光降る街の隅で
Dancing with the Evil King


1.吟遊魔王

ラルフォンはちらりと後ろを振り返り、安堵のため息をついた。
もう、ついてきてはいないようだ。
思わず笑みがこぼれる。しかし、そんな彼の笑みも、前を向いた瞬間に凍りついた。
目の前には、いないだろうと思っていた少女が立っていたからだ。

「なんで、お前が俺の前にいるんだっ!」

「んー…分からない♪けど、これって運命の赤い糸だよね♪」

少女リーナスは、にっこりと笑い、ラルフォンに抱きつく。しかし、ラルフォンは、ひらりと身をかわし、再び逃げ出した。

「や〜んっ。ラルフったらぁ、照れ屋さんなんだからぁ。でも、私の愛の力で、絶対絶対絶対に、ラルフを捕らえてみせるわ!」

ラルフォンは悪寒を覚え、身震いをした。しかし、後ろにも前にも、そして横にもリーナスの姿はない。
今度こそ逃げ切れた…そう考えて、ラルフォンはふと上を見上げた。
そして、案の定、そこには落下してくるリーナスの姿が見えた。
逆光となり、リーナスの姿をはっきりと捉えたわけではない。しかし、こんな非常識な事をするのは、リーナスしかありえないのだ。
リーナスが落下してくる間に、ラルフォンは落下地点を正確に予想し、そこから離れる。
しかし、リーナスはそれすら予想していたのだろうか、軌道をかえ、正確にラルフォン目指して落下した。

「どうして逃げるのよ、ラルフ!私はこんなにこんなにも貴方を愛しているのに!」

「勇者が魔王に、愛の告白をするな!」

そう、このリーナスに追い掛け回されている、見た目から情けないラルフォンは、魔王であった。
とはいえ、魔王としてではなく、吟遊詩人として日々を暮らしているラルフォンに、魔王の威厳というものは、存在していないように思える。まるで、世界を恐怖に陥れる最悪な術の数々を、どこかに忘れてきてしまったようだ。
そして、そんなラルフォンを激しく愛する女性こそ、人類の希望、正義の味方、そして英雄である勇者、そのものである。
出会ったのは二年前。剣をなくして困っていたリーナスのために、術を使ってそれを探し出してやったのが、きっかけだ。
そして、ラルフォンは、今、それを激しく後悔していた。それはもう、出来ることならば時間を戻してしまいたいほどに。

「大丈夫、大丈夫。愛の前に多少の障害は付き物よ!」

ラルフォンの右腕を掴んで、リーナスは微笑した。正反対に、ラルフォンの顔は引きつっている。
ラルフォンは、勇者と戦いたいとは思わないし、魔王であるからといって、世界征服を企んでいるわけではない。
ラルフォンにとって、現在欲しいものはリーナスのいない平和で静かな世界のみであった。
だが、どうしてもそれが叶わない。

「ん〜っもうっ!ラルフったら、照れなくてもいいのにぃ」

照れているわけではない…と怒鳴りかけて、ラルフォンは言葉を飲み込んだ。
これ以上文句を言っても無駄だと理解したのだ。
二年間毎日繰り返されていることである。雨の日も、風の日も、嵐の日も、何度もこうやってリーナスから逃げようとして、こうやってリーナスに見つかる。
今では、半分諦めてしまった程である。しかし、往生際が悪いのか、毎日逃げることを試してみてはいるのだが。

「ともかくだ、リーナス。今日は帰れ。お前の大嫌いなディファンが来るぞ」

ラルフォンはため息交じりに言った。その瞬間、リーナスの顔が引きつった。

「ディ…ファン…が?」

尋ねてみるが、それが事実であることは知っている。何故なら、そのディファンという魔族は、自分の主である魔王ラルフォンに会いに、三日に一度はやってくるからだ。
ディファンは、その度に自分をからかい、怒らせる。

「ディファン!私とラルフの恋路を邪魔する馬鹿が、今日も来るのね!いつか、倒す!あの、お邪魔虫めが!」

リーナスは、両手をぐっと握り締め、ラルフの手をとった。
怒りの為だろうか、リーナスの手のひらは、少々熱い。

「ラルフ、私、強くなるわ!だから、また明日ね!」

そそくさと走り去るリーナスを見て、ラルフォンは深いため息をつく。
あたりは、沈黙に支配された。ただ、路地裏を通りぬける風が、ラルフォンの髪をもてあそび、なびかせている。

「…だそうだ、ディファン。感想は?」

ラルフォンは、ちらりと宙に目をやり、おかしそうに笑ってみせる。主のそんな様子を見て、ディファンは憮然と口を噤んだまま、その場に姿を現した。


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