〜3〜

 既に、何人のエルクゥを殺したか、俺は覚えていなかった。
 ただ、自分の中にあるドス黒い感情のままに刀を振るっていた。
 討伐隊の兵士達はもはや、誰一人生き残っていない。
 俺自身の体力も、もはや限界を越えていた。
 ぜえっ、
 ぜえっ、
 ぜえっ、
 荒い息を、つく。
「大したモノだな・・・・・・・」
 俺の目の前に、新たな人影が現れた。
 大きな、男だ。
 まるで山のような巨漢であった。
 躰には、エルクゥの鎧を窮屈そうに纏っている。
 その瞳は凍るように、冷たい。
 その姿は、忘れようがなかった。
「僅か、一人で我々の精鋭の殆どを葬るとはな・・・・・・・、あの時、殺さなかったのは正解だったな」
「ダリエリ・・・・・」
 俺の瞳が、復讐のドス黒い炎で満たされる。
 にいいっ、
 凶悪な、笑みだ。
 寒気が、する。
 エルクゥの中で、最強の戦士。
 その名に相応しい鬼気を、奴は漂わせていた。
 めきっ、
 めきっ、
 めきいっ、
 ダリエリという男の、躰が軋み声をあげる。
 ぶつんっ、
 ぶつんっ、
 その躰に纏っていた、鎧の縫糸が切れる。
 ダリエリの躰が、ゆっくりと変化していた。
 より、闘いに適した躰へと。
 より、凶悪な獣へと。
「強キ者ヨ、我ト闘エ・・・・・・・・・」
 静かに、ダリエリが呟く。
 その声は、最早人間の発する声ではない。
 獣か物の怪が、無理矢理人間の声を出している様な声だ。
 その時、
 どくんっ、
 俺の中で、「何か」が蠢いた。
 どくんっ、
 どくんっ、
 俺の躰に再び、力が漲ってくる。
 今まで、荒かった息も今は落ち着いてきている。
 躰が燃えるように、熱い。
「来ルガヨイ、ソシテ我ト闘イ、ソノ輝ク命ノ炎ヲ、見セルガヨイ・・・・・・・・」
 ダリエリが、言葉を吐く。
 ごうっ、
 ごうっ、
 ごおうっ、
 口から獣の叫び声が、漏れる。
 ダリエリの姿は、完全な「鬼」へと変貌を遂げていた。
 俺はヤツを睨み付け、その躰に力を溜め込む。
 足下の地面が、激しく陥没する。
 俺の質量が一気に増えた結果だ。
 ぶんっ、
 と、左手で大太刀を一振りすると、俺は青眼に構えた。
 俺とダリエリは、数瞬の睨み合いの後、
 同時に、疾った。
「むうんっっ!」
「グオオオォォォォ!」
 俺の大太刀が、ダリエリの肩に叩き込まれる。
 だが、それはダリエリの巨大な爪によって弾かれた。
 がぎいぃぃんっ、
 ダリエリの一撃を、大太刀で受け流す。
 手が痺れるような、一撃だ。
「ちっ、」
 俺はその一撃で、ダリエリの実力が他のエルクゥ達とは桁が違うことを感じた。
 続けて、攻撃が繰り出される。
 右。
 右。
 左。
 右。
 左。
 その巨体に似合わない、素早さで連撃が襲う。
 受け流すことに、俺は精一杯だった。
 ・・・・・・・突如、
 どずんっっっ、
 鈍い衝撃が、俺の腹部に叩き込まれる。
 ダリエリの膝蹴りが、俺の躰を捉えていた。    
 めきいっ、
 肋骨が折れる、厭な音を聞く。
 堪らず、俺の躰が後ろの岩板に叩き付けられる。
 ごぼっっ、
 口の中に、錆びた鉄のような味が拡がる。
 血の、味だ。
 激痛に、顔を顰める。
「ぐうっっ!」
 地面に俺は血反吐を、吐く。
 ダリエリの爪が更に追い打ちをかけて、俺に襲いかかる。
 俺は直感的に、死を覚悟した。
 その時、
 がつんっっ、
 小さな人影が、俺の目の前に飛び出し、ダリエリの爪を両手で受け止めていた。
「キサマ・・・・・・・」
 ダリエリが目の前の人影を睨み付け、唸る。
「このひとは殺させるわけには、いかないんです」
