反逆者前線接近中 [後編]
「真実?」
思わず首を傾げると、キールは一つ頷いた。
「そう、真実。俺達が――というよりも、今のアーディルにどれだけの力があるのか、か」
「それって、つまり、アーディルに戦いをふっかけるつもりって事?」
別に僕としても、アーディルに組しているわけではないのだけど……。キールにしてみれば、もっとアーディルの事なんてどうでもいいのだろうし。
しかし、だからといって、アーディルで何らかの戦いが起こってしまえば、黙っているわけにもいかないのだろう。
「だけど、その力量を確かめるにも、ドール達はやっつけてしまったわけだし……」
「甘いな、シャルズ」
キールは何故か得意げに声をあげた。
「ドールの創造者はドールが動いている間の出来事なら、全て見る事が出来るんだよ」
「つまり……」
「そう。全部筒抜け」
僕は眉をひそめた。
別に自分が一級賢者って事がばれるのはいい。いいんだけど……その事だけで、アーディルと旧リファルナとの争いに巻き込まれてしまうのは御免だ。
大体、僕が一級賢者って事を公に言わないのも、それが原因なのだ。つまり、面倒事に巻き込まれるとか、そういうのは嫌いなわけ。キールと似たようなところがあるかもしれない。もっとも、キールの場合、傍観者に徹する事が出来るのであれば、争いごと、大いに結構って性格なんだけど。
「なあ、もしリファルナの残党とやらが知っている奴だったらどうする?」
ふいにキールが訪ねてきた。僕は一瞬だけ間を置いて、にっこりと笑った。
「どうもしない」
それは僕の本心。
キールに似たところがあるっていうのは、面倒事に巻き込まれるのが嫌って面だけじゃない。人との繋がりが薄いところも、きっと同じ。
基本的に、自分に関わりのある人間の数が少なく、それでいて人間の裏側ってものを知りすぎているから、何が起きても、誰が裏切っても、僕はそれほど落胆はしないだろう。そこまで、他人に期待をしていないもん、僕。
期待しなければ、裏切られてショックを受けることもない。
「基本的に、僕は優しくないんだ。信用もしないし」
「だと思った」
「けど、キールの事はそれなりに信用しているよ」
キールは腕組みをして、肩眉をあげた。
「そりゃ光栄。同類として、信用するに値する、と?」
流石はキール。僕の考えはお見通しってわけですか。
「シャルズは可愛い顔を計算高く利用する奴だもんなぁ。利害関係が一致している間は心強い味方って事だよな?」
そうだね、って答えると、キールはくつくつと笑い始めた。
「だけど、お前は流されやすいし、計算高い人間には徹しきれない。心配すんな。お前はお前が思っている以上にいい奴だ。俺が保証してやる」
キールに保証されてもね……。
僕は苦笑を浮かべた。だって、キールに保証されても、あまり嬉しくないじゃないか。もともと、キールってああいう性格なわけだしさ。
「で、問題はリファルナなわけだ」
勝手にリファルナの仕業だと決め付けて、キールは話を進めた。これでリファルナが何の関係もしていなかったら、本当に笑い事ではすまないんだろうけど。
「笑い事だろ、それこそ」
僕の心の中の呟きを読み取って――ってか、タイムリーな発言に読み取ったとしか思えないだろう――キールが言葉を返してきた。
「笑い事……かなぁ?」
「当然。リファルナじゃなくても、俺はリファルナに押し付ける。そうしたら、アーディルの敵は二つになって、エキサイティングっちゅうやつだな」
キールらしくて、何もいえなくなってしまいますよ、ほんと。
それにしても、この素晴らしくも自分勝手な精神構造は一体どういった経緯で作られたものなんだか。
やっぱり、僕とキールはどこか違っているらしい。僕はここまで開き直る事なんて出来ないし。
そんなことをぼんやりと思いながら、僕はふと思いついたことを口に出してみた。
「ドールって……そんなに簡単に作れるもん?」
「あ?」
僕は土の塊に視線を向けた。
それって、リファルナ云々というよりも大切な事のような気がするけど……すっかり忘れてた。そもそも、ドールを作るには、どれだけの力量が必要なのだろうか。
「しかも、こんなにも大量のドールを」
「大量っていうけどな、実際はそう大したもんじゃないぞ。何しろ、一つ一つの力はそう凄いもんでもないし……それに、あれぐらいなら多分、お前でも出来るぞ、シャルズ」
「僕?でも、僕、魔力、ほとんどないし……」
僕が言いよどむと、キールは意味を多大に含んでいるような、なんとなく人を嫌な気分にさせる笑みを浮かべてきた。
「魔力なんて、あんまり必要じゃないんだよ、この術には、な」
ってか、どうしてそういう事に詳しいわけ?この人は。なんか、噂に聞くサミスーラ帝国の主導と次期主導のみが受け継ぐといわれている禁呪の事も詳しく知っていそう。
「やりたいなら、教えるぞ?」
悪戯めいた光を浮かべつつ尋ねられて、僕は思いっきりかぶりを振った。冗談じゃない。僕はまだ、人間でいたいんだ。
「そりゃ残念」
どこまでが本気でったのか。おそらく、全部本気だったんだろうけど。
僕がじとりとキールをにらみつけると、キールは飄々と笑って見せた。
「まあ、どっちにしても俺達の力を目の当たりにした以上、すぐには仕掛けてこないだろう。今のとこ、何の心配も要らないだろうからな」
「そういうもん?」
「俺様が言ってるんだ。間違いはない」
そういう事にしておきましょ。
「シャルズ殿」
僕がそれでも何かをぶつけようと開いた口は、フォスの僕を呼ぶ声で遮られた。
不満げにキールをみやると、キールは何故か満面の笑み……ただし、邪気は含む。この人、絶対、フォスが来るタイミングを見定めていたに違いない。
「ご無事か?」
「ま、キールのお陰でね」
フォスは僕に微笑んで、キールを見た。キールと僕のやりとりを全てきいていたわけではないだろうが、大体は把握しているのだろう。これでも、やっぱり、フォスは一級賢者なわけなのだから。
「……色々な意味で子供っぽいといわれたこともござろう、キール殿」
「しょっちゅうね」
威張ることじゃないだろ、威張ることじゃ。
でも、ま、いいか。なんだかんだ言って、僕もどこかで楽しんでいる。これから、どうなるんだろうって、わくわくする気分が心の中にあるってこと、否定は出来ない。
「キール」
だから、僕は一番自信のある笑みを浮けべて、キールを見上げた。
「これからもよろしく」
キールは僕の言葉に一瞬だけ面食らったような表情を浮かべて、それでもすぐにいつもの笑みを浮かべた。
「おう、よろしくな、同類」
……う……。やっぱり、同類は嫌かも……。
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