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すじ雲、天高く
[後編]


 この人って、すっごいバカ?

 僕がそう思ってしまうのを、誰が責めよう。将来の夢はハーレムを作る事、なんて事を簡単に言ってしまえる人がバカじゃなくて誰がバカなのだ。

 僕はこっそりとため息をついて、ファーレを見詰めた。

「……ハーレムが夢なんだったら……どうして学院に?」

 次期国王の片腕になりたい、という理由だったら納得もいく。それには確かに勉強というのも必要だろうから。だけど、ハーレムを作る、となると話は別だ。それに相応しい教育課程なんてもの、流石のアーディルの学院にも存在しない。

「ホント言うと、勉強がメインじゃないんだ。――ジョジョスから離れる事が一番の目的」

 しれっと答えると、ファーレはくるりと後方に目を向けた。その目線に促されてか、すたすたと紺色の制服らしきものを身にまとった青年が近づいてきて、優しげな笑みをたたえて、僕に向かって会釈する。僕は、というと、会釈を返す事すら忘れて、その青年に見入ってしまった。初めて目にするプラチナブロンドの髪が、僕の目に飛び込んできたからだ。

「これ、オレの魔法使いで、P.T.プラチナ」

 ファーレがはにかんだ笑みを浮かべて、僕とキールに青年を紹介した。青年がもう一度会釈をする。今度こそ、会釈を返しながら、僕は内心で首を傾げた。

 さっきの話とのつながりが見えない。

 勉強がメインじゃなくて、ジョジョスから離れる事がメインで、プラチナがファーレの魔法使い……ってどういう事?

「……プラチナ」

 僕が口を開こうとした瞬間、それをさえぎるようにファーレが鋭い声をあげた。何事かとファーレの視線の先に目線を移して見ると、小さな人だかりが出来ている。

 プラチナの制服によく似た、だけどどこか違う服を身にまとい、左右にアーディルの門番らしき人物を貼り付けた形で男が一人、僕達に向かって歩いてくる。ファーレは、どうやらその男に目を向けていたようだった。

「あれもファーレの?」
「あれは違う。オレのはプラチナだけでいい」

 ファーレはちらりと僕に目を向けて、再び僕達に向かってくる男に目を戻した。

「ファルビアン様!」

 男の左右にいる門番の右側がキールの顔を見つけて、安心したような声をあげる。左側も、その声でキールの存在に気が付いてか、安堵の表情を浮かべた。

「助けて下さいっ!この方が、ジョジョスの刺客だって言い張るんです!」

 は〜い、ここにもトラブルの種さん登場。

 あまりもの半お約束的展開――お約束と違う所は、本人が刺客だと言い張っている所だろう――に、僕はついつい苦笑を浮かべた。

「……刺客、ね。――お前達、行っていいぞ」

 小さく呟いて、キールは門番達を追い払う仕種をする。門番達は戸惑ったように視線を彷徨わせて、僕に縋るような目を向けてきた。

 彼らにしてみれば、いくらキールが行っていい、と言っても、自称刺客と僕達だけを残しては行けないのだろう。だけど、キールがいい、と言っているのだ。確かに門番達はあまり役に立ちそうにもない。僕は苦笑を浮かべたまま、門番達に頷いた。

「キールの言うとおりにして構わないよ。僕もいるから」
「コールストーム様もそうおっしゃられるのでしたら……」

 門番達は僕の言葉を受けて、それでも心配そうな顔を浮かべながら、持ち場に帰っていく。僕はその背中から目をそらせて、自称刺客を見た。

 年の頃は多分マスターよりも年上。運気のなさそうな情けない顔をしている。どこから見てももてそうにない、全てに疲れてしまったような、典型的なくたびれたサラリーマン風。

 ――加えてハゲだ。

 そのくたびれた男は、僕とキールとファーレの顔を一通り見やった後、プラチナで目を留めた。にやり、と口元が上がり、すぐに視線はそらされる。

「私、不肖ながら、次男ジョジョス・ケルビン様に仕える――」
「ファーレンハイト様、ご命令(オーダー)、なさいますか?」
「うん」

 プラチナが長々と前口上を始めようとした男を目線で制して、懐から二つ折りにされた紙をファーレに差し出した。なんだか、和やかな空気が二人の周りだけを取り囲んでいる。

 僕は、ファーレ達の行動が分からないまま、キールに目を向けた。

「いいの?自称刺客の事」
「心配ないだろ」

 キールはにやりと笑って、プラチナを顎で指した。

「プラチナの制服の袖に四本の線が入ってるだろ?」

 キールの言葉に、二つ折りの紙を前に何事かを悩んでいる様子のファーレの前で、にこにこと微笑んでいるプラチナを見やる。確かに、彼の制服の袖には金色の線が四本入れられている。

「あれ、ジョジョスの筆頭魔法使いの証だ」

 僕が驚いて声をなくしている隙に、キールがぱちんと指を鳴らした。どうやら、小範囲の結界をはったみたいだ。恐らくは、プラチナがアーディルで魔法を使えるようにする為のものだろう。

 アーディルには結界が存在する。それが、魔精を使った魔法以外の魔法の効果を弱めているらしい。だから、アーディルでは、アーディルの独特な魔法しか発展しないのだ。
 ――すなわち、魔精を召喚する、コールストームとファルビアンに連なる一族にしか使えない、「アーディルの魔法」だけ。

「シェフの気まぐれ豆腐尽くしコース、にする」

 やがて、ファーレが満足気に二つ折りの紙から顔をあげた。

 プラチナは笑顔で頷き、ファーレに一礼をする。

「では、ファーレンハイト様。料理を開始しても、よろしいですか?」
「いいよ」

 料理って何の事?

 僕が目をまんまるにしている間に、プラチナはファーレを背中にかばうように立ち、神経を集中させた。

「まずはおなじみ、冷奴!」

 再び前口上を始めようと口を開いた男は、プラチナの放った水系の魔法に先制された。他国の魔法についてはあまりよく知らない僕だけど、それでもプラチナの放った魔法がそれなりの威力のものだという事はすぐわかる。

「流石は筆頭、オリジナリティにあふれてるな」

 キールが面白がるように口笛を吹いた。

「続いて、麻婆豆腐、激辛バージョン!」

 そして続いたのは、炎系の、おそらくは高位の魔法。

 それで、僕はようやく分かった。彼は――ジョジョスの筆頭魔法使いであるP.T.プラチナは――ファーレの選んだメニュー通りに魔法を使っているのだ。まるで、コース料理のシェフのように。

「高野豆腐もお付けします!」

 辺りは瞬く間に風に飲み込まれ――

「デザートには杏仁豆腐を……」

 白い霧が辺りを包み、やがて、静けさを取り戻した。

 男がいた場所には何もない。彼は一体どうなったのだろう。僕がぼんやりと考えている間に、キールはもう一度指を鳴らし、結界を取り去った。

 結界のせいだろうか。辺りは魔法の効果を受けていないようで、何事もなかったかのようにいつもと同じ風景が広がっている。

「……あの人、死んだの?」

 僕の問いに頭を振ったのはファーレだった。

「一人では到底戻ってくる事は出来ない程の遠くへ飛ばしただけだろ。……運がよければ、戻ってくる事も出来るだろう」
「本当は本当の意味で消してもよかったのですが……ファーレンハイト様はお嫌でしょう?」
「うん。目の前でってのは、ちょっとな」

 そういう問題だろうか。

「だって、後味悪いの、嫌じゃないか」

 ファーレは、僕の心の中を読み取ったように小さく笑って呟いた。


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