町工場の憂鬱番外編・CADという代物に触れてみる? その2

                                         Written by カメ山カメ吉

 前回は実際にCADを扱うところまで辿り着けませんでしたから、今回はきっち
 りと辿り着いてみたいと思います。
 さて、擦った揉んだの挙げ句に業務命令という非常のライセンスというか、逃れ
 られない宿命のもとに設計に行くことになった私でした。
 現場で金型や治具をいじりながら、新しく導入されるはずのCADが気になるこ
 とはなるんです。
 それまで使っていたCADも6年とか7年を過ぎ、リースの期限がくるので、新
 しいCADを導入しなくてはいけません。
 そこで次は、どこのメーカーのどんなCADを導入するのかが問題になったよう
 です。
 候補に上がっていたのはいくつかありました。
 今まで使っていた機械設計専門のCADの後継機種。
 それから、値段がやたらと安いコンピューター系のCAD。これはいわゆるパソ
 コンCADと呼ばれる代物でして、使う機械はパソコンで、それをCADのソフ
 トを使って動かすみたいですが、私にもよくは分かりません。
 それから、三次元CADという代物。これはモノを三次元的にとらえて設計でき
 る凄いモノみたいです。
 どれにするのか、設計の連中とか偉いさんが何度も業者を呼んでデモをさせてい
 ました。
 でも、この時点で私はまだ設計に移動になってはいなかったので蚊帳の外。
 漏れ聞こえてきた話の印象では、後継機種の場合は何しろもともとが設計専門の
 機械ですから設計をするにはなかなかいい。でも、設計者それぞれの好みもある
 みたいで、他と大して変わらないという意見も有ったようです。
 それからパソコンCAD。これは値段が安いんですよ。
 一桁違うとかで、その辺は大きな魅力では有ったようです。
 それから問題の三次元CADですが、これがね〜、ポテンシャルときたら大変な
 もので、なんせ物体を三次元的に見ることが出来るわけです。私も展覧会でデモ
 をみたのですが、テレビゲームで迷宮が立体的なポリゴンで見えるモノが有りま
 すよね、あれをさらになめらかに、CGのムービーをグルグルと回すような感じ
 で眺めながら作り込む事が出来るんです。立体的にいじれるので、樹脂成形型な
 どの設計には最適かも知れません。ただ、ウチの会社では樹脂成形型はノウハウ
 がないので、それ専門の外注に造らせています。
 もし今後樹脂型を造るのならいいかも知れませんが、いまでもギリギリの人数で
 やっているのにそこまで手が回るのか? 回らないだろう。
 高い買物ですから、機種選びは大問題ですよね。
 決めてから後悔しても遅い訳ですから、みんな悩みに悩んでたようです。
 最初は値段の安さにつられてパソコンCADに決まり掛け、社長が樹脂型に色気
 を見せて三次元CADに大きく傾き、やはり値段が高すぎるからパソコンCAD
 に戻りかけてこれで決まるのかと思われました。しかし最後の最後で現行の某社
 の設計専門CADが大幅値引きを出してきました。いきなりの大幅値引き(半値
 にしてきたってか?)だったみたいで、これで劇的に話は決まったのです。
 もちろん元の値段が高いから大幅値引きが有っても高いことは高いんだけど、そ
 れでも設計専門のCADだけあって設計に関する能力はかなりのものみたいな話
 でした。
 私が雑談で設計者5人の意見をきいてみたところでは、現行の後継機種が3人、
 安いパソコンCADでもいいというのが2人、三次元CADは使いこなすのが難
 しいという心配があり、誰も押してませんでした。
 私はデモを見てないから違いなどが分かりません。いまとなってはどうにもなら
 ないけど、ちょっと残念ではあります。
 ともあれ、どんでん返しで決まった現行機種の後継機を、取りあえず本社に5台、
 第二工場に1台入れます。
 第二工場の分はワイヤーカットという機械のNC対応用の分です。これに関して
 はあとで説明しましょう。
 こんな経緯を経ていよいよ最新のCAD、CAM導入となりました。
 このCAMというのはですね〜、(私もよく分からないから分かる範囲で書きま
 すけど)CADで造ったデーターをそのままNC対応の機械に取り込んで加工す
 るという事です。ウチの場合だと、ワイヤーカットとかマシニングセンターとか
 いった工作機械があり、普通は図面通りのプログラムを組んで加工するのですが、
 CAMが有ればCADでの設計データーを取り込んでそのまま自動で加工出来る
 んです。これは凄いですよね。
 前の機種だとCAMがないから、設計はデーターではなく全て図面で出すわけで
 す。その図面をもとにワイヤーカットやマシニングの連中がわざわざプログラム
 を組んでいたわけ。それが必要なくなるって大変な合理化じゃないですか。時間
 もだけど、プログラム時に出るミスはなくなるわけです。
 社内だけでなく、データーをフロッピーに入れて渡せば、CAD、CAMに対応
 できる機械を持っている外注でもそのまんま加工出来るわけです。
 ちょっと分かりにくいですか? 簡単に言いますと、自動の機械をプログラムを
 組まずにデーターを入れるだけで動かす事が出来る、っちゅう事でいいのかな?
