-HARU's ROOTS //GUITAR-


ここにアップする春畑のギターとの出会いは、1987年にソニーから出版された「BOYS LIFE」から抜粋しています。
そのまま抜粋しています。杉原の言葉ではありませんので、ご了承下さい。



ピアノを弾き始めた。
なぜだかは覚えていない。確かなきっかけなどなかったのかもしれない。それでも好きで毎日弾いていた。
それが春畑のMy Rootsの始まり。15歳の春、エレキギターを手に入れた。
レコードの中のエディ・ヴァン・ヘイレンのように、音楽誌で見たニール・ショーンのように
少年の頭の中にはプロ・ギタリスト春畑道哉がいた。

ピアノを始めたのはいつごろ?
ピアノはね、幼稚園のとき。自分では覚えてないけど、なぜか、いきなり、「やりたい!」っていい出したんだって。好きとか嫌いじゃなかったと思うけど。そしたら親も「じゃあ貧しいけど、しょうがない」って。(笑)それで習い始めたの。そのとき、幼稚園だからだれが好きだとかは全然なかった。ただ単にピアノが弾きたかったらしいんだ。で、よくあるバイエルとかで習ってたわけ。それで小学校6年生まで7年間ぐらい続けて、その間はひたすらクラッシック・ピアノばっかり。
ある日、突然ピアノが弾きたくなるなんて、運命的だよね。
そういうとかっこいいけど。(笑)でも、まあ不思議な気はするよね。その時、歌謡曲にも興味なかったし、ロックなんて知らないし……。でも、好きだったから、毎日、家に帰ってピアノばかり弾いてた。それが小学校の5〜6年くらいになるとさ「男がピアノを弾いてるなんてみっともない」とか思い出しちゃって。それまでは必死にやってたのに、「辞めたい」って思い始めてさ。(笑)まぁ……剣道とか、野球とかに熱中し始めたというのもあるけど。
クラッシック以外に遊びでテレビ番組の主題歌とか弾いたりしなかった?
うん、弾いてた。(笑)ピアノの前に座って、暇だとね。「太陽にほえろ」とかね。(笑)それがすぐ弾けたの、なぜだか。だからって別に感動しなかったけどね。耳に入ってくる音楽はわりかしすぐ弾けてた。でも、それが楽しくてピアノやってたわけじゃない。とにかくピアノが好きだった。
ピアノの先生になりたい!とか?
思わなかったよ。ただ弾けるのが嬉しかった。そのころってさ、左手もバリバリに動いて、結構弾けてたの。ただそれがかっこいいと思ってただけ。その辞めてから2年間ぐらいクラッシック弾かなかったから、パッタリと左手が動かなくなっちゃった。(笑)でも、和音感だけは頭にこびりついて残ってた。
ピアノの次は?
小学校の卒業と同時にピアノを辞めて、中1の半年間くらいは完全に離れてた。そのころ、周りの友達がアリスとか、オフコースとかをやり始めるでしょ。で、友達から「春畑はピアノ弾けるんだよな」とかいわれて、初めはキーボードやらされてたわけ。そのとき、「ギターの方が前に立てていいなァ」と思ってた。(笑)よく体育館に友達を集めてコンサートやってたしね。そのときは頼まれてるからキーボード弾いてるって程度。完全にお手伝い気分。そうこうして、中1の終わりころにね、柳ジョージをテレビで見て「わッかっこいい!」と思った。マジに思ったのはそのときが初めて。
柳ジョージさん、どんな曲を歌ってたか覚えてる?
♪SMILE ON ME♪っていうやつ。「微笑みの法則」だっけ?あれ。
それでギターを始めた?
そう。家にフォークギターがあったんだ。それでまず試してみた。その時点でピアノを弾いて歌ってたからね。ピアノでソ・シ・レだから、ギターでもソ・シ・レを鳴らせばいいと思って。6弦ともソとシとレの音になるような押さえ方にすればいいって。それで考えたのが自分で作ったGのコードだったの。その次は、「ソ・シ・ミだな」と……で考えたのが後で名前がわかったEm。僕はピアノやってたから、短調とかいう名前でしか知らなかったから。(笑)
ピアノの鍵盤で押さえる和音をギターの指盤に置き換えてたわけ?
そう。初めは全部それでやってた。でも、結果的には同じだったけどね、コード・ブックに載ってる押さえ方と、自分で考えたいちばん簡単な押さえ方って。だから、ギターでいちばん最初に弾いた曲は柳ジョージさんの「微笑みの法則」。
ふつうは、まずコード・ブック見てコードの押さえ方を覚えてるけどね。
コード・ブックなんてあるの知らなかったかしね。(笑)後になって見て、「あッ、これはこの前俺が発見したソ・シ・レだ!」と思うと、Gって書いてあるわけ。それで、「そうか、ソ・シ・レはGっていうんだ!」とわかる。(笑)ピアノでは和音(コード)をC、D、Eという呼び方はしないからね。だから、音はピアノやってたので知って、後からその呼び名を知ったという。ふつうの人と逆でしょう。(笑)






       
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