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夢について考える

草莽工房庵主敬白

ある白日夢のたわごと

私は、ある時、自宅でパソコンの画面をボーッと見ていた。少し悩み事があり、何をしていてもその事が頭から離れず、ゲームでもして気を紛らわそうとパソコンに向かったのだが、気分が乗らずただぼんやりと座っていたのだ。
気がつくと、画面はスクリーンセーバーが働いていた。私がセーバー用に自分で作った「現在行方不明中」という文字が画面でランダムに踊っている。しばらくすると、今度はスキャンデスクのプログラムが走り出した。

ははー。分かったぞ・・・・その時、私は悟った。なんか人間の意識の秘密のひとつが解けたような気がしたのだ。 具体的に言うと、「夢」というものの目的が、コンピューターのアナロジーで理解できるように思えたのだ。
人間にとって「夢」は何の役に立つのか? 「夢の分析」の理論は幾多もあるが、「夢」がなぜ必要なのかについてはあまり語られない。 私は「無意識」という世界の存在を信じる立場ではないが、「夢」というものが現象しそれが何らかの意味を持っているはずだということは認める。
それでは「夢」とは何か?

パソコンのRAMとは構造や仕組みは違うだろうが、人間には思考のための一時記憶領域というものがあるはずだ。(人間の記憶はパソコンのようなデータベース形式ではなく、連想構成的な動的なものだが、その蓄えられる領域はあるのではないか)
そして、眠っている時、つまりパソコンで電源が入っているのに未使用状態にある時、自動的にスキャンデスクのプログラムが走り出すように、人間の脳がパワーセーブ状態にある時、メモりー領域を走査するフラクタルなプログラム?が「夢」なのではないだろうか。
覚醒状態で使われたワーク領域には、さまざまの断片の記憶が散らばっている。時には、非常に古い記憶もあったりして、突然それが話をつむぎ出し、どこか深い底に眠っていたメモリーを刺激し、変形し不完全な脈絡をつくりだす。それが「夢」なのだ。
つまり、無意識的な情報処理ともいえる「夢」は、通常の意識的情報処理経路から外れたところへエネルギーが流れ、そこにあるニューロンが活性化されることにより、不条理な知覚表象や、不可解な物語をつむぎ出す。そして、その逸脱は、まったくの無意味・偶然性の世界なのではなく、人間の記憶領域の諸経路の抵抗の差異と相互干渉ににより、ある程度条件づけられているのだ。だからこそ、「夢判断」なるものが可能になるのである。

実はそうした「夢」のプログラムは、脳のごちゃごちゃに使われたワーク領域を走査し、こわれたメモリーを適当に直し、いらないものを捨てたりして整理して行く。 そうした大きな役割を持っているのだ。大きな衝撃を受けた部分は、やはり深い傷となって残り、幾度も「夢」のプログラムに引っかかり簡単には修復できない。それがトラウマである。
いわばスキャンデスクとデフラグを合わせたような働きをしているのだ。そのプロセスがわれわれの意識に自覚されるとき「夢」となって現象するわけだ。 人間は夢を見ることによって、脳を再整理し正常に保ち、明日への活力を生むのである。
おそらく将来、人工知能が進化し、自己意識をもつロボットが生まれた時、やはりロボットも夢を見るのではないだろうか。なぜなら、何らかの形で、パワーセーブ時に「夢」のような自己修復プログラムを走らせる必要があるからである。

以上、ある日突然「夢」のように私の頭に浮かんだ、きわめて杜撰な独断的「夢」理論〜白日夢のたわごとでした。


  なお、人工知能についての真面目な議論はこちらをご覧下さい。

Ver 1.01 (1998.12.8更新)

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