魔法使い前線接近中 [前編]
絶対に魔法使いにだけはならないと、そう決めたのはいつだったのか。あまりにも、昔の事で覚えていない。
この国では魔法使いは保護される存在。特別な家系のみが扱える「魔法」と呼ばれるものを失う事を恐れた時の国王が、その昔、そんな法律を作った。それから、ゆうに百年は経とうというのに、相変わらず、魔法使いは保護されている。
僕は、そんな特別な「魔法使い」一家の――しかも、その本家本元であるコールストーム家の――次男坊である。
次男坊とはいえ、さっきも言ったように、魔法を使えるのは特別な家系のみ。当然、僕も魔法使いになるべく育てられてきた。そのおかげというべきなのか、僕も、いくつかの魔法を使う事が出来る。けれど、僕は魔法使いになるつもりは少しもなかった。
多分、そんな事、口に出して言ったら、父さんにぼこぼこにしばかれるだろう。魔法使い一家としての自覚がないとかなんとか。だから、僕の、このささやかともささやかではないともいえる望みを知っているのは、兄さんと幼馴染のセフィーダだけだった。
兄さんは魔法使い一家の長男として、当然、魔法使いをやっている。そして、幼馴染のセフィーダといえば、魔法使いの見習いである。
と、ここまで言えば、予想できるかもしれないけれど、僕が魔法使いにだけはなりたくないと、そう決めた一因には、この二人の存在もあったような気がする。もっとも、それがすべてではないのだけど。
「シャルズ君〜」
本日何度目かのため息をついて、声の主を振り向くと、セフィーダの姿があった。その横には、何故か兄さんの姿もある。見習いのセフィーダはともかくとして、一人前の魔法使いである兄さんに、暇な時間など、そうあるわけではない。
僕は兄さんの姿を見て、眉をひそめた。
何かよからぬ事を企んでいるに違いない。なんせ二人が二人とも、性格悪いんだから。
「何か用?」
それでも基本的に兄さんには従順でお姉さま好き――セフィーダは僕よりも四つばかり年上だ――の僕は、正直、いかなる理由であろうと二人に会うのは嫌ではなかったりする。そんな感情は知られたくなくて、僕は努めて平静に声を出した。
「素晴らしいご挨拶ね、シャルズ君」
腕組みをして、セフィーダは僕を見下ろしてくる。体のラインがはっきりと出るミニスカートが妙な色気を醸し出している。これが、セフィーダでなかったら、僕は、彼女を口説いていたに違いない。
だけど、悲しいかな。僕はセフィーダの裏の面を知りすぎている。
「何させたいの?」
「させるなんて、人聞きの悪い。……被害妄想が強すぎるんだよ、シャルズは」
兄さんは苦笑した。
よく言う……。僕がそれだけ思う分には、十分、いろんな事をさせられつづけているのだ。
うらむべきは、半端じゃない兄と幼馴染を持つにも関わらず、二人を嫌いになれない自分自身か?
ともかく、余計な事はやりたくない、と思いっきり拒絶していると、兄さんは自然な笑みを浮かべた。
「シャルズ、兄さんの助けになって欲しいな」
「魔法使い様の天使の微笑み」と呼ばれるそれは、老若男女関わらず、全ての人間を虜にする。裏が思いっきりあるにも関わらず、全く邪気のない笑みに見えるのが、それの凄いところだ。
そして、僕は、その笑みにかなり弱かった。
だって、考えてみてよ。超絶な美形の見た目は優しそうなお兄さんに、お願い口調で言われてみろ。絶対、断れないから。
「シャルズ君、お願い」
こっちは瞳をうるうるとさせてお願いする、「うるうる作戦」だ。これで落ちない男はいないのだそうだ。……自称、美人なお姉さま、のセフィーダに言わすと、だけど。
そして、僕は、この瞳にもかなり弱いわけだ。
僕は深くため息をついた。あくまでも、渋々協力するんだからな、というスタンスは崩さずに上目遣いで二人を見上げる。
「甘味処:数珠のウルトラミラクル宇治金時食べさせてくれるなら」
うぐ、と兄さんが口を抑える。兄さんは甘いものが大の苦手なのだ。
因みに、ウルトラミラクル宇治金時とは、数珠という甘味処の看板メニューの一つだ。宇治金時の上に更に宇治金時がかかっていて、ボリュー満点、甘さ満点の僕のお気に入りだ。それ位の見返りは期待しても許されるだろう。
兄さんは口を抑えたまま、うんうんと激しく頭を上下にふった。
「わかった。おごる!」
……と多分、言ったのだろう。なんせ、口を抑えて声を出すから、はっきりとした事はいえないが。
「あんた、単純ね〜」
セフィーダが呆れたように僕に言った。
「どんな事を頼まれるのかも知らないで」
やれやれとため息をつきながら呟いたセフィーダを思いっきり睨み付け、それでも、頭はウルトラミラクル宇治金時に向けたまま、僕は小さく鼻をならした。
「やんないっつったら、怒る癖に……」
「そりゃそうよ」
憮然と言うと、セフィーダはにっこり笑う。兄さんは、というと、ようやく甘いもののショックから立ち直ったのか、セフィーダの横に立って思いっきり含みのある笑みを浮かべていた。……どうせなら、天使の笑みを見せて欲しかった……。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、その後、二人は仲良く声を合わせて言ってくださった。
「「だって、シャルズ(君)の世界は私達(俺達)を中心に回っているんだから」」
へぇ、僕の世界はまわされているのか。
まったく、ツッコム気力も失せるよ。ほんとに……
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