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宇多田ヒカルとは何なのか?の巻

草莽工房庵主敬白


宇多田ヒカルのイラストの真似事 1999年の音楽シーンに最大の衝撃を与えた歌手は疑いなく宇多田ヒカルである。
これまでの全ての記録を塗り替える800万枚に達するデビューアルバムの売上げという怪物的な現象が示すものは、単なる一過性の流行では片付けられない。それは日本の音楽に変革をもたらしたからである。
かくいう私も、宇多田ヒカルを聞き込んでしまった口だが、「ようやく日本の音楽もここまで来たか!」という感慨を押さえきれなかった。一体全体、宇多田ヒカルとは何なのだろうか?

考えてみれば、過去、淡谷のり子から安室奈美江に至るまで「ブルース」と名のつく歌を提供してきた歌手は、日本の湿度の高さにも似た浪花節的体質を脱することができなかった。
おそらく将来、宇多田ヒカルの露払いの役割を果たしたと評価されることになるであろう、CharaとUAにしても、まだ少しアジアンポップスと関西の香りが漂ってくる。そして、宇多田ヒカルの一年前にデビューしたMisiaはまさに、そうした「土着くささ」を取り払うことでいわば予言者ヨハネとしての立場があったのであり、そうして醸成された場所に、満を持して本命:宇多田ヒカルが現れたのである。

宇多田ヒカルには、「和製ポップス」という言葉に象徴されるように、それまでの日本のポップスが持っていた「にせもの感」「いかがわしさ」「劣等感」・・・そういったものが全くない。黒人音楽やR&Bを、きわめて自然に吸収し、自家薬篭中のものとした上で、独自のせつない世界を見事に作って見せる天才である。宇多田ヒカルの歌の中では、日本語と英語がまったく違和感なしに自然に融合している。
この人の登場により、日本の大衆音楽は洋楽のパロディーから脱して、一段高いところへ導かれるだろう。今後は、この人の音楽を消化した上で、日本の音楽を作って行かねばならない。それは、この人を意識をするかしないかにかかわらず、「和製ポップス」がグローバルな意味でポピュラー音楽になっていくための避けられない道筋である。

事実、今、日本の音楽シーンは実力派女性ボーカリストが輩出し、ディーバとかクラブ系とかいう枠を越えて、新しい扉が開かれつつある。
Chara、UA、Misia、Cocco、BonniePink、椎名林檎、Silva、SugerSoul、Bonnie Pink、bird・・・

大げさに言えば、サッカーの中田英寿と、宇多田ヒカルの登場こそ21世紀への出発点である。なぜなら、これからは中田英寿の活躍を見て、宇多田ヒカルの音楽を聴いて、日本の新しい世代が育ってくるのである。音楽シーンに限るなら、「宇多田ヒカル以前」という言い方で旧来のJ―POPが語られ、「宇多田ヒカル以後」という言い方で新世代の音楽が作られて行くであろう。



ま、そういうわけで大上段にかぶった宇多田ヒカル論を述べてきたのだけれど、宇多田ヒカル本人のキャラクターは、今風のナチュラル生意気でかわいい子だねえ。超美人ではないけれど、親しみの持てる顔をした普通の子といった感じだ。この子が、あの驚異的に素晴らしい歌を生み出すんだから、ホントびっくりするねえ。

彼女のHPの日記欄が秀逸で、本音が書かれていて面白いんだが、これまた顔文字連発の典型的なネットギャル日記なんだなあ。
インターネットってのはグローバルでフラットな人間関係を生み出すと言われているけど、彼女のHPを見ていると、まさにそうした現代の体現者って思えるな。うん、「インターネット世代と宇多田ヒカル」という一冊の本が書けそうだね。

ま、いずれにせよ、私は宇多田ヒカルの音楽の大ファンだし、これからも良い曲を、地道に作って欲しいね。



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