中編その2 「我が主、お呼びですか?」 キールは重々しく頷くと、たった今呼び出したばかりの己のしもべに目を向けた。――魔精王、始闇。強大な力を持ちし魔精界の王だ。 「ああ。少々事実確認をしておきたくてな」 キールの言葉に始闇は下げていた頭をあげ、跪いたまま訝しげな視線をキールに送ってきた。 ――キールは、このような礼儀を始闇に望んでいるわけではない。もっとざっくらばんに――というのは始闇の性格上難しいかもしれないが、せめて堅苦しい態度は改めて欲しいと常々考えているのだ。もっとも、始闇は主に似て驚くほど頑固だから、自分の態度を変える事はありえないのだろうが。
「突然だが、メラフィに告白されたんだろ?――お前の気持ちはどうなんだ?」 始闇はますます訝しげにキールを見やった。
「好きか嫌いか」 それに――、と始闇は言葉を続けた。
「それに我は魔精であり、彼女は人間です」 始闇の言葉を引き継ぐ形でキールが言うと、始闇は一つ頷いた。 種族が違う事はキールとて重々承知だ。しかし、それを経てに全てをなかった事にする、という態度はキールのよしとするところではない。 キールは横を向いて、小さく鼻で笑った。 「前例がないわけではない」 始闇がキールの視界の端でぴくりと反応する。
「人間と結ばれた魔精だっているだろう?」 人間の女性と恋におち、結婚までしてしまった流影という魔精の事は関係ない。キールは始闇の顔を真正面から見詰めた。 「それだって、前例がないわけじゃないだろ。もっとも、結末は悲劇だったがな」 キールの顔が瞬時にこわばる。キールは半ば始闇を睨み付けるように見詰めたまま、言葉を続けた。 「理由は違えど、二人とも、各々の種族の手によって封じられたのだからな」 魔精と人間。決して敵対していたわけではなかったが、二人の恋を認めるわけにはいかない事情というものが存在した。二人の仲を容認するには、彼らの存在はあまりにも強すぎた。 しかし、今は違う。二人とは違う方法で、自分達の想いを貫く事は出来るだろう。過去に起きた過ちを、反面教師として――。
「魔精の事情は知らんが……だが、人間は非力だったからな」 始闇の強張った表情も、キールの理解の範疇だ。それは、キールには知りえない事。否、キールだけではなく、魔精王以外には知りえない事だったから。
「隠される真実は多いよな。――魔神シャルズルアンが、女性であった事実も含めて、な」 始闇がかすれた声をあげる。キールは小さく笑った。 「キール様、だよ」 始闇が聞きたい事は分かっていて、キールは軽く答えた。 ――魔精王以外に知りえない真実を知るキールは、一体何者なのか――。そう、始闇は問いたかったのだろう。 「お前の主で、人間を超越したキール様、だ。だから、何を知っていてもいいんだよ」 本当に知りたいのならば、教えてやってもいい。しかし、どちらにせよ、それは今ではないのだ。今はまだ教えるわけにはいかない。その理由も意味もないのだから。 「俺はお前を……魔精王をしもべにおける人間だぞ?何があったっておかしくはないだろう?」 始闇はキールに探るような目線を送り、やがて、一つ頷いた。 「そうですね……」 納得したわけではないのだろう。しかし、キールは始闇の主であったから、だから無理やり納得させる事にしたのだ。主に従う為に。 キールは腕を組んで、再び始闇に真っ直ぐな視線を向けた。
「それで、お前はどうしたい?立場を無視して――何がしたい?……お前が本気なら、本気でメラフィの事を考えているのなら、俺はお前に協力してやる」
始闇はキールを真っ直ぐに見詰め返して、唾を飲み込んだ。 |