馬に乗った王子様ってとこか?)
 白馬ではないところがポイントだ。白馬を使う、などと言う事にまで、カールスは頭が回らないに違いない。だから、代わりにただの馬、なのだ。
「お前ら、恋愛経験なさすぎ」
 二人ともメルヘンの世界の生き物だな。チャルは軽く息をついた。
 それとも、メルヘン、ロマンスの世界からかけ離れた世界の生き物なのだろうか。何しろ、二人とも、妙に現実から離れた話をしつつ、現実的に現状を把握していたりする。
「私、絶対にカールスなんか好きになりません!」
 リシャは拳を握り締めて立ち上がった。
「おう。じゃ、頑張れ」
 さてと、と声をあげて、チャルはリシャの肩をぽんっと叩いた。いつまでも、リシャの話し相手をしているわけにはいかない。盗賊団の仕事を押し付けられているチャルは、これでもなかなか多忙なのだ。
 くるりときびすを返して、チャルは思い出したように足をとめた。
「そういえば、俺のよく知る人物によると、今のリシャの決意を『無駄なあがき』というらしいぞ」
「どういう意味ですか?」
「だって、もう好きになってるんだろ?恋人的ではないにしろ」
 さらりとチャルが告げると、リシャは口を閉ざした。どうやら図星だったらしい。
 おそらく、リシャがカールスに対して抱いている好きという感情は親友のような、兄のような、とにかく一緒にいて安心できる存在であるが故の好きだろう。その好き、はチャルの経験上、恋愛感情を伴った好きにうつりやすい。一緒にいて安心できる、というのは、恋愛感情の第一歩だと、チャルは考えているのだ。
「うぅぅぅぅぅ。私、選択間違ったかも……」
 リシャはがっくりと肩を落とした。
「いや、選択は正しかっただろうな。あいつは、何をしてもリシャに、うん、と言わせるつもりだったらしいから」
 はめられた、と呟くリシャにカールスは苦笑を向けた。
「ま、ここは住みやすいぞ。リシャも気にいるさ」
 余計な人間と顔を合わせる必要もなければ、気を使われる事もない。人間嫌いの気のあるカールスが、徹底的に見知らぬ人間を排除した結果なのだが、少なくとも、チャルはこのリブレスの家を気に入っていた。
「屋敷にある部屋はどこでも勝手に入っていいとさ。まずは、迷わないように探検でもしてみたらどうだ?」
 リシャは憮然とした表情で、それでもチャルの言葉に頷く事で返事を返す。
「屋敷の中で迷って、部屋に戻れなくなったら、カールスの名前を呼べばいい。あいつは、妙に耳がいいから、お前を見つけてくれるだろうな」
「わかりました」
 チャルはリシャの返事に微笑みを返して、リシャの部屋を後にした。
(カールスの思い通りになるのは癪だろうけどな。こうなったら、意地をはる事を諦めるのも大切だぞ)
 チャルは心の中で呟いて、苦笑した。
 

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