 余計に分かりにくい? 設計のデーターで直に加工が出来るって事です。分かる?
 まあいいか。

 さて、設置の当日がきました。
 この日ちょいとした出来事があり、私の職場が色めきだったのを書かない訳には
 いきませんね。
 そのCADのメーカーから設置に来たメンバーの中に、一人女性が居たのです。
 これがまたちょいといい女で、歳の頃なら25か6、色白でスレンダーな美人な
 のですよ。
 私の職場は、現場事務のオバさんが一人いるだけで、まあ女っ気は無いに等しい
 ですから、そりゃもう陰で大騒ぎになりました。
 表向きはみんな知らんぷりをしているのですが、陰で大変なフィーバーさ。
 この女性、仮にM下さんとしましょう。芸能人で言うならば……誰に似てるかな?
 サッカーのゴンの奥さんを二回りほど細くしたような感じでいい線いってるかも。
 上も下も黒で決めていて、スカートなんですね。細い足がなかなか素敵でした。
 もちろん、その日は設置に来ただけで、私としてもまったく接触の機会はなかっ
 たです。(当たり前だぜぃ)
 そして翌日、操作方法の説明が有りました。関係者は全員聞いておくように、と
 いう事で、この時点ではまだ現場だった私ももうすぐ設計に配置替えになるから、
 一応は関係者。嫌々一緒に聞くことになりました。
 といっても、他の設計者は現行の機種で設計をしているから聞いてれば分かるん
 だろうけど、私はまったくのド素人なのです。
 「まったく分からないからあとでよく教えてもらいますよ」と遠慮したんだけど、
 課長が「分からなくてもいいから話だけでも聞いておけ」と言うのです。
 そこまでいうんなら、聞くだけで良ければまあ聞いてやろうじゃないか。フン。
 説明してくれるのはそのM下さん。そうか、それはラッキーじゃないか! フン。
 講師のM下さん、中央に据えられたCADの前に座り、それをウチの男連中がま
 るで匂いでも嗅ぐような体勢でぐるっと取り囲み、話を聞くわけです。なんか妖
 しい雰囲気?
 で、どこに座るかが非常に重要な問題になるわけです。
 私は何しろまったくのド素人ですから、後ろでいいんだけど、みんなが遠慮しあっ
 てるのか、私に、「カメ山君、もっと前でよく聞いとけ」というのです。
 なんか妙な具合になりまして、いつの間にか私がM下さんの真後ろに陣取るよう
 な按配になっておりました。う〜ん。
 ここで大発見! なんとM下さんの胸元に黒っぽいレースが見えるでは有りませ
 んか。
 あ、あれ、あれは、あれはまさかキャミソール? パ、パ、パニックじゃ〜〜〜!
