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この嵐の始まり


中編その1


「キール、人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやら、よ」

 キールの言葉に不穏な響きを感じてか、メラフィがキールを睨み付けながら言った。確かにキールに、面白い事になりそうだ、なんて言われて落ち着いていられるはずがない。

 しかし、キールはメラフィの言葉を気にする様子もなく、不敵ににやりと笑って見せた。

「へぇ、恋路ねぇ。アーディル国王に反対されたら困るから、実らない方がいいのかなぁ……なんてもんが恋路と呼べる程立派な物だというのなら驚きだな」
「それはっ――……」

 キールの手痛い反撃にあって、メラフィは途端に先ほどまでの威勢を失くして俯いた。

 キールの言葉はきつい。キールの冷たさすら感じられる言葉を耳にすれば、メラフィでなくとも大抵の人間はへこむだろう。キールに悪意を感じられず――ただ、本音のみを口にしている事がわかるからこそ――余計に突き刺さるのだ。

「それで諦めきれる恋なんだったら、やめておけ。種族を超えた恋なんて、荷が重すぎるって事だ」

 キールにしてみれば、まともな事を言う。確かに僕が考える以上に、種族を超えた恋というものは重いものなのだろう。――キールの言うとおり。

 もっとも、キールにしてみれば、メラフィの事を考えて言ったというわけではなく、簡単に諦められてしまうと面白くないという事なのだろうけれど。

「どうせ、反対されるだろうしな」

 キールが言葉を続けると、メラフィはおずおずとキールを見上げた。

「キールは反対?」
「お前と始闇の事をか?」
「そう。だって、始闇はキールのしもべでしょ?主として反対するのかなって」

 キールはにやりと笑った。

 そのまま、分厚いファイルを抱えなおし、頭一つ程下にあるメラフィの頭をそれで軽く叩く。別にわざわざ持ち直してまで、ファイルで叩かなくてもいいと思うのだけど、キールのすることはいまいち理解できない。

「言っただろ。面白い事になりそうだ、と。なんで反対する必要がある?」

 すさまじくキールらしい考えだ。もし、アーディルに「キールる」という言葉があるならば、その意味は「俺様的行動をする」に間違いないだろう。

 メラフィが真剣に悩んでいるというのに、僕は思わず笑ってしまった。それに、メラフィが咎めるような目線を送ってくる。

「シャルちゃん、笑うなんて酷いよ」
「ああ――ごめん」

 別にメラフィの事で笑っていたわけではないのだけど、こんなメラフィを前にしておかしな事を考えていた自分に非はある。

 僕が素直に謝ると、メラフィは満足したように頷いて、再びキールに顔を向けた。

「時間だから、私、もう行くけど……その前に教えて。……反対はしないって事だよね?」
「反対は、しない」

 メラフィは途端に表情に喜色をのせた。でも、僕はキールの言葉に含みを感じる。

 反対は、しない――。

 そう言うキールの言葉には、絶対に裏があって……。

「反対はしないんだったら……何するの?」

 メラフィがいなくなってから、こっそりとキールに尋ねると、キールはにやりと笑った。

「ちょっくら、しもべで遊ぼうかと思ってな」
「程ほどにね」

 キールはもう一度口元を歪めると、思い出したような顔つきで、僕に分厚いファイルを差し出してきた。

 促されるままに受け取りながら、僕は首を傾げる。

「何、これ」
「戻しといて。――魔術資料室な。俺、用事あるし」

 魔術資料室なら、僕に与えられている部屋からは目と鼻の先だ。二つ返事で頷くと、キールは僕の肩をぽんっと叩いて行ってしまう。

 僕はキールの背中を見送って、手元のファイルに目を落とした。好奇心に誘われるままぱらぱらとめくってみると、それはなんてことはない主要魔法使い家の家系図だった。魔法使いの私室には地図字が深く関係しているので、家系図は重要な資料の一つなのだ。

「へぇ……キール、ちゃんと仕事していたんだ」

 キールが聞いていたら殴られそうな事を呟いて、僕はそのまま家系図に目を走らせた。

「あ……」

 しばらく様々は名前を追っていた僕は、見知った人間の名前を見つけて、思わず声をあげた。

(キールってファルビアンの第一分家の養子なんだ……)

 いつも、あまりにも傲慢な態度を取っていた上に実力も伴っていたから、僕はてっきり上級魔法使い一家の生まれだと思っていたのだ。

 僕はわざと音をたててファイルを閉じると、小さくため息をついた。

(キールって、知れば知るほど謎が増えていくような気がする……)




 ともかく、一人そんなことを考えていたその時の僕は、僕にファイルを押し付けたキールが、どこへ何をしに行ったのか知らなかった。


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