 人影の口元に不敵な、笑みが浮かぶ。
 その人影の名は、リズエルと言った。
 めきっ、
 リズエルの腕の筋肉が膨れあがる。
 ジワリジワリと、ダリエリの腕が押し戻される。
 ずんっっ、
 リズエルの周りの地面が、沈む。
「馬鹿ガ、オ前トあずえるニ武術ノ、手ホドキヲ、教エタノハワタシダゾ・・・・・」
 ダリエリの口元に、ニタリ、と冷たい狂喜の笑みが浮かぶ。
 リズエルが先に、疾った。
 腰の直刃の剣が、鞘鳴りの音をたてる。
 ぎいんっっ、
 ダリエリの躰に、刃が叩き込まれる。
 ぎんっっ、
 ぎんっっ、
 続けて、銀光が繰り出されてダリエリの躰へ、吸い込まれる。
 しかしそれは、ダリエリの巨大な爪と恐るべき速さで弾かれていく。
 不意に、リズエルの躰が宙に、跳んだ。 
「噴っっ!」
 右の蹴りが、跳ぶ。
 ダリエリは難無く、躱わす。
 次に、左からの蹴り。
 これは、アズエルが俺の闘いの時に見せた、三段蹴りだと、俺は直感した。
 ダリエリが左の蹴りを、避ける。
 次に上段からの、踵落としがダリエリの頭上を、襲った。
 しかし、ダリエリはそれすらも、躱わした。
 ・・・・・・だが、
 ごつっっ、
 次の瞬間、リズエルの爪先が、ダリエリの顎に直撃していた。
 四段蹴りか?
 俺は、驚愕した。
 リズエルは踵落としの着地に、続けて背面蹴りを叩き込んだのだ。
「グオオオォォッッ!!」
 ダリエリが吼え、空中のリズエルの足を掴んだ。
「しまった!」
 リズエルが、叫ぶ。
 ダリエリはリズエルの足を掴んだまま、地面にその躰を叩きつける。
 ずぅんっっ、
 ずぅんっっ、
 ずぅんっっ、
 三度、叩きつける。
 リズエルの口元に、血泡が吹き出る。
「リズエルっ!」
 ・・・・・・・・俺はその時、不思議な既視感を感じた。
 遙か遠い刻の彼方で、同じ光景を見たような。
 どくんっっ、
 どくんっっ、
 俺の中の「何かが」蠢いた。
 どくんっ、
 どくんっ、
 どくんっっ、
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっー!!」
 俺は、声の限り、吼えた。
 身体中の血が、煮えたぎる様だ。
 ぶちぶちと、身体中の筋肉が脈打つ。
 地面が、震えた。
 風が旋を、巻いた。
 異変にダリエリが、気付く。
 そして、リズエルも。
 俺が、疾る。
 飛嚥の如き、速さで。
 大太刀を、振り上げる。
 俺の速さが、更に増す。
 斬る。
 どんっっ、
 リズエルの躰が、地面に落ちる。
 ダリエリの右腕と、一緒に。
「ギオオオォォォォォッッッ!」
 絶叫があがる。
 ダリエリの、声だ。
 右腕の切り口から紅い血が、吹く。
 ずくんっ、
 俺の中の「何か」が蠢く。
 ダリエリの巨体が、跳んだ。
 俺も腰を沈め、一気に跳躍する。
 まるで羽が生えたかのように、躰が軽い。
 後で跳んだ筈なのに、俺の躰はダリエリの遙か上空に舞い上がっていた。
 大太刀を、上段に振りかぶる。
 ダリエリはそれを見て、左腕で防ごうとする。
 俺は構わず、大太刀を叩き込む。
 渾身の、一撃を。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっー!!」
 俺が吼える。
 斬った。
 ダリエリの左腕を。
 斬った。
 ダリエリの左肩を。
 斬った。
 刃が、肺に到達する。
 斬った。
 胃に、到達する。
 斬った。
 肝臓を。
 斬った。
 勢いは、止まらない。
 ダリエリの躰は、その一太刀で両断された。
 ・・・・・・・・勝負は一瞬で、終わった。

続き