 もちろん当人の前で騒ぐ訳にはいかないので陰で大騒ぎしたんですけど、M下さ
 んの胸元にははっきりと黒いレースの紐状のモノが確認できました。
 も、も、もちろん私は見ようと思ってみた訳じゃないですよ。ただ、真後ろに陣
 取ったもんだから、一生懸命説明してくれるM下さんの指先にあるモニターを見
 ようとして覗き込んだときに偶然目に飛び込んで来ただけで、けっして嫌らしい
 下心で覗き込んだんじゃないんだぜぇ。本当だぞ〜。
 休み時間に、私の隣に陣取ったI君と「見たか?!」「見た。黒だった!」と確
 認作業を行ないました。
 「レースだったな……」「でしたね……」
 これが世に言う「M下ちゃんの胸元に黒いレースが見えた事件」です。
 もう、職場全体を巻き込む大騒ぎ。後から前から、どうぞ、ってなもんで、まっ
 たくなんちゅう職場だ……。
 さらにですね〜、彼ら(M下ちゃんともう二人の兄ちゃんがきました)も昼飯を
 食うわけですが、ちょうど世話焼き係りのI君の隣が席が空いてまして、そこで
 ご一緒することになったわけです。
 私の前には腐れ縁の変態U君がいて、私の隣には46歳で独身のS田さんが座っ
 ています。その46歳独身のS田さんの真正面がM下ちゃん(我々の間ではすで
 にM下さんは親しみを込めてM下ちゃんと呼ばれていたのでした。あ〜ぁ)。
 いいですね〜、美人と一緒に飯が食えるなんて滅多に無いことですじゃ。極楽極
 楽。
 いつもなら皆バクバクと食ってさっさといなくなるのに、この時はやけにスロー
 ペースで、S田さんなんて込み上げてくる照れ笑いを堪え切れないのか、鼻の下
 をビロ〜んと伸ばしっぱなしで、反芻するラクダみたいな顔していつまでも食っ
 てました。まあ、私もロバくらいの顔にはなっていたかも知れません。
 しばらくのあいだ、我々の間ではこの「M下ちゃんと一緒に飯を食った事件」
 が語りぐさになったものです。
 さて、飯を食ったら問題は眠気です。
 自慢するわけじゃないけど私は夜更かしな方でして、昼間は弱いのです。
 午後の、飯食った後なんて何とか寝ないように頑張るわけですが、現場でモノを
 いじくっているんならともかく、CADの前にただ座って説明を聞いているなん
 てぇのは性に合わないんですよ。
 もう眠くて眠くて、そりゃもう眠くていられない。
 そこで、ちょっと席を替わり、隣にある別のCADをチョチョっといじくってみ
 ることにしました。
 簡単な使い方は聞いたので、さて、私にも絵ぐらいなら描けるかな〜? とやっ
 てみたのです。
 マウスにはボタンが3つ付いていました。左が点を拾うボタン、真ん中が任意の
 点を拾うボタン、そして右が図形を拾うボタン。さらにこれらのボタンにはコマ
 ンドの実行が割り振られていて、左を押して右だと実行、キャンセルは真ん中を
 押します。
 いじってみたら線だけなら簡単に引けるので、絵を描いてみる事にしました。
 三角、また三角、またまた三角で丸描いて……。
 お〜、キツネが描けたぞ、我ながらうまいもんだ。わははっ。尻尾を9本にして
 やれ、なんて喜んでいたところ、急に、突然にですね〜、社長がやってきました。
 で、お、やってるな、てな顔してパーテーションのガラス越しにこっちをちらち
 ら見るわけです。
 いや〜、慌てた慌てた。だって、私がいじっているCADのモニターにはキツネ
 の絵がドド〜んと居るわけです。ご丁寧に尻尾は9本も有るし。こんなのを見ら
 れたらとってもマズいじゃないか。
 大慌てで消そうとしたのですが、描き方は教わったものの消し方は聞いてない。
 やばいな〜。社長が設計室に入ってきたらアウチじゃないか。
 でででで、I君の袖を引っ張って「お、おい、これ、消してくれないか……」と
 ヘルプミーをして事無きをえたのです。
 これがいまだに語りぐさになっている、「CADでキツネの絵を描いているヤツ
 がいた事件」です。いや〜照れるな〜。
 色々有りましたが、こんな調子でM下ちゃんの講習会も無事に終わりました。
 最後に「何でも質問が有ったら聞いてください」という事で、思わず電話番号と
 かスリーサイズとか、好きな体位は? とか聞こうかと思ったんだけど、思った
 だけで聞けませんでした。
 何せ私の場合、あれこれと講習してくれたんだけど肝腎のCADの操作方法も知
 らないわけですから、何を聞いたらいいのか分からないというアレでして、別に
 聞くこともないよな〜なんて思っていたら、みんなが「カメ山君、質問が有った
 ら遠慮しないで聞いてくれ」と余計なことを言うのです。
 なんでいちいちオレに振るんだ? オレってそういうキャラか?
