[中編] マスターに促されるまま、僕は第三王子を連れて、執務室を後にした。別に退室を求められていたわけではないけれど、第一目的であったジョジョスの王子に会う、というのが達成できたので、留まる必要がなかったからだ。
「お名前は?」 部屋を出るなり名前を聞かれて、僕は素直に名前を告げた。 「成る程、名前も可愛らしい」 と、ここで僕の右手を取って、軽いキス。 ……と同時に、第三王子は僕の顔を驚いたように見上げてきた。そのまま、ごしごしと自分の口を強くこすって、そして、紡ぎだされた言葉は―― 「オレの第八感が告げたっ!お前っ、ほんとは男だろ!」
……本当は、も何も……僕、始めから男なんですけど。 しばらく驚いたように叫び声を上げていた第三王子は、へらりと笑って、僕に右手を出してきた。僕は不本意ながらも、右手を出して、軽く握手をしてやる。 大体、叫びたいのは僕の方だ。キスって、されるほうがするほうよりもずっと嫌なもんじゃないか。 僕が微笑みながらも、本心で微笑んでいない事が分かったのか、第三王子は困ったように頭をかいた。
「ほんっとに悪かったって。えーっと……コールストーム?」 必要以上に冷たく言うと、第三王子は再びばつの悪そうな顔で僕を見詰めてきた。僕がかなり怒っていると思っているらしい。本当はそんなに怒っていなかったりもするんだけれど。もともと、僕って怒りが持続する方ではないし。 だけど、小国とはいえ一国の王子の困惑する顔なんて、そうそう見れるものではない。僕はあえて無表情のまま第三王子に目を向けた。 「シャ〜ルズ、せぇかく悪いのね。わかってたけどねぇ」 くつくつと笑う声と共に、僕の後ろから声が響く。振り返るまでもなく、それがキールである事は分かっていたけれど、その言葉の内容に、僕は少しばかりの抗議の意味も込めて背後を振り返った。
「僕の何処が性格悪いの?」 それは正しいかもしれない。 むう、と僕が考え込むと、第三王子が焦れた様に声をあげた。 「って、今の怒り、演技?」 うん。 僕が軽く頷くと、第三王子はがっくりと肩を落とした。どうやって謝ればいいのか、本気で考えちゃっただろ。なんて事をぶちぶちと呟きながら、僕を恨みがましく見詰めてくる。仕方がないので、僕はとっておきの笑顔を彼に向けてやった。 そのおかげかどうかは分からないけれど、第三王子は気を取り直したようにキールに目を向けた。 「ところで、お前、誰だ?」 その命令の仕方が堂に入っていて、彼はやはり生まれながらに王家の人間なんだと感じさせられる。王家とまではいかないけれど、同じように特別階級の僕でも、命令なんて滅多に――というか、今まで一度もした事がないかも――しないから。 「はー……これはこれは……。俺様の第十六感が告げるには、ジョジョス王国第三王子のジョジョス・ファーレンハイトデンカサマ?」 そういえば、キールはさっき、執務室にはいなかった。という事は、第三王子の顔を見るのはこれが初めてなのだろう。 第三王子はキールに目を向けて、小さく息をついた。 「ファーレでいい。ジョジョスの人間でも、オレの部下でもないんだから、別にこびへつらう必要はないんだからな」 と、そのまま僕に目を向けて、シャルズもな、と第三王子――ファーレは続けた。僕は、なんとなくそのまま頷いてしまう。その方が楽でいいし。 「で……貴方は?」 今度は幾分か柔らかめに言う。これ以上威圧的に言っても意味がないと感じたのだろう。その辺の切り替えの早さは賞賛に値する。 「俺はアーディルの筆頭魔法使いキール・スプリング・ファルビアンだ」 ファーレは大きく目を見開いて、まじまじとキールを見詰めた。驚く気持ちもよく分かる。キールのその姿はアーディルの筆頭魔法使いには見えないのだろう。 キールはそんなファーレににやにやとした笑みを向けて、僕を人差し指で指した。ファーレの視線がそれに促されるように僕に移動する。
「因みに、シャルズはああ見えても歴史編集室の室長とやらをつとめる、優秀な人物だ。その上……」 キールの言葉尻を受け取って、僕はにやりと笑いながら後を続けた。 どのみち、アーディルの学院にファーレを推薦する時は一級賢者の権限をつかうつもりだったのだし、別に彼には隠す必要もない。そもそも、王家に名前を連ねる人間ならば、誰が一級賢者であるかは簡単に分かる事なのだ。 ファーレは先刻以上に目を見開いて僕を見詰めてきた。しばらく呆けていて、やがて、ファーレは困ったような笑みを浮かべた。
「面白いな、アーディルって」 大体、国自体がおかしい。どうして、あの小さい国が13個に別れていて、きちんと国として成り立っているのか不思議で仕方がない。 「そういえば、ジョジョスって王位争奪戦みたいなのをしているんでしょ?」 僕はふと思い出して、ファーレに尋ねた。 ジョジョスでは強い王しか認められない。その為、王位継承権を持つ、我こそは国王にふさわしい、という人間が参戦し、次期王位を争うのだという。先ほどのマスターとの話から推測するに、ジョジョスは現在、その王位争奪戦の真っ只中らしいのだ。 「王位争奪戦ね。長兄様と次兄殿下が争ってるな。まぁ、結果は目に見えて明らかなんだけどさ」 そういうファーレの口調は淡々としたもので、王位争奪戦に興味があるとも思えない。第三王子として決して人事ではありえないのに、まるで人事のような響きさえ含んでいる。 僕は首を傾げた。
「というと?」 かなりの自信家の言葉だ。それだけ、自分に自身があるという事なのだろうか。 「……裏付けでもある?」 興味に駆られて尋ねると、ファーレは何事かを考えるように腕を組んだ。 「まあね。有りすぎるかもな」 予想通りの言葉だ。苦笑して、思わずキールに目を向けると、キールは面白そうに笑っている。そういえば、キールは自分が深く巻き込まれない限りは、揉め事大いに結構タイプの人間なのだ。しかも、彼は何故か、そういった人物を見出すことに長けている。 いや、彼の場合、呼び起こして楽しんでいる節さえあるのだ。 「……それだけ自分に自信があるんなら、自分で王位を継ごうとか、考えなかったの?」 これはいたって普通の質問だと思う。だけど、ファーレはわかってないな、といわんばかりに僕の目の前で人差し指を左右に振った。 「王位なんて継ぐもんじゃなし。オレは長兄様を王位につけた功労者として、一生らく〜に暮らすのです」 それは、ある意味正しいかもしれない。 納得しかけた僕の思考をさえぎって、ファーレは言葉を続けた。
「それに、功労者って事で、多少無茶やっても許されるっしょ?」 鸚鵡返しに尋ねると、ファーレは照れたように微笑んだ。 「オレ、将来の夢があるんだ」 僕よりも年上のくせに、その顔が妙に幼くて、なんだか微笑ましい。少年よ大志を抱け、なんていう羊畑のおじさんの言葉じゃないけれど、夢を持つっていい事だな、なんて妙に悟った事を思ってしまう。 「へぇ、どんな?」 戻ってきた答えに、僕は先ほどの爽やかなまでの考えを後悔した。 ジョジョス王国第三王子、恐るべし。だって、彼の答えっては無茶苦茶不健全な物だったから。 ……彼は、照れた笑みを浮かべたまま、こうのたまってくださったのだ。 「オレ、ハーレム作って綺麗な女性百人以上はべらすのが夢なんだ」 脱力するのも無理ないよね?……キールは大爆笑してたんだけどさ……。
|