友情警報発令中 [後編]
ついた場所は、お世辞にも治安のいい場所とは思えない場所だった。城下町とはいえ、やはり、雰囲気のよくない場所というものは存在する。
「よぉ、ようやく来てくれたわけだ」
ぶさいくな男が突然姿を現して、シャルに向かって言った。どうやら、この男が喧嘩を吹っかけてきた相手らしい。
「そうですね。三ヶ月ぶりですか?毎日、僕が来るのを待っていた、というのでしたら、余程の暇人なのでしょうね」
にこにこと笑顔を絶やさずに、シャルが言う。男はぎりりと歯を鳴らした。
それにしても、こいつとシャルはどういう関係なんだろう。俺はふと思う。シャルは一応――本当に一応だけど――敬語を使っているし、なのに、二人の雰囲気が知り合いとも思えない。
「怖くて逃げ出したのかと思っていたぜ」
多分、精一杯の強がり。シャルに見抜かれまいと、自分の憤りを知られまいとする、精一杯の強がり。きっと、本当に怖がっているのは、目の前の男の方だ。それでも逃げ出すには自分のプライドが高すぎて、ただただ攻撃的にしかなれないのだろう。
第三者だからだろうか。俺には、この男の気持ちがよく分かる。よくわからないのは、むしろ、シャルの考えの方だった。
「そうですね、逃げ出した方が貴方にとっては都合がよろしかったですか?」
シャルって、こんなに怖い性格してたっけ?
俺は思わずびくりと体を硬直させた。男は、憮然と黙り込み、今度は俺に視線を向ける。
「それは何だ!助っ人か?」
助っ人……ねぇ。その方がいいのかもしれないけれど……。
「まさか」
シャルはくすりと笑った。
そう、まさか、だ。俺はシャルの助っ人ではない。そして、まだ、親友でもなくて……。
「俺はシャルのしもべだ!」
「ちょっ……エイジュ?」
急に口から飛び出してきた言葉ではあったけど、それは我ながらいいアイデアだと感じる。そう、俺がシャルのしもべになればいいんだ。
しもべ、というのはいわゆる魔法使いの「使い魔」の事である。下級の魔精が魔法使いと契約をかわし、しもべとなるのだ。俺は下級ではないけれど、魔精ではある。
「本当はマスターってよびたい所なんだけど、残念ながら、シャルが許してくれなくて」
シャルが呆れたようにため息をついた。でも、俺はやめない。
「で、俺はしもべだから、シャルとは一心同体。別に助っ人ってわけじゃねぇよ」
「そうか……ならば、俺も思いっきりやれるわけだな。今まで、散々俺をこけにしやがって!出でよ、わがしもべ!」
うげっ……こいつも魔法使いだったわけ?
ちらりとシャルに目を向けると、シャルはちっと舌打ちをした。
「ふふっ、ふははははっ。これで勝てる、今度こそ勝てる!そして、我がラリエス家も上級の魔法使い家として認められるのだ!」
どしん、と音がして、三体の魔精が現れた。当然、ランクは低い。敵にもならない相手たちだ。俺はふと笑った。
「シャル、あいつらは俺に任せろ。シャルはあのバカの相手をしろよ」
「……んー……まあ、いいけど……」
俺はシャルの返答を訊いてから、三人の下級の魔精共に目をくべた。意気込んでかかってこようとした魔精達の動きが、俺を見たとたんに、ぴたりと止まる。
シャルに喧嘩を吹っかけてきた男は、それを見て大声を上げた。
「何してるんだ!三対一だろうがっ!」
「……貴方のお相手は僕がしますよ」
シャルが男の前に立ちはだかる。男は一瞬だけ怯えた視線を向けた。
俺は、再び、三体の魔精に向き直る。
「ハジメマシテ。本来ならば、俺と口をきけるような身分でもないんだろうけどね」
びくり、と三体が体をふるわせた。俺はかまわずに一歩を踏み出す。三体の魔精は一歩退いた。
俺は、にたりと笑った。
「放たれよ、わが同胞、捕らわれし命よ」
しもべの契約を白紙に戻すには、強い魔精の力が必要だ。その点、俺はうってつけの人物といえた。
これぐらいの魔精と、あんな弱い魔法使いとの間の契約ぐらいならば、楽に解き放ててしまう。しかも、どうやら、この三体とあいつの間には信頼関係なんてもん、ないみたいだったし。
「還るべき場所へと今こそ戻れ」
すっと手を伸ばした先から、淡い青色の光が漏れる。それが、三体の魔精を包んだと同時に、魔精の姿はそこから消えていた。強制的に魔精界へ送り返したのだ。
俺は、軽く息をついて、シャル達に目を向けた。
男は呆然と俺を見つめている。そんな男の後頭部を、シャルが近くにあった棒っきれで思いっきり殴りつけた。
「何で、魔法使わなかったんだよ。もっとはやく済んだだろ?」
シャルは、有名な魔法使い一家の次男。魔法使いとしてはエリートだろう。でも、シャルは一度も魔法を使おうとはしなかった。
あのバカは撃退できたけど、それは魔法を使っての結果ではない。棒で殴りつけての結果だ。
「せめて、魔法で脅すとか……」
シャルは黙って、服についた埃を払った。答えるつもりはないらしい。
俺も、それ以上は言えなくて、結局黙り込んだ。
「誤解してるんだよ、皆」
唐突に、シャルが声をあげた。
「だからね、僕が魔法使い一家の次男って事は、僕自身、あまり思ってないんだ。でも、周りはね……違うだろ」
うん、と俺は頷きを返す。そういえば、確かに違うかもしれない。周りは――少なくとも、シャルに喧嘩を吹っかけてきたのは、シャルがシャルだからではなく、魔法使い一家の次男だから、という理由のようだった。
「魔法……使えないんだよ、あんまり。基礎しか覚えていないし、多分、鍛錬しても基礎しか使えない」
くすりとシャルが笑う。俺は何て言えばいいのか分からなくて、再び黙り込んだ。
「僕、魔力が低いんだ。魔法使いとしては致命的な程、ね」
それがコンプレックスなのだろうか。そう思ったけれど、シャルの顔には傷付いた様子はない。ただ、事実を淡々と述べているだけのようだ。
「行こうか。キールたちが怒ってそうだし」
ふいに言われて、俺はシャルを見つめた。
「俺も行ってもいいのか?」
「とりあえず、助けてもらったしね」
俺は軽く頷いた。
これは、きっと最初の一歩。俺たちは親友となるべき道を進み始めたのに違いない。シャルがそれを心底望んでいなくても、俺はシャルの親友になることを決めた。
絶対に、親友になってやる!
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