 まさかね〜、「その胸元に見える黒いレースみたいなのは何の紐ですか?」なん
 て聞けないぞ。セクハラじゃないか。
 で、皆が、さあ聞け、ほら聞け、今すぐ聞け! みたいな目で一斉に私を見るも
 のだから、何か聞かなくてはいけないような気分にさせられてしまったのです。
 この辺がホビットの盗賊としては(Wiz参照)辛いところです。
 でで、取りあえず素朴な疑問をM下ちゃんに投げ掛けてみました。
 「え〜と〜、この〜、CADは〜、絵は描けるんですか?」とか何とか。
 するとM下ちゃん、ちょっと首を傾げて「どんな絵ですか?」とのたまったので
 す。首を傾げた美人てのは、いいですよね〜実に。その傾げた顎の先にチューし
 てやりたくなるぞぃ。わはは。
 「どんなっていうか、たとえばですね〜」と私、「ドラえもんみたいなのは描け
 ます?」聞きながら、くだらない事を聞いているな〜と自分でも思ったものです。
 M下ちゃんは「う〜ん」と考え込み、「お絵書きみたいなことは出来ないんです
 が、似たようなことならできますよ」と言ってスプラインとかいう機能をやって
 見せてくれました。
 これはですね〜、画面上に点をいくつか置いて、マウスでゴニョゴニョと押した
 り引いたりすると自由な曲線が描けるというモノでした。これはこれで面白いん
 だけど、本当に自由に曲線が引けるわけではないようですね。
 やはりこの機械は、工業用の、機械設計専用CADということなのでしょう。
 これが「CADでドラえもんの絵が描けるかどうか聞いたヤツがいた事件」の顛
 末です。わはは、オレだオレだ〜!
 まったく我ながら実につまらない質問をしたな〜と思いながら、私にとって初め
 てCADという代物に触れてみた一日は終わったのです。

 ここで、その時点で私がどのような仕事をしていたのかを書いておきましょう。
 製造の現場なんですけど、金型専門の製造から少し離れて、その後の工程の生産
 技術という部門にいました。
 仕事の内容は、治工具や二次加工金型の設計から製造、そしてそれらを使っての
 カシメや組み立ての試作から、現場や外注への引渡しと量産指導です。
 ややこしいけど簡単に言えば、あちこちで造られたパーツが集まってきまして、
 それをカシメたり組み立てたりする治具とか金型を造り、試作品を組み上げてお
 客さまに納品し、OKが出たら現場や外注に渡して量産の指導をする、という仕
 事です。
 まだややこしい? え〜と、製品を組み立てるための道具を造って実際に組み立
 ててみて、良かったら社内の現場や外注に渡して加工の指導をするんです。
 本格的な金型製造ではないけれど、治具とか金型の図面をプロッター(よくテレ
 ビなどで設計者が出てくると、でっかい板みたいなのが斜めになっていてそれに
 縦と横の物差しみたいなのが付いてるのを使って図面を描いているじゃないです
 か。あれがそうです)で描いて、部品を自分達で造り、自分達で組み立てて、そ
 れを使って実際に部品の組み立てとかカシメをやり、量産出来るレベルまで調整
 します。
 お客さんとのやりとりから外注のオバさん達の指導までやるので、それなりに変
 化は有って、面白いと言えば面白かったです。
 一応金型の内部でやってはいるのですが、ちょいとした独立部門みたいな立場で、
 妙といえば妙な具合に直でお客さんや外注と繋がっている。
 例えば、試作品が出来る頃になるとお客様の設計さんや購買の人がぞろぞろと見
 にくるわけです。この時に立ち合うのは我々の上司ではなく、検査と営業の連中
 なんですよ。
 その目の前で、模擬なんだけど組み立てラインを組んでみせて、実際に組み立て
 を実演して見せるわけです。
 お客さまは、そこで出来た部品と持参した他の部品とを組み合わせて、発売する
 製品と同じ条件にして動かしてみるわけです。
 で、あれこれ不具合が見つかったりするので、それを確認しながらどうすればい
 いか検討し、その場で直せるモノは直し、難しいモノはどうしようかと皆で頭を
 抱えるわけです。
 もちろんこの辺のやり取りにも我々の上司はノータッチで、我々とお客さんとウ
 チの検査や営業連中で話を進めます。
