「事情はうかがいました。シンガポールは夜便もありますが、ビジネス以外満席です。皆様に追いつくということを第一に考えると、一旦バンコクに飛んで移動というのはどうですか?」
微笑の国・タイ、バンコク。いや、真夜中に到着してホテルも手配してないオンナに、バンコクはそうそう微笑んでもくれないだろう。
「今回は私のミスなんでビジネス自腹で結構です。シンガポール夜便手配してください〜」
痛い出費だが、致し方ない。ヨーロッパと比べたら、ビジネスもちょっとは安いだろ。取りあえず、手配待ちということで電話を切る。
しばらくたって、またE江さんから電話が入った。
「な、なんとか夜便取れました。切り直しの手数料で15,000円かかりますけど〜」
ハラショー! ビジネスに比べたら、15,000円なんてチョロいぜ!(←中途半端なビンボー人) 切りなおしたチケットを目黒駅まで持ってきていただいて(O石さん、本当にありがとう)、パスポートとチケットが揃った。これで、最低、出発はできる。
妹の携帯に電話をしたら、母と妹は私のスーツケースを持って成田に行っていた。……家に帰る余裕は充分あったんですけど(笑)。なんてったって、次のシンガポール行き、17:45ですもの。
成田に着いてめぐりあった2人は微妙に疲れていた。そして、そばには、私が中味を知らないスーツケース(笑)があった。とにかく、食事をするにしてもスーツケースが邪魔なので、チェックインしてしまうことにする。
チケットを出すと、カウンターの向こうのお嬢さんがにっこりと微笑んで言った。
「本日、機体整備のため、出発が2時間遅れることになってます」
シンガポール到着は、予定では23:35だった。一応、本日中。しかし、ディレイで到着は夜中の2時になった。
……ふっ。
まあ、真夜中のバンコクでホテル探すよりゃマシか。
母と妹は早々に帰り、一人飛行機の出発を待つ。
あいた時間を利用して、資料に目を通す。
資料に目を通す。
資料に目を通す。
資料に目を……。
そうこうしているうちに1時間半前になった。そろそろパッセンジャー・エリアに入るか。
イミグレーションを過ぎて、ゲートへ。実は、セキュリティ・チェックに時間がかかるつもりでいた。特に、去年のテロ以降、チェックは厳しくなったと聞く。
が。
混むこともなくあっさり通過。しかも、去年から日本の出入国カードが廃止になったせいか、イミグレーションもガラガラである。
うーむ。困った。何か食べて時間をツブすにしても、さっき軽食をいただいてしまっている。飛行機に乗れば乗ったで、1時間もすれば夕食だ。
ゲートに移動し、椅子に座って資料に目を通す。
資料に目を通す。
資料に目を……。
読んでいる方も飽きただろうが、私も飽き飽きである。あーんど、2時間の遅れではあきたらず、まだまだ飛行機は遅れるらしい。雑誌でも買うつもりで、近くの売店に行く。ついでに『ヒカルの碁』最新刊立ち読み。(やめろって)
さて、色々あったがシンガポールである。
飛行機で隣り合ったおばさまに別れを言って、タクシー乗り場へ。このお隣のおばさま、シンガポール在住の日本人。そして、私はシンガポールは初めてである。本当なら
「お買い物のおすすめって何ですかあ?」
とか
「おいしいレストラン、教えて下さーい♪」
とか、聞きたいところだが、シンガポールは明日(あ、もう今日か)の夕方までの滞在。他のスケジュールを考えたら、ホテルから外に出ることもないかもしれない。
ので、
「空港からホテルまで何分くらいなんですか?」
とか
「タクシーでチップって必要ですか?」
とか、私の質問も非常に味気ない。しかし、味気なくても聞いといたおかげで、タクシーもバッチリだ。お金もタクシーのためだけに両替した。
真夜中の街を静かに進むタクシー。20分ほどしてタクシーがホテルの前に止まった。
「ちょっと待って」
なにかうさんくさい。
……だって……だって……立派なんだもの。
どうせ1泊だし、今回のメインじゃないし、と、私はシンガポールの下調べは非常にオロソカにしていた。書面で「オリエンタル・ホテル」と書いてあったが、あの高級ホテル「マンダリン・オリエンタル」とは別物だと思っていた。ほら、よくあるじゃありませんか。よく似た名前だけど全然別ものというホテルが。
根っこが貧乏性の私は、ワタクシごときが泊まるホテルがこんな立派なホテルではないと、絶対、思った。
きっと間違いだ。
私の泊まる地味なオリエンタル・ホテルは別の場所にあって、うかうかこのゴーカ・ホテルに入って名前を告げたら、「ご予約がありません」とか言われちゃうのだ。
いかん。
ここでタクシーに捨てられたら、路頭に迷ってしまう!
「ちょっと待ってて!」(←ずばり日本語)
私の真剣な気持ちが伝わったのか、運ちゃんは待っていてくれるようである。ドアを押して(真夜中すぎて、ドア・ボーイさえいない)中に入ると。
そこは吹き抜けも豪華な20階建てのホテルであった。フロントには人がいたので、「リオハ(仮名)っていいますが……」と、おずおず声をかけてみる。
なんと。
私の予約があった。まだ騙されているような気がしたが、とりあえず待っててくれた運ちゃんに礼を言い、荷物を持ってエレベーターに行く。(真夜中なのでベル・ボーイもいない) 2004と渡されたカードに書いてあるから、2Fか20Fなのだろう。可能性的には20Fぽかったので、20のボタンを押す。
……。
…………。
動かない。動かないどころか、ボタンさえ点かない。
やっぱり騙されていたのか?
そのまま数十秒。ふと、気がつくと、ボタンの下の方になにやら差し込む口がある。カードキーを入れるらしい。カードキーを差し込んで、ボタンを押す。
点いた。点いたよ、ママン!
……笑ってはいけない。初めての異国で、真夜中ひとりぼっちで閉め出しをくらったことを考えて欲しい。本人、エレベーターのボタンを押すだけでも真剣である。つーか、既にここまででも充分長い道のりだったのだ。そしてただいま、午前3時。(現地時間) 頭ボケボケでも仕方ないだろう。
やっと部屋に着き、カードキーでドアを開ける。
「うわああああああああ。すみません〜」
あやまってしまうくらい、部屋の中はゴーカであった。
いや、普通に考えたらあやまるほどではないのかもしれないが、なにせ、リオハ、日頃が貧乏である。テーブルの上に支配人からのお手紙とフルーツとチョコレート。これだけで、テーブルに向かって45度の角度でお辞儀をしてしまう。
一人では広すぎるくらいのキングサイズのベッドに入ってそのまま就寝。
ほぼ、午前4時。お疲れさま。