いずれにしろ、かっては名家であったと思われる初代村長、多田五郎吉の家の最後は無惨である。大言海の序文で大槻文彦がいう<ばさら>である。 ばさらとは、ばさら髪のばさらである。 そして、私の田舎の方言では、ばさら髪のことを<さんばら髪>と言う。
幕末に強訴事件か何かがあって、八反田組と名づけられた自治組織の大きな村落共同体が、その中の数個地区を分村改廃させられる憂き目にあった、という記録があるそうだが、その頃には、この大きな地区集団の長(オサ)、つまり大庄屋とか総名主とかいわれる職務の家が、たぶんわが八反田に存在したらしい。 そして、その後・がなお現存するとすれば、いままでに述べた正木・奥平・多田の三姓のうちのどれかであろう。 残念ながらわが中村姓でないことは確かである。(追註:寛延2年の百姓一揆に関して八反田組大庄屋後見人奥平弥惣太夫が欠所重追放になっている。)
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