 その後の折衝も直にお客さんが相手になるので、収めたブツの後始末にも何度か
 出掛けました。試作品とか初期ロットに不具合が出たり不良がでたりすると、呼
 び付けられるわけです。
 強度不足とか作動不良が主なんですけど、呼び付けられてお客さまの製造ライン
 を見ながら、待ったなしで対策を考えさせられるのです。
 こちらのミスもあるし、お客さんのミスもあるし、思わぬ事態も発生します。
 収めた部品の寸法が出ていなくて、お客さんの製造ラインにへばり付き、そのラ
 インが止まらないように必死で部品にヤスリを掛ける、なんてえ間抜けなことも
 しました。
 その組み立てラインは女性ばかりで、若い娘もたくさんいるんですよ。その彼女
 等の視線が冷たいんですよね〜。
 「不良を出した外注さん」と思ってるんだろうな〜。その通りなんだけど……。
 組み付けの強度が足りなくて、2万回の耐久試験でネジが折れた、なんてぇ事も
 有りました。
 あの時はですね〜、トルクレンチを持参してネジの増し締めをさせられたんです
 よ。雪の降る寒い日で、呼び付けられて行ってみたら、収めた品物が軒下に積み
 上げられていて、場所がないからここでやってくれと言われて目眩がしたもので
 す。だって、雪の降る軒下なんですよ!
 鼻水をたらしながら、かじかんだ手でネジの増し締めをしました。
 この件は思い出すといまでも頭にくるんですが、締め付けトルクも問題だったん
 だけど、お客さまの設計に問題が有ることが後で分かりました。取り付ける部品
 の形状が悪くて、ネジの頭に横方向の力が掛かっていたんですね。だから耐久性
 が無かったんです。
 まったく、下請けをなんだと思ってるんだ! フン。
 こんな具合にお客さまとのやり取りの後、OKが出たらその組み立てラインを外
 注に持っていって、引き渡す段取りになります。
 外注指導のときなどは、逆にこちらがお客さまになるわけです。
 しかし、外注との接し方もやってみると実に難しいんですね。
 頭ごなしに厳しい事を言ってもダメ。工場長とか営業とかが厳しいのはいいんだ
 ろうけど、現場の私達が厳しいのは逆に巧く行かないんですね。
 ある程度オバちゃん達とお友達感覚とでもいうのか、気安さがないとダメだと思
 いました。
 何度か行って気安くなると、一緒になってウチの営業連中の悪口なんかも言い合
 えるようになります。そのくらいになれば仕事もスムーズに運べていい感じ。
 大きな仕事の引渡しの時はいくつもの部品が一度に出ますから、何日も外注に出
 掛けて指導する事になります。
 生産技術のメンバーは、リーダーが変態U君、中堅のM君、若手のF君、私。も
 う一人新人のH君がいるんだけど、まだ使えないので指導には出せません。
 でかい仕事だといくつかの外注に仕事を振り分けるから、皆であちこちの外注に
 別れて指導したり、順繰りに回ったりと大変でした。
 外注を見るのもある意味勉強になりますね。それこそ、近所のオバちゃんを5人
 くらい使ってやっているところとか、10人くらい使ってやっているところとか、
 でかい規模だと30人以上も使ってやっているところもあります。それらの外注
 はさらに小さな外注を持っていたり、近所の主婦に内職として出していたりもし
 ます。
 新たな外注と契約するときなどは、営業の連中と監査に行ったこともありました。
 規模とか、所有している機械とか、技術的にどのくらいのレベルなのかを観察し
 ます。そしてウチの仕事に合っているかどうか判断して報告するのです。
 言っては悪いけど、まったくのド素人レベルの所もあれば、かなり出来るところ、
 それこそ特殊な分野だとウチより出来る外注さんもありました。
 そんな所を次々に回ってラインを組み、作業の指導をするわけです。
 外注の社長などはいわゆる叩き上げの人が多いんだけど、これがまた面白いんで
 すよ。
 私もいわゆる現場での叩き上げなんです。で、技術的な話になると手に取るよう
 に分かるわけです。
 ここが良くない、あそこがもう少し何とかならないか、みたいな話ですけど、私
 以外の生産技術の連中はウチの会社でも若い奴らばかりで、叩き上げでないから
 ちょっと……なんというのか、まだまだ技術がないわけです。
