あれは、中国返還前の香港でのことである。その時、私はまだ2度目の海外旅行で、アジアは最初の体験だった。中国的世界も南国気候もはじめてであり、見るもの聞くもの全てが珍しかった。
なによりも、その頃はまだ膨大な水上生活者「蚤民」が香港島のビジネス街・高級ホテル街の目の前で生活しており、湾を埋め尽くす船の群れと、そのバイタリティーあふれる生活者の姿に非常にカルチャーショックを受けた。
そのショックが覚めやらぬ間に、飛行機のトラブル(その後行くはずの某航空会社のロンドン便がエンジン故障で欠航になり、結局3日後しかチケットが取れなかった)からまる2日予定外のフリーな時間が出来てしまい、私は街へ繰り出した。
普通の観光コースは、それまで航空会社のお詫びということで既に案内されていたので、次は観光コースでない庶民の生活を垣間見ようと、私は一人でフラフラと街を自由散策してみることにした。これまた、ショックだった。所狭しと並べられた無数の露店と人、人、人の波。いったい何処からこれだけの物資と人が湧いて来るのだろう?
いろいろ見て回った後、夕方になって、ありきたりの中華料理ではなあと思い、いろいろ捜していると、ふと少し変った豆腐料理専門のような屋台が目についた。
結構、お客が付いいるのでこりゃ美味かろうと私はそこに入ることにした。席に着いた途端、なんとも言えない悪臭が漂ってきた。う、こりゃやばいと思ったが後のまつり、店のおばさんが早速ご飯をもってきて迫力満点
「○×△*@&☆★!! ●▲□※+◎!?」
なんだか分からないが、まあいいかと私は気後れして頭を縦にふってしまう。どうもここは、珍しい臭い豆腐の専門屋台らしい。目の前で恐ろしく臭い、小さな角切りの豆腐を揚げている。
しばらくするとその揚げ豆腐が皿に盛られて出てくる。周りの人も皆それとご飯を食べている。うーん。鼻をつく臭さだ。これも経験だと意を決して、私はおそるおそる口に入れる。
「・・・?」
なんだこりゃ?という感じで、予想したより臭くない。
結構うまみがある! なかなか、いけるじゃないか! 腹をくくって食うか!
私はいつの間のか、箸が進み、ニオイもさほど気にならなくなり、だんだんその豆腐が好きになってきた。不思議なもので、そのクセが却って食欲をそそる。とうとう私は全部食べてしまった。
その後、私は当時はじめて見たトロピカル・フルーツを買ってホテルに帰り食べた。それも驚くほど美味く(ランプ―タン・サポジラの初体験)、おかげでその夜は非常に満足して寝たのを覚えている。
実は、これが私の臭豆腐(チョードーフー)とのはじめての出会いであった。今から考えると、もしあの時、いきなり例の北京・王致和製の生の臭豆腐を食べていたら多分嫌いになっていただろう。広東系の揚げ臭豆腐は、高熱で揚げることにより臭みが押さえられ入門篇としては最適なのだ。
確かにくせはあるが、それがかえってうまみを生み出している感じで、なれるとやめられなくなる。それ以来、私は日本に帰って和風の「揚げ出し豆腐」を食べるとどうも物足りなく、ついあの「揚げ臭豆腐」とエネルギッシュなおばさんの顔が目に浮かんでしまう。日本の「揚げ出し豆腐」は美味いのだが、くせが無さすぎるのだ!
こうして臭豆腐の洗礼を受けた私は、あちこちで臭くて美味いものはないかと探索するようになり、仲間うちでは「臭豆腐好き」=>「ゲテモノ好き」のように見られるようになってしまった。
同時に生まれた「トロピカル・フルーツ好き」の方は、賛同者も多く、最近はスーパーにも並ぶようになり市民権を得てきたが、「臭いもの好き」のほうはいまだに評判がよくない。
でも、我々日本人が毎日食べている日本の「納豆」だって、外国人には「足の裏のクサイ臭い」として悪評だし、要するに慣れると美味くなる点では同じではないだろうか?
(臭くて美味い食べ物の種類について詳しくは「臭くて美味い食べ物列伝」参照)