-HARU's ROOTS //GUITAR2-


エレキギターはいつ頃から?
初めてエレキを買ってもらったのは高1のとき。それまではフォークギター。友達からときどき借りてたけどね。いちばん最初に柳ジョージさんを見たとき、エレキ弾いてたんだよね。でも、それがエレキギターだってわかんなかったし。(笑)家にあるのも一応ギターだし、一緒だなって。(笑)だから、エレキギターっていうのを知ったのは中3の終わりごろ。大ボケ。(笑)体育館のコンサートっていってもね、100人とか200人とか集まるわけ。結構な数でしょ。タダだから、みんな来てくれたの。日曜日にやると。それで親に「エレキギター買って」っていったら「もうすぐ受験だから、高校に合格したら買ってやる」っていわれて。「じゃあ、アンプも一緒だよ」っていうんで、それ欲しさに必死で勉強したよね。(笑)
最初のギターって覚えてる?
Tokaiのレスポールモデル。僕なんかが高1のときは、レスポールが流行ってたんだ。初めて聴いた洋楽っていうのがジャーニーで、ニール・ショーンが好きだったというのもあったし。エレキを買ってもらってからはアイアン・メイデンをやり始めた。ディストーションの音が好きだったの。それを初めて聴いたのはオフコースの「1億の夜を越えて」という曲。「このギターの音はかっこいい!」と思ったね。そのうちにだんだんエスカレートしていって、オフコースよりジャーニーの方が歪んでる……アイアン・メイデンはもっと歪んでるぞ!って。(笑)とにかく歪んでる方がよかったわけ。エレキが欲しかったひとつには、あのガガーッていうディストーションの音が出したかったというのがあったんだよね。(笑)家に飛んで帰っては、すぐギター弾いて。ガーンって鳴らしては、ジーンって堪能しちゃってた。(笑)その辺かなァ、ギター・ソロみたいなのに興味が出始めたのは。それでヴァン・ヘイレンとかアイアン・メイデンとかね、いろんなのを聴き込んだんだ。
ピアノやってたら、ギター・ソロをコピーするのも速かったでしょ?
たぶん、みんなは何度も何度も聴いて少しずつ音を取ってコピーするんだろうけど、僕のコピーの仕方は少し違ってた。まず頭に音を入れるわけ、で、たとえばシ・シ・ラ・シ・ド……とかで頭に入っちゃうと、すぐ弾けてたの。だから、コピーはメチャメチャ速かったよ。「どこの音かな?」って捜すっていうのがないんだからね。ただ聴いた音をそのままギターで弾くだけ。だから、ひょっとしたらコピーとかいう感覚とはちょっと違うのかもしれないね。
子供のころにピアノで「太陽にほえろ」を弾くのと同じ?
まるっきり一緒です。(笑)
バンド歴というのは?
中学生のときからずっと同じバンドでやってた。TUBEになるまでそのバンドでやってたよ。アイアン・メイデンとか、ジャーニーとか、レインボーのコピーやったり、後半はオリジナルだったけどね。そのバンドが結構うまい人ばかり集まってたから。そのバンドでライブハウスとか出てたんだ。
おッ、プロみたいじゃん
違うの。(笑)そういうバンドがライブハウスでやるときって、自分たちでお金払うんだよね。(笑)まずチケットをいっぱい渡されるでしょ。1枚700円ぐらいのチケットをいっぱい渡されて、それを全部売るとチャラになるわけ。でもだいたい友達って「俺ぐらいはタダでいいじゃん」とかいうでしょ。で、しょうがないからさ、あげてると……結局ひとり当たり何万円か払わなきゃいけなくなっちゃう。(笑)それでやっとライブハウスで演奏できるわけ。だから「プロみたい」なんてとんでもない!(笑)お金払ってライブハウス出るから、バンドのメンバーはアルバイトやらなきゃいけなくてさ。ライブ続ければ続けるほど、どんどんお金がなくなってくの。(笑)スタジオ代もバカにならないし……。そのバンドでいろんなコンテストを受けてて、シルクロード音楽祭もそれで出た。
いつごろからプロ志向だった?
高校生のころから。もう決めてたもん。(笑)毎日、鬼のようにギター弾いてたからね。高1のとき、進路希望を書く紙にギタリストって書いたりして。(笑)先生の方も「そのうち考え直すだろう」とか思ってたらしいのね。それが高2になってもギタリストで、みんなが受験勉強必死になっているときも、必死になってギター弾いてた。先生は不安だったろうね。(笑)でも、僕にとっては受験勉強するのと同じ気持ちだった。不思議なもので本当になれちゃったけどさ、その時は確かなものなんてひとつもなかったけど……俺は絶対ギタリストになる!って思ってやってたよ。たまたまラッキーなことに、高校を卒業した年の6月にデビューできたんだけど、自分としては30歳だろうと、50歳デビューだろうと構わないと思ってたよ。思い込み激しい性格だから。(笑)




LUNA's Comment

これを語っている1987年時点では、春畑は20歳〜21歳になる年。今からもう12年も前なんですね。
当時はインディーズバンドなんてものも皆無に等しかったでしょうし、変わったものだなぁと思います。
杉原も既にこの年齢を追い越してしまっていますが(自爆)未だ彼には追い付けずにいます。
努力が足りなさすぎるんでしょうね。がんばらなければ……
春畑がなにかを創り続ける限り、杉原もなにかを創りたいと思い続けるのだと思います。
今までもそうでした、これからもきっとそうです。






       
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