 もちろん、連中もそれなりにいいところは有ります。
 変態U君は客とか外注とあれこれやり取りするのが得意で、口が巧いからそっち
 方面は一番出来ますし、M君は電気のプロだしメカに強いから、ある意味ではお
 客さんもたじたじです。
 ただ、私がいうのもアレだけど連中はまだよく分からないと思うんです。基礎と
 いうかポイントというか、いわゆる治具や金型の技術がまだまだなんですよ。
 一緒に同じ仕事をしていると、私の半分も仕事が出来ないわけです。
 だから、私はけっこう楽な仕事をさせてもらっていました。だって、様子をみな
 がらぼちぼちやっても並み以上の仕事はこなせるわけでして、そのうえ外注に行
 けばそこの社長やオバちゃん達の悩みが手に取るように分かるわけです。そして
 どうすればいいのかも分かるから、ちょちょいと直してやれるわけです。
 他の連中はポイントを掴んでないから、かなり苦労してるんだけど、私が手を加
 えたり直した治具は評判良かったです。作業しやすいし効率もアップする、その
 うえに長持ちする、といい事ばかりなんだけど、それも本格的な金型造りのノウ
 ハウからすればごく当たり前な事だったから笑っちゃいます。
 ごく当たり前な事をしているのに「凄いですね」とか「技術が違うよね〜」など
 と言われるから、笑いが止まりません。
 技術畑で20年以上もやってきたということは、こういう事なんだなと、気付か
 されたものでした。
 若手のF君などは、そういう意味では可哀相な部分もありました。トラブルが起
 きてもどうしていいか分からないんです。こんなのはただ、経験不足なんですね。
 で、途方に暮れているから見てやると、まったく無駄な事をしているわけです。
 本人は納期があるから必死でやっているんだけど、なんでそんな事やってるの?
 と思うようなことを延々とやっている。で、ちっとも量産に移れずにイライラし
 た外注さんからきつい事を言われてしまう。
 「ボクはもう外注には行きませんからね!」なんてヒステリーを起こしたりして
 たけど、若いうちはこんな事も仕方ないですね。経験を積むしかないでしょう。
 とはいえ、もちろんF君にも得意な分野はあります。彼は元々コンピューターの
 学校を出ているので、データーの管理は一番出来ます。
 外注との付き合いで私が一番難しかったのは、押さえるところは押さえる、とい
 う一点でした。
 聞けることは出来るだけ聞いてやる必要はあります。作業しやすく、安全で効率
 のよい治具や金型を造り、いい仕事をするのは外注にもウチにもいいことなんで
 すけど、あくまでもこちらがお客さんだという事はどこかではっきり認識させて
 いないといけないというか……、ここだけはどうしても引けないよ、というライ
 ンを引くという事なんでしょうね〜。
 この辺は私なんぞよりも、変態U君が上手でしたね。
 「外注はおだてて使う。でも押さえるところは押さえないと勝手にやられたらそ
 れこそ大変なことになる」そうです。
 実際、最初の指導でかなりしつこく品質について言っておいたのに、いつの間に
 か勝手に作業方を変えられていて、不良が発生するという事もありました。
 もちろん、外注さんには外注さんなりのノウハウがありますから、それを無視す
 る事は出来ません。でも、だからといって勝手なことをされたら困るわけです。
 「押さえるところは押さえる」か〜。これは自分でやってみると、難しいですよ。
 そんなこんなで、生産技術の仕事を3年ほどやりましたか。
 専門に金型を造っているだけでは分からない部分も見ることができ、有意義では
 ありました。外回りや外注回りも体験できたし、何よりも自分はやはり技術畑の
 人間なんだと実感することもできました。
 だからこそ余計に、設計に行くというのが嫌で嫌でたまらなかったんですね。
 オレ様ってやっぱり「現場でモノをいじってなんぼの者」じゃないのかな〜と、
 切実に思ったわけです。
 気に入らなかったらこんな会社辞めてもいいんだけど、もしもですよ、他の会社
 に行くとして、「金型の技術はあります。設計も出来ますしCADも扱えます」、
 ってのは大変な売りになるんじゃないだろうかと、セコい打算も働いてしまった
