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この嵐の始まり


中編その2


「我が主、お呼びですか?」

 キールは重々しく頷くと、たった今呼び出したばかりの己のしもべに目を向けた。――魔精王、始闇。強大な力を持ちし魔精界の王だ。

「ああ。少々事実確認をしておきたくてな」

 キールの言葉に始闇は下げていた頭をあげ、跪いたまま訝しげな視線をキールに送ってきた。

 ――キールは、このような礼儀を始闇に望んでいるわけではない。もっとざっくらばんに――というのは始闇の性格上難しいかもしれないが、せめて堅苦しい態度は改めて欲しいと常々考えているのだ。もっとも、始闇は主に似て驚くほど頑固だから、自分の態度を変える事はありえないのだろうが。

「突然だが、メラフィに告白されたんだろ?――お前の気持ちはどうなんだ?」
「と、おっしゃられますと?」

 始闇はますます訝しげにキールを見やった。

「好きか嫌いか」
「……気にはなります。それを好きと呼ぶのなら――好きなのでしょうが……」

 それに――、と始闇は言葉を続けた。

「それに我は魔精であり、彼女は人間です」
「種族が違うので想いには答えられませんって所か?」

 始闇の言葉を引き継ぐ形でキールが言うと、始闇は一つ頷いた。

 種族が違う事はキールとて重々承知だ。しかし、それを経てに全てをなかった事にする、という態度はキールのよしとするところではない。

 キールは横を向いて、小さく鼻で笑った。

「前例がないわけではない」

 始闇がキールの視界の端でぴくりと反応する。

「人間と結ばれた魔精だっているだろう?」
「流影(ルエイ)の事をおっしゃっているのでしょうが、彼と我とでは立場が違います。……我は魔精王ですから」

 人間の女性と恋におち、結婚までしてしまった流影という魔精の事は関係ない。キールは始闇の顔を真正面から見詰めた。

「それだって、前例がないわけじゃないだろ。もっとも、結末は悲劇だったがな」

 キールの顔が瞬時にこわばる。キールは半ば始闇を睨み付けるように見詰めたまま、言葉を続けた。

「理由は違えど、二人とも、各々の種族の手によって封じられたのだからな」

 魔精と人間。決して敵対していたわけではなかったが、二人の恋を認めるわけにはいかない事情というものが存在した。二人の仲を容認するには、彼らの存在はあまりにも強すぎた。

 しかし、今は違う。二人とは違う方法で、自分達の想いを貫く事は出来るだろう。過去に起きた過ちを、反面教師として――。

「魔精の事情は知らんが……だが、人間は非力だったからな」
「我が主……?」

 始闇の強張った表情も、キールの理解の範疇だ。それは、キールには知りえない事。否、キールだけではなく、魔精王以外には知りえない事だったから。

「隠される真実は多いよな。――魔神シャルズルアンが、女性であった事実も含めて、な」
「我が主……」

 始闇がかすれた声をあげる。キールは小さく笑った。

「キール様、だよ」

 始闇が聞きたい事は分かっていて、キールは軽く答えた。

 ――魔精王以外に知りえない真実を知るキールは、一体何者なのか――。そう、始闇は問いたかったのだろう。

「お前の主で、人間を超越したキール様、だ。だから、何を知っていてもいいんだよ」

 本当に知りたいのならば、教えてやってもいい。しかし、どちらにせよ、それは今ではないのだ。今はまだ教えるわけにはいかない。その理由も意味もないのだから。

「俺はお前を……魔精王をしもべにおける人間だぞ?何があったっておかしくはないだろう?」

 始闇はキールに探るような目線を送り、やがて、一つ頷いた。

「そうですね……」

 納得したわけではないのだろう。しかし、キールは始闇の主であったから、だから無理やり納得させる事にしたのだ。主に従う為に。

 キールは腕を組んで、再び始闇に真っ直ぐな視線を向けた。

「それで、お前はどうしたい?立場を無視して――何がしたい?……お前が本気なら、本気でメラフィの事を考えているのなら、俺はお前に協力してやる」
「我は――」

 始闇はキールを真っ直ぐに見詰め返して、唾を飲み込んだ。


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