 のよな〜。
 取りあえずやってみるか? 辞めるのはいつでも出来る(?)。ひとまずCAD
 という代物に触ってみて、出来るか出来ないかの判断はそれからでもいいか、と
 思いなおすに至ったわけさ。
 私が設計に移ってCADを扱うことについては、いろんな意見がありました。
 誰かがやらなければいけないとか、金型が分かっているんだからCADさえ覚え
 れば出来るだろうとか、誰がやっても同じだけどやらされる人が貧乏くじだとか、
 それから〜こんな意見もありました。
 「普通の会社だったら設計なんてなかなかやらせてもらえないよ。ちょっと大き
 な会社ならそれこそエリートでなければCADなんていじらせてもらえない。こ
 のくらいの会社だからCADを扱わせてもらえるんだ。考えてみればラッキーじゃ
 ないの?」
 この意見には確かに一理あるかも知れませんね。
 大企業だったら、とてもじゃないけど工業高校出の叩き上げに設計なんてさせな
 いでしょう。たぶん、一流の大学を出たエリートクラスでなければやらせてもら
 えない仕事だと思います。それが、ウチの設計連中なんてどこの豚のケツだか分
 からないような連中がやってるわけです。
 そして新たに私、と。
 最近流行のプラス思考っていうんですか? 考えようによったらラッキーなのか
 もしれない? どうかな〜……。
 出来るかどうかやってみなけりゃ分からないからやってみるか、と少し前向きに
 はなった私でした。
 本格的に設計に移る前に、生産技術の図面もCADでバンバン描いて慣れるよう
 に、なんて言われてはいたんですが、1回聞いただけでそんな事が出来るはずは
 ありません。
 なんせほれ、電源の入れ方さえ分からないわけです。
 聞いた話では、難しい編集作業(図面の場合はなんていうんだ? 手直しか?)
 はともかく、簡単な設計だけなら三日もあれば出来るとか言うんですよ。一週間
 みっちりやれば使い方だけならマスター出来るとか。
 では、三日なり一週間なりみっちりと出来るかというと、無理ですよね〜。
 その時点ではまだ生産技術の仕事も抱えていたわけですし、多少前向きになった
 とはいえ、基本的には設計はやりたくないという気持ちに変わりはなかったので、
 いよいよ移動になったら仕方ないけどそれまではあまり近付きたくないというの
 が本音でした。
 で、いじいじしながらも自分の抱えている仕事を他の連中に移管して、いよいよ
 私も設計への移動を待つことになりました。
 いいところですがだいぶ長くなりましたので、今回はここまでにしておきます。
 次回こそは本当に、CADを使ってバンバンと図面を仕上げる私の活躍(本当か
 おいっ)を書けると思います。なんてね。
 こうしている今現在でもいろいろと問題があり、使っているCADのバージョン
 アップで、来週からまた変化が有るんですよ。
 随分と大幅なバージョンアップだから、使い方もかなり変わるみたいです。
 素人からみれば何だか妙な話しなんだけど、前の機種から今の機種に替えるとき、
 今度入る新しいバージョンの5で契約したようなんですね。しかし、その時点で
 はまだ新しいバージョンが未完成だったみたいで、取りあえず機械だけ新しいの
 に入れ替えておいて、ソフト(ワークステーションと言うんですか?)は一つ前
 のバージョンの4というのを入れたらしいんです。(ちなみに入れ替えの前に使っ
 ていたのはバージョンの2なんだとさ)
 この辺の感覚はパソコンとかCADとかならではのものですね。
 一つ残念なのは、噂のM下ちゃんがそのCADの会社を辞めてしまったことです。
 寿退社かな? よく分かりませんが、今回のバージョンアップは兄ちゃんしか来
 ないみたいで、まったく楽しみがありません。残念だ……。

 という事で、次回をお楽しみにしてください。
 危ない内容だから今回もやはり創作ということにさせて頂きます。

                               カメ山カメ吉

 Copyright (C) 2000 by カメ山